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しおりを挟む「どうか……私の非礼をお許し頂けませんでしょうか」
「僕は君を責め立てるつもりは欠片も無い、信じて欲しい。しかし……急に謝り倒して……君に何があったんだ? 本当の君はどちらなんだい?」
「本当の私……私は……ふぅっ……うぐ……」
フィエルテ殿下の口からまろび出る優しい囁きに、私の涙腺は決壊寸前でした。
殿下は本当に心の優しいお方なのだと、涙を必死に堪えながら思った。
「何も無いなんて言わせない。君の瞳に浮かぶその悲しい宝石を見れば、君に何かがあったのだと一目で分かる。僕で良ければ力になる」
「何も……無い、私には何も無いのです……! う、うぁあ……あぁぁぁ!」
頬を伝う涙が殿下の指で拭い取られ、そして左の頬に殿下の右手が添えられ、暖かな温もりで覆われた。
その途端に私の中で何かがプツリと音を立てて切れてしまい、せっかく堪えていた涙がとめどなく溢れ出して止まらなくなってしまった。
周囲の目もはばからず子供のように泣きじゃくる私を、殿下は何も言わず、手を握ってただただ優しく見つめてくれていた。
「わだじっ……でんがに……でんがをぉげーにっひがぁ! おどうざまも兄上もおがあざまも! 皆、みんな居なく、なってっ……! でも! しっかり、しなきゃって……思っでぇえううう……! なのに! しっ、シェーアっがっ! うわああん!」
今まで抑えて抑えて抑え込んで来た感情が大波となって私を襲い、私の中がぐちゃぐちゃに掻き回されていく。
何を口走っているのかなんて、今の私には到底理解出来ないし、制御出来るすべも知らない。
溢れ出る想いと涙と鼻水は伯爵家当主としての顔を薄汚く塗り潰し、悲しみと絶望に身を染めてただただ泣きじゃくる一人の女の顔を浮き彫りにさせていく。
周囲の目など気にする余裕も無く、滲んだ視界に映るのは殿下の悲しそうな、慈しむような優しい顔だけだ。
どれほど泣いていたのかは分からないけれど、次第に落ち着きを取り戻した私は、自分が晒してしまった醜態に打ちひしがれる事になった。
せっかく今まで泣き言も言わず、国の一角を担ぐ伯爵家当主としてひたむきにやって来たというのに、自分を御し切れない未熟さを露呈してしまった。
せっかく、せっかくお父様やお爺様が築き上げて来た名誉も、信頼も、全てに泥を塗ってしまった。
そんな思いが湧き、またしても瞳に涙が浮かんできてしまう。
ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
弱い心を持った娘でごめんなさい。
出来の悪い娘で、未熟な娘で本当にごめんなさい。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「キャロライン。もう謝らないでいいんだよ。君の事は聞いている。親を亡くし兄を亡くしたにも関わらず、涙を決して見せず感情を消して仮面を被ったように働く君の事はね」
「え……? でも私は……どうしようもない愚か者なのです。殿下に心優しいお言葉を掛けられても己を強く律するのが……当主たる役目であり……責務で……」
泣き過ぎて酸素が足りず、上手く回らない思考回路で何とか言葉を返したのだけど……気付けば私は殿下の胸に顔を埋めていた。
殿下に抱き寄せられたのだと察したのは、数秒後の事だった。
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