隣国の王子に婚約破棄された夢見の聖女の強かな生涯

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
51 / 82

50

しおりを挟む


 翌朝、しとしとと降りしきる雨の音と共に目を覚ました私はネグリジェから軽装に着替え、朝食を頂いてからケープを羽織って馬車へと乗り込んだ。

「出して」

「は」

 使用人に見送られ、私は農地の見回りに出た。
 馬車に繋ぐ馬は朝方自己所有の馬へ交換しており、借りた軍馬は馬屋で休ませている。
 
「こんなに雨が続くなんて……」

 窓の外を緩やかに流れていく景色を眺めながら私は嘆息した。
 ここ数年、二、三日続く雨はあってもこんなに長く降り続く事は無かった。
 雨足も今は穏やかなものだけれど、いつ急に本降りになるか分からない。
 地面は非常にぬかるんでおり、いくつもの水たまりが繋がって道端に小さな池が何個も出来上がってしまっている。
 
「農作物や牛達は大丈夫かしら」

 リーブスランド領には数多くの畑や田んぼ、牛や豚、羊などの牧場が存在している。
 それに付随して無数の水路が河川より伸びており、この雨では増水による鉄砲水の危険性すらある。
 雨が降りすぎれば土は流されるし、畑が泥沼になってしまうし、いい事など何も無い。
 メリハリのある適度な雨は恵みとなるけれど、水量過多は害でしかない。
 畑の間に点々と建つ農家や牧場の皆様方へご挨拶に伺い、様子はどうか、危険は無いか、などを聞いて回る事約十時間。
 水害は報告され無かったが、こんなに雨が続くと農産物へのダメージが心配だという声が多かった。
 領地が広いというのがこんなにも辛いと思ったのは始めてだった。
 朝早く出発したにも関わらず、領地の半分も回れていないのだから頭が痛くなってくる。
 訪問先での滞在が一分二分ならまだしも、ある程度の雑談はしなければならないので最低でも三十分は滞在する事になるし、何より移動時間が長い。
 雨雲の上にある空は段々と暗みを増しており、急がなれば茶畑に着く時間が遅くなってしまう。

「ディアス、茶畑の第三農園に向かって」

「かしこまりました」

 今いる位置から一番近い茶畑を目指し、馬車を急がせた。
 しかしそこで私が見た物は悲惨な光景だった。

「オヤカタサマ!」

「こんにちは。ここもなの……」

 茶畑の一部は無残にも土砂により流されてしまい、農園の亜人達が畑を直そうと、雨の中で一生懸命スコップを降るって作業を進めていた。

「ツチ、ナガレタ……タクサン……」

「いいの。仕方無い事よ。怪我人は?」

「ダイジョブ、ダレモケガナイ」

「よかった……」

 作業員から話を聞くと、今日のお昼前に茶畑の一部が流れ落ちるように崩れたという。
 幸い人的被害は出なかったものの、地面に亀裂が入っている場所もあるらしく、それを聞いた私は一つの決断を下した。

「皆ここから第二農園まで逃げて。あそこは平地だから地面が流れることも無いわ。急いで」

「デモ……ハタケ……オヤカタサマノハタケ……」

「いいの。畑はすぐに直せるけど貴方達を失ってはどうしようもないわ。お願い、自分を大事にして」

「オヤカタサマ……」

 スコップを握りしめるオークのハーフ亜人はポロポロと涙を流し、首を縦に振ってくれた。

「泣かないで下さいまし」

「グォーー! ボォォオー!」

「きゃっ! ふふ、そうそう、皆を連れて早くお逃げになって」

 突然頭を上げ、高らかに咆哮を上げる亜人の声の大きさに驚いたけれど、この咆哮は勤務終了の合図。
 咆哮を聞いた作業員達は顔を見合わせながらも撤収を始め、続々と私の周りに集まってきた。

「オヤカタサマイッタ、オレタチニゲル、ダイニマデニゲル」

「ワカッタ」

「ワカッタ」

「ワカッタ」

 集まった作業員達は咆哮の意図を聞き、すぐさまそれぞれの暮らす家屋へと散るように帰って行った。
 
「私は先に第二農園に向かうわ。貴方達も気を付けてね」

「ワカッタ。イッテラ」

 手を振るハーフ亜人と分かれ、私は一足先に次の農園へと向かったのだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

その白い花が咲く頃、王は少女と夢を結ぶ

新道 梨果子
恋愛
 王都を襲った大地震を予言した少女、リュシイはその後、故郷の村に帰って一人で暮らしていた。  新しく村に出入りするようになったライラを姉のように慕っていたが、彼女に騙され連れ去られる。  エイゼン国王レディオスは、彼女を取り戻すため、動き出した。 ※ 「少女は今夜、幸せな夢を見る ~若き王が予知の少女に贈る花~」の続編です。読まなくてもいいように説明を入れながら書いてはいますが、合わせて読んでいただいたほうが分かりやすいと思います。 ※ この話のその後を主人公を変えて書いたものが完結しております。「銀の髪に咲く白い花 ~半年だけの公爵令嬢と私の物語~」 ※ 「小説家になろう」にも投稿しています(検索除外中)。

処理中です...