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しおりを挟む「殿下……何を……」
私は唐突な出来事に理解が及ばず、ぼうっとした瞳で殿下を見上げた。
「そんなに自分を追い詰める必要は無いんだ。君は頑張った。それだけで充分だ」
「う……」
殿下の瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、私は殿下がなぜそんなにも悲しそうなのかが分からない。
私はまた殿下に対して失礼な、涙を浮かべさせるほどに無遠慮な事を無意識の内に口走ってしまったのだろうか。
私を抱きしめる殿下の腕は力強く、細身ながらもやはり男性なのだと思わせるには充分だっだ。
これ以上の無礼は許されまいと、頑張って離れようとするのだけれど、殿下はそれを許さずにただ私を抱きしめている。
出会って二日目の女性を抱き寄せるんて、なんて強引で無遠慮なお方なのかしら。
でも……今は、今だけはその強引さが嬉しく、私は離れるのを諦めて殿下の胸を借りる事にしたのでした。
◇◆◇
一体どれほどの時間、殿下の胸を借りていたのでしょうか。
ぐちゃぐちゃだった私の心と頭は冷静さをやっと取り戻し、どう言えば解放してくれるのだろうかと顔を真っ赤にしながら考えていると。
「落ち着いたかい? キャロライン」
「はい……申し訳ございませんでした。フィエルテ殿下」
「……もう僕をジョンとは呼んでくれないのだね」
殿下は私を抱いていた腕をゆるゆると離し、寂しげなトーンで言った。
「はい。そうお呼びしていた事がどれほど愚かしい事か、今では充分に理解しているつもりでございます」
涙ですっかり化粧が剥げ、泣き腫らした瞳を擦りながらも私は乱れたドレスを直し、深々とお辞儀をして殿下の前に立った。
ドレスの裾は泣き崩れた際に庭園の地面に触れて汚れてしまっていたが、私は毅然とした態度を取るべく努めた。
「殿下のお気持ちには何とお答えしていいか分からないほどに感謝しております。度重なる無礼をお許しいただき、尚且つ浅ましくも泣き喚いた私を抱きとめていただき、本当にありがとうございます」
「いいんだ。何度も言うけど僕は君を責めるつもりなど無い。初めて対等な友達が出来たと、そう思っていた」
やめて下さいまし。
「殿下はお優しいのですね。ですが私は……」
「キャロライン、君に何があった? あれ程の感情の吐露を見せるなんて只事じゃないはずだ」
やめて、やめて下さい。
「両親が亡くなり、兄も亡くなり、独りになってしまった。ただそれだけですわ」
「キャロライン!」
もう、やめて……。
切なげな瞳で私を見ないで下さい。
私の心を乱さないで下さい。
せっかく、せっかく自分の愚かさに気付けたのに、殿下との距離を離せたのに、そんな甘い言葉を掛けないで下さい。
「きっと疲れていたのだと思います。殿下には多大なるご迷惑をお掛け致しました」
「殻に籠るのは止めるんだ、キャロライン。ケーニッヒとは……シェーアとは誰の事なんだ? 君の家族にそんな名前の人物は居ないはずだ」
「それは……もう、終わった事ですので。殿下にお話する事ではございません」
泣き喚いていた時に口走ってしまった彼と彼女の名前を、殿下はしっかりと聞いていたのだった。
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