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しおりを挟む水面に浮かび上がるような感覚を覚えた私は、息を小さく吸って瞼を開けた。
目の前に映るのは漆黒の闇。
空は満天の星空。
三日月の光は怪しく地表に注がれ、周囲より数倍はある大きな洋館を照らし出していた。
『出来た……!』
洋館の周囲は篝火が焚かれ、槍を持った私兵が二人門前に立ち、広大な庭には剣を携えた二人の私兵と大型の犬兵がパトロールを行っている。
厳重な警備体制がひかれているここは、辺境伯であるホーネットおじ様の住むお屋敷だ。
『いつ見てもご立派……よし。これで夢見の力の発動条件が分かったわ……今回はどんな結末になるのでしょうか』
我が家とは比べ物にならないほど立派な門をすり抜け、花々が咲き誇る、小規模な庭園と言っても過言では無い庭へ足を踏み入れた。
『今は……真夜中過ぎかしら……? 何かある気配も無いけど』
夜の闇はただ静かにそこを満たし、時折吹き抜けているのであろう風が草花を穏やかに撫でていく。
千切れた浮浪雲が空を漂う様子や、月光に照らされる池をぼんやりと眺めていると、パトロールをしていた警備兵に動きが見られた。
犬兵は低く唸り、警備兵は剣を引き抜いて木々の暗がりへ向けている。
「何かいる……! 他の警備兵を呼んできてくれ!」
「任せろ! 無理はするな!」
『声が……聞こえる……』
二度の夢では意識を集中しなければ声も聞こえなかったのに、今は自然と声が耳に届く。
私がその事実に驚いていると、警備兵の一人が足早に駆けて行き、犬兵と警備兵一人が場に残された。
暗がりは僅かに動き、のそりと姿を現したのは小さな人型のモンスターだった。
「プティ・イビル……!」
「キキキィ!」
小鬼の亜種とも、最下級の悪魔とも言われているプティ・イビル。
単体では大した戦闘力を持たないが、それでも低位の魔法を行使する厄介な存在だ。
「キキッ!」
「な! 二匹、いや三、四……バカな!」
暗がりからは、湧き出る泉のように次々とプティ・イビルが出現し、その数は既に十を超えていた。
『どうしてこんな場所にプティ・イビルが……?』
プティ・イビルは本来墓場や廃墟、というような邪悪な気が溜まりやすい場所にしか出現しないとされており、人様の庭で発生するなんて事案は聞いた事が無かった。
しかも暗がりは十匹以上のプティ・イビルが隠れられるほど大きくない。
まるで暗がりの闇の中から這い出て来ているようだ。
「くっ!」
警備兵は分が悪いと判断したのか踵を返して退却しようとしたが、プティ・イビル達は嘲笑うかのような嬌声を上げて小さな火球を一斉に放った。
背後から火球の雨を浴びた警備兵は一瞬で火だるまになり、声も上げれずに炭と化した。
「ゲッゲッゲッ!」
プティ・イビルは愉快そうに笑い声を上げると、庭や屋敷に向けて散り散りになっていった。
そしてあちこちで警備兵の叫び声が上がり始めたのを聞いて、私は弾かれたように屋敷の中へと飛び込んだ。
『おじ様!』
屋敷の中は警備兵や使用人の上げる大声が響き渡っており、私はその中をおじ様の自室へ向けて駆けて行こうとした。
「お前……何だ?」
『え……?』
中央にある大きな階段を登ろうとした私の前に、蠢く闇が唐突に現れた。
声は蠢く闇の中から聞こえ、闇は徐々に人の形をとって、最終的には蝙蝠のような翼を生やし、漆黒の髪を総髪に撫で付けた美丈夫が現れた。
「お前は何だと聞いている」
『あぐっ……! な、なんで……!』
今の私は実体のない存在であり、未来に意識を飛ばしているような状態なのだ。
見えるはずが無い、触れるはずがない、それなのに目の前の美丈夫は私の首を掴み、首を傾げていた。
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