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しおりを挟む流した涙と突然の雨により、私の化粧はすっかり取れてしまっていた。
雨風に収まる様子は見えず、これは長引くだろうな、と一人ぼうっと考える。
使用人との会話などあるはずも無く、使用人はただ扉の傍で私の動向を見守っている。
「あの、もし」
「なんでございましょうか」
気付けば私は控える使用人に向き直り、言葉を投げ掛けていた。
使用人は素早く私の元へ付き、きっちりとした姿勢で耳を傾けてくれた。
「皇太子殿下は……どのようなお方なのかしら」
「と仰りますと?」
「殿下の……そうね、お城での殿下はどのようなお方なのかしら」
容姿端麗、頭脳明晰、弱きに手を差し伸べられる名皇子だというのは有名な話だけれど、殿下が城の、プライベートでどのようなお方なのかがふと気になった私は、そんな事を聞いていた。
「フィエルテ殿下は非常に気立ての良きお方です。公務もしっかりとこなし、良識ある配慮や指示、城内で働く者達にもよく目を掛けて頂いております。今日までは留学なされておりましたが、暫くは国内に留まるとお聞きしております」
「そうなのですね。あの、女性のお噂などは?」
「殿下の周りでそのようなお話はお聞きした事がありません。ゆえに女性が苦手なのかも、などと言う密やかな話が城内で出た程でございます」
「意外……ですわね」
「意外、とは」
「殿下はお顔も良いし、女性の扱いに長けておられるように感じましたので」
「なるほど。殿下は社交性にも優れております故、そう感じられるのかと愚考致します」
使用人が微笑みを浮かべながらそこまで話すと、扉の向こう側から殿下のお声が聞こえてきました。
「何を言っているのやら……使用人から聞かずとも僕に直接聞いてくれたまえよ」
「おかえりなさいませ」
殿下の声を聞いた途端、使用人は弾かれるように私の前から扉へ向かい、ゆっくりと扉を開いた。
室内に入ってくる殿下は困ったように笑い、私の横に腰を下ろした。
「気になるのかい?」
「べっ別に、そういう訳ではございません! ただ、殿下がどのようなお方なのか、配下であるあの方に少しお話して頂いただけでございます」
「それを気になると言うんだけどね? まぁいい。彼が言った噂話は聞かなかった事にして……実際交際した事のある女性はいないよ。何度かそういう話を受けた事はあるけれど……今は学業や公務に集中したいからね。全てお断りさせて頂いてきたのさ」
「無粋な事をお聞きして申し訳ございませんでした」
「はぁ……君はどうしてもその態度を改めないようだね」
「改めるも何も……改めたゆえにこの態度なのですが……」
「なら再度改めたまえ。これは皇太子命令だ、今までと変わりない態度で接する事を許そう」
微笑みを崩さず、用意された紅茶を飲み下しながら殿下はそう言った。
「でも……私はただの伯爵に着いたばかりの小娘でございます。殿下と対等にお話するなど、殿下がお許しになられても他の者が許さないのでは?」
「なら君に特別な役職を与えれば問題は無い。今から君を僕の特別顧問に任命する。文句は言わせないよ?」
ティーカップをソーサーに置き、腕と足を組んで話す殿下は得意げな顔をして私を見た。
命令とあれば格下の私では拒否する事など出来はしない。
私の胸中を知らないとは言え、中々に惨い命令ね。
ですが私も、そこまで言われてしまったらやるしかありません。
ケーニッヒの影とはきちんと決別し、外に降りしきる雨のようにさっぱりと流してしまいましょう。
「そんな無理矢理……横暴ではありませんか……見た目よりも強引な気質がお有りですのね。分かりました、キャロライン・リーブスランド、その大命、しかとお受け致しました」
「ほらほら、まだ固いよ?」
チッチッチッと指を振りウインクをするフィエルテは、とうやら私の二言目を待っているようだ。
今思えば非常に恐れ多い事をしていたと自分に戦々恐々としながらも、特別顧問というよく分からない役職の始めの務めを果たすべく私は再度口を開いた。
「よろしくね、ジョン」
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