隣国の王子に婚約破棄された夢見の聖女の強かな生涯

登龍乃月

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 会議室から客室へと案内された私はふぅ、と短いため息を吐いた。
 私自身の噂もありますけれど、シェーアやケーニッヒの事が胸に大きなしこりとして残ります。
 陛下や大臣、皇国の方々がどう動くのかは私の知る範疇ではありませんしね。

『何を美味そうな顔しているのだ』

「意味が分かりませんわ」

『暗く淀んだ不安げな表情。我にとっては甘美なものよ』

「はぁ……殿下は良いですね。不安さえも召し上がれるなんて」

『悪魔だからな』

「私の不安程度であれば差し上げましてよ?」

『ふん。情けはいらん。だがそうだな……』

「なにか?」

 カスケードは私の顔を見て何か考えているようだった。
 双眸が私の瞳を射抜き、まるで品定めをされているような、そんな感覚に陥ってしまう。

『提案だキャロライン』

「はぁ?」

『我と契約しろ』

「はぁ!? 嫌です!」

『ばっ! 開口一番に否定から入るのはどうかと思うぞ!』

「何を仰るかと思えば! 悪魔と契約するわけありませんでしょう!? それとも私がホイホイ悪魔に心を開く軽い女だとお思いですの?」

『待て待て! お前は何か勘違いをしているぞ小娘!』

「何がですの? どうせ私の魂を芯までしゃぶり尽くして操り人形にでも仕立て上げるおつもりでしょう?」

『はぁ……そこが違うと言っているのだ。悪魔への大した知識も無いくせに喚くな。お前ごときを傀儡にした所で何が変わるというのか。勘違いも甚だしいぞ小娘』

「むぐ……ごめんにゃひゃい」

 ぷりぷりと怒る私の眼前に音も無く移動してきたカスケードは、私の両頬を鷲掴みにしてきた。
 それだけで体の底から凍らされるような冷気に包まれ、悪魔の気配を実感した。
 対等に喋っているように見えて、実際はカスケードが大人しく対話をしてくれているだけの話。
 その事実を突きつけられたようで、私は思わず目を逸らしてしまった。

『この我にそこまで強気になるお前は好みだがな。間違いは訂正せねばならん』

「好みって……悪魔に好きなタイプとかあるんですの?」

『勿論あるともさ。それこそ人のように千差万別にな』

「そうですか。それで、間違いってどういう事ですの?」

『広く知られてはいないが、悪魔との契約にはいくつか種類があるのだ』

「そうなんですの!?」

『うむ。広く知られているのは悪魔召喚で呼び出した際の契約だろうな。それこそお前の言う通り望みを叶える対価として魂を頂くというものだ』

「ですがその殆どは……本人が望んだものとは異なる方向で叶えられる事になると聞き及んでおりますわ」

『悪魔は狡猾だ。足元を見ることに長けている。性格が悪いヤツらならば尚更だ。望みを半分叶え、残りを召喚者の意とそぐわぬ形で成就させ、絶望や悲しみによって調理された魂をいただく、召喚者を傀儡として負の感情を集める、などというような事も頻繁にある。そして話と言うのは悪い話ほど広く伝わる傾向にあるだろう?』

「人の噂と同じ、ですわね」

『そうだな。時には人間の方が悪魔らしい事もあるが……まぁそれとコレとは別の話。でだ、お前に害を成すつもりは毛頭ない。ただ手助けをしてもらいたいのだ』

「私に出来る事であれば」

「よき返事だ。その誠意、しっかりと覚えておいてやろう」

「ありがとうございます、殿下。ただ契約内容をお伺いしても?」

「んん? 小さな事を気にするのだなキャロライン。まぁよい、教えてやる。契約によりお前の魔力と我の魔力を混ぜ、我の力の回復を計る。それだけだ」

「へ? そんな無害そうな契約でよろしいのですか?」

「お前は我を何だと思っている? 我は悪魔界の王子ぞ。TPOは弁えている。三流悪魔と同義に思われては迷惑だ」

「悪魔の口からTPOなんて言葉が聞けるとは思いませんでしたわ……」

「それに……対価としてお前にもメリットのある契約だ」

「メリット?」

「うむ。悪い話ではないぞ? だがその話は契約が終わってからだ」

「ぐ……そういう所は悪魔っぽい……」

 私は下を向き、床と自分のつま先をじっと見つめて考える。
 悪魔と契約する事がどういう事か、分からない私ではありません。
 史実や文献における悪魔、私の目の前に傲岸不遜に佇む悪魔、どちらも正しく悪魔であるのは変わりない。
 あの時、夢の中で出会ってしまった時からこうなる事は決まっていたのでしょうか?
 でもカスケードは私の命を拾い上げてくれた。
 しかしそれも計画の内だと言われてしまえば、私にはもうどうしようもない。
 巻き込まれる形になったとしても、私は彼に助けてもらった。
 助けられてしまった。
 ふと自分の口から、カチカチという乾いた音が聞こえる事に気付いた。
 掌で唇に触れると音の正体は歯が打ち合わされる音だというのが分かった。
 私は知らず知らずの内に、小刻みに震えていました。

 (怖い。契約を結んだら私はどうなってしまうのでしょう。本当に怖い。けれど……受けた恩は返すべきですわ……)

「どうしたキャロライン。震えているぞ? 我と契約出来る事がそれほど嬉しいか?」

「怖いんですの。ですが……いいですわ。契約を」

「うむ。では早速始めよう」




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