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しおりを挟む翌朝、しとしとと降りしきる雨の音と共に目を覚ました私はネグリジェから軽装に着替え、朝食を頂いてからケープを羽織って馬車へと乗り込んだ。
「出して」
「は」
使用人に見送られ、私は農地の見回りに出た。
馬車に繋ぐ馬は朝方自己所有の馬へ交換しており、借りた軍馬は馬屋で休ませている。
「こんなに雨が続くなんて……」
窓の外を緩やかに流れていく景色を眺めながら私は嘆息した。
ここ数年、二、三日続く雨はあってもこんなに長く降り続く事は無かった。
雨足も今は穏やかなものだけれど、いつ急に本降りになるか分からない。
地面は非常にぬかるんでおり、いくつもの水たまりが繋がって道端に小さな池が何個も出来上がってしまっている。
「農作物や牛達は大丈夫かしら」
リーブスランド領には数多くの畑や田んぼ、牛や豚、羊などの牧場が存在している。
それに付随して無数の水路が河川より伸びており、この雨では増水による鉄砲水の危険性すらある。
雨が降りすぎれば土は流されるし、畑が泥沼になってしまうし、いい事など何も無い。
メリハリのある適度な雨は恵みとなるけれど、水量過多は害でしかない。
畑の間に点々と建つ農家や牧場の皆様方へご挨拶に伺い、様子はどうか、危険は無いか、などを聞いて回る事約十時間。
水害は報告され無かったが、こんなに雨が続くと農産物へのダメージが心配だという声が多かった。
領地が広いというのがこんなにも辛いと思ったのは始めてだった。
朝早く出発したにも関わらず、領地の半分も回れていないのだから頭が痛くなってくる。
訪問先での滞在が一分二分ならまだしも、ある程度の雑談はしなければならないので最低でも三十分は滞在する事になるし、何より移動時間が長い。
雨雲の上にある空は段々と暗みを増しており、急がなれば茶畑に着く時間が遅くなってしまう。
「ディアス、茶畑の第三農園に向かって」
「かしこまりました」
今いる位置から一番近い茶畑を目指し、馬車を急がせた。
しかしそこで私が見た物は悲惨な光景だった。
「オヤカタサマ!」
「こんにちは。ここもなの……」
茶畑の一部は無残にも土砂により流されてしまい、農園の亜人達が畑を直そうと、雨の中で一生懸命スコップを降るって作業を進めていた。
「ツチ、ナガレタ……タクサン……」
「いいの。仕方無い事よ。怪我人は?」
「ダイジョブ、ダレモケガナイ」
「よかった……」
作業員から話を聞くと、今日のお昼前に茶畑の一部が流れ落ちるように崩れたという。
幸い人的被害は出なかったものの、地面に亀裂が入っている場所もあるらしく、それを聞いた私は一つの決断を下した。
「皆ここから第二農園まで逃げて。あそこは平地だから地面が流れることも無いわ。急いで」
「デモ……ハタケ……オヤカタサマノハタケ……」
「いいの。畑はすぐに直せるけど貴方達を失ってはどうしようもないわ。お願い、自分を大事にして」
「オヤカタサマ……」
スコップを握りしめるオークのハーフ亜人はポロポロと涙を流し、首を縦に振ってくれた。
「泣かないで下さいまし」
「グォーー! ボォォオー!」
「きゃっ! ふふ、そうそう、皆を連れて早くお逃げになって」
突然頭を上げ、高らかに咆哮を上げる亜人の声の大きさに驚いたけれど、この咆哮は勤務終了の合図。
咆哮を聞いた作業員達は顔を見合わせながらも撤収を始め、続々と私の周りに集まってきた。
「オヤカタサマイッタ、オレタチニゲル、ダイニマデニゲル」
「ワカッタ」
「ワカッタ」
「ワカッタ」
集まった作業員達は咆哮の意図を聞き、すぐさまそれぞれの暮らす家屋へと散るように帰って行った。
「私は先に第二農園に向かうわ。貴方達も気を付けてね」
「ワカッタ。イッテラ」
手を振るハーフ亜人と分かれ、私は一足先に次の農園へと向かったのだった。
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