隣国の王子に婚約破棄された夢見の聖女の強かな生涯

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
53 / 82

52

しおりを挟む


 水面に浮かび上がるような感覚を覚えた私は、息を小さく吸って瞼を開けた。
 目の前に映るのは漆黒の闇。
 空は満天の星空。
 三日月の光は怪しく地表に注がれ、周囲より数倍はある大きな洋館を照らし出していた。

『出来た……!』

 洋館の周囲は篝火が焚かれ、槍を持った私兵が二人門前に立ち、広大な庭には剣を携えた二人の私兵と大型の犬兵がパトロールを行っている。
 厳重な警備体制がひかれているここは、辺境伯であるホーネットおじ様の住むお屋敷だ。

『いつ見てもご立派……よし。これで夢見の力の発動条件が分かったわ……今回はどんな結末になるのでしょうか』

 我が家とは比べ物にならないほど立派な門をすり抜け、花々が咲き誇る、小規模な庭園と言っても過言では無い庭へ足を踏み入れた。

『今は……真夜中過ぎかしら……? 何かある気配も無いけど』

 夜の闇はただ静かにそこを満たし、時折吹き抜けているのであろう風が草花を穏やかに撫でていく。
 千切れた浮浪雲が空を漂う様子や、月光に照らされる池をぼんやりと眺めていると、パトロールをしていた警備兵に動きが見られた。
 犬兵は低く唸り、警備兵は剣を引き抜いて木々の暗がりへ向けている。

「何かいる……! 他の警備兵を呼んできてくれ!」

「任せろ! 無理はするな!」

『声が……聞こえる……』

 二度の夢では意識を集中しなければ声も聞こえなかったのに、今は自然と声が耳に届く。
 私がその事実に驚いていると、警備兵の一人が足早に駆けて行き、犬兵と警備兵一人が場に残された。
 暗がりは僅かに動き、のそりと姿を現したのは小さな人型のモンスターだった。

「プティ・イビル……!」

「キキキィ!」

 小鬼の亜種とも、最下級の悪魔とも言われているプティ・イビル。
 単体では大した戦闘力を持たないが、それでも低位の魔法を行使する厄介な存在だ。
 
「キキッ!」

「な! 二匹、いや三、四……バカな!」

 暗がりからは、湧き出る泉のように次々とプティ・イビルが出現し、その数は既に十を超えていた。

『どうしてこんな場所にプティ・イビルが……?』

 プティ・イビルは本来墓場や廃墟、というような邪悪な気が溜まりやすい場所にしか出現しないとされており、人様の庭で発生するなんて事案は聞いた事が無かった。
 しかも暗がりは十匹以上のプティ・イビルが隠れられるほど大きくない。
 まるで暗がりの闇の中から這い出て来ているようだ。

「くっ!」

 警備兵は分が悪いと判断したのか踵を返して退却しようとしたが、プティ・イビル達は嘲笑うかのような嬌声を上げて小さな火球を一斉に放った。
 背後から火球の雨を浴びた警備兵は一瞬で火だるまになり、声も上げれずに炭と化した。
 
「ゲッゲッゲッ!」

 プティ・イビルは愉快そうに笑い声を上げると、庭や屋敷に向けて散り散りになっていった。
 そしてあちこちで警備兵の叫び声が上がり始めたのを聞いて、私は弾かれたように屋敷の中へと飛び込んだ。

『おじ様!』

 屋敷の中は警備兵や使用人の上げる大声が響き渡っており、私はその中をおじ様の自室へ向けて駆けて行こうとした。

「お前……何だ?」

『え……?』

 中央にある大きな階段を登ろうとした私の前に、蠢く闇が唐突に現れた。
 声は蠢く闇の中から聞こえ、闇は徐々に人の形をとって、最終的には蝙蝠のような翼を生やし、漆黒の髪を総髪に撫で付けた美丈夫が現れた。

「お前は何だと聞いている」

『あぐっ……! な、なんで……!』

 今の私は実体のない存在であり、未来に意識を飛ばしているような状態なのだ。
 見えるはずが無い、触れるはずがない、それなのに目の前の美丈夫は私の首を掴み、首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...