72 / 82
71
しおりを挟む会議室から客室へと案内された私はふぅ、と短いため息を吐いた。
私自身の噂もありますけれど、シェーアやケーニッヒの事が胸に大きなしこりとして残ります。
陛下や大臣、皇国の方々がどう動くのかは私の知る範疇ではありませんしね。
『何を美味そうな顔しているのだ』
「意味が分かりませんわ」
『暗く淀んだ不安げな表情。我にとっては甘美なものよ』
「はぁ……殿下は良いですね。不安さえも召し上がれるなんて」
『悪魔だからな』
「私の不安程度であれば差し上げましてよ?」
『ふん。情けはいらん。だがそうだな……』
「なにか?」
カスケードは私の顔を見て何か考えているようだった。
双眸が私の瞳を射抜き、まるで品定めをされているような、そんな感覚に陥ってしまう。
『提案だキャロライン』
「はぁ?」
『我と契約しろ』
「はぁ!? 嫌です!」
『ばっ! 開口一番に否定から入るのはどうかと思うぞ!』
「何を仰るかと思えば! 悪魔と契約するわけありませんでしょう!? それとも私がホイホイ悪魔に心を開く軽い女だとお思いですの?」
『待て待て! お前は何か勘違いをしているぞ小娘!』
「何がですの? どうせ私の魂を芯までしゃぶり尽くして操り人形にでも仕立て上げるおつもりでしょう?」
『はぁ……そこが違うと言っているのだ。悪魔への大した知識も無いくせに喚くな。お前ごときを傀儡にした所で何が変わるというのか。勘違いも甚だしいぞ小娘』
「むぐ……ごめんにゃひゃい」
ぷりぷりと怒る私の眼前に音も無く移動してきたカスケードは、私の両頬を鷲掴みにしてきた。
それだけで体の底から凍らされるような冷気に包まれ、悪魔の気配を実感した。
対等に喋っているように見えて、実際はカスケードが大人しく対話をしてくれているだけの話。
その事実を突きつけられたようで、私は思わず目を逸らしてしまった。
『この我にそこまで強気になるお前は好みだがな。間違いは訂正せねばならん』
「好みって……悪魔に好きなタイプとかあるんですの?」
『勿論あるともさ。それこそ人のように千差万別にな』
「そうですか。それで、間違いってどういう事ですの?」
『広く知られてはいないが、悪魔との契約にはいくつか種類があるのだ』
「そうなんですの!?」
『うむ。広く知られているのは悪魔召喚で呼び出した際の契約だろうな。それこそお前の言う通り望みを叶える対価として魂を頂くというものだ』
「ですがその殆どは……本人が望んだものとは異なる方向で叶えられる事になると聞き及んでおりますわ」
『悪魔は狡猾だ。足元を見ることに長けている。性格が悪いヤツらならば尚更だ。望みを半分叶え、残りを召喚者の意とそぐわぬ形で成就させ、絶望や悲しみによって調理された魂をいただく、召喚者を傀儡として負の感情を集める、などというような事も頻繁にある。そして話と言うのは悪い話ほど広く伝わる傾向にあるだろう?』
「人の噂と同じ、ですわね」
『そうだな。時には人間の方が悪魔らしい事もあるが……まぁそれとコレとは別の話。でだ、お前に害を成すつもりは毛頭ない。ただ手助けをしてもらいたいのだ』
「私に出来る事であれば」
「よき返事だ。その誠意、しっかりと覚えておいてやろう」
「ありがとうございます、殿下。ただ契約内容をお伺いしても?」
「んん? 小さな事を気にするのだなキャロライン。まぁよい、教えてやる。契約によりお前の魔力と我の魔力を混ぜ、我の力の回復を計る。それだけだ」
「へ? そんな無害そうな契約でよろしいのですか?」
「お前は我を何だと思っている? 我は悪魔界の王子ぞ。TPOは弁えている。三流悪魔と同義に思われては迷惑だ」
「悪魔の口からTPOなんて言葉が聞けるとは思いませんでしたわ……」
「それに……対価としてお前にもメリットのある契約だ」
「メリット?」
「うむ。悪い話ではないぞ? だがその話は契約が終わってからだ」
「ぐ……そういう所は悪魔っぽい……」
私は下を向き、床と自分のつま先をじっと見つめて考える。
悪魔と契約する事がどういう事か、分からない私ではありません。
史実や文献における悪魔、私の目の前に傲岸不遜に佇む悪魔、どちらも正しく悪魔であるのは変わりない。
あの時、夢の中で出会ってしまった時からこうなる事は決まっていたのでしょうか?
でもカスケードは私の命を拾い上げてくれた。
しかしそれも計画の内だと言われてしまえば、私にはもうどうしようもない。
巻き込まれる形になったとしても、私は彼に助けてもらった。
助けられてしまった。
ふと自分の口から、カチカチという乾いた音が聞こえる事に気付いた。
掌で唇に触れると音の正体は歯が打ち合わされる音だというのが分かった。
私は知らず知らずの内に、小刻みに震えていました。
(怖い。契約を結んだら私はどうなってしまうのでしょう。本当に怖い。けれど……受けた恩は返すべきですわ……)
「どうしたキャロライン。震えているぞ? 我と契約出来る事がそれほど嬉しいか?」
「怖いんですの。ですが……いいですわ。契約を」
「うむ。では早速始めよう」
0
お気に入りに追加
2,977
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ
青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人
世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。
デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女
小国は栄え、大国は滅びる。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる