欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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4巻

4-2

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「休んでる暇はない、か」

 ムーンティア草の群生地から数メートルの所にコリオリ草は生えていた。
 コリオリ草の葉は大きく肉厚のため、さほど時間もかからなそうだ。
 頬を軽く叩き、マナアクセラレーションの効果をそのままに、素早く確実に丁寧に葉を摘み取っていく。
 一心不乱に作業へ没頭していると、作業開始からどれぐらい経過したかは分からないが、頭に一粒の水滴が落ちた気がした。
 気にも留めずコリオリ草を摘み取っていると、頭を打つ水滴の数が段々と増えていき、頭のみならず体全体を打ち付ける大雨へと変化していった。
 額を伝い、まぶたを濡らす雨粒はとめどなく流れ落ちてきており、数秒に一度瞼を拭わなければならないほどだった。

「くそ……手が滑る……雨が鬱陶うっとうしい……」

 大雨は更に勢力を増し、強風を伴い始めた。
 山の木々が強風によりバサバサと悲鳴をあげ、山の上では落雷の音すらとどろいていて、いつ雷雲がこちらに来てもおかしくない状態だった。
 先程までの晴天と百八十度違う天候に、泡を食いながらも摘み取りを継続していく。
 しかしこのままでは籠に入っているムーンティア草や今摘んでいるコリオリ草すらも吹き飛ばされそうな勢いだ。

「仕方無い……どこかに避難しなきゃ」

 吹き付ける剛拳のような突風に耐えながら、周囲を窺うが……。

「駄目だ……都合よく洞窟どうくつなんかがあるわけない……」

 滝のような豪雨の中、目を凝らしてみても雨やどり出来そうな場所など何一つ無い。
 しばしの逡巡しゅんじゅんの後、俺はある事に気付いた。無いのなら作ってしまえばいいのだ、と。
 思いついたが即時、豪雨でぬかるみ始めた地面に拳を突き立て、今まさに必要な魔法名を唱えた。

「【アースウォール・スクエア】!」

 土のルーンが刻まれた文殊が黄金色の光を発し、俺の周囲の地面が僅かに揺れた。
 四方の地面から土の壁が俺を囲むようにせり上がり、縦横三メートルほどの囲いが出来上がる。
 囲いの頂点はじわじわと癒着していき、ものの数秒で五メートル四方の土の箱が完成した。
 本来は一点防御用の低級魔法だが、イメージでアレンジを加えて立方体になるよう発動したのだ。

「ふう……これで雨はしのげるけど、暗いな」

 咄嗟とっさに発動した魔法なので、これがどれぐらい豪雨と暴風に耐えられるかが心配だ。
 あかりもないこの空間では壁の劣化具合も分からないので、ひとまず灯りをつけるために、正面の壁の一部分を殴り壊し、数十センチほどの穴を開けた。
 やはり山は舐めてはいけない。そう思った瞬間だった。
 穴から外を見れば、雨風がやむ気配は皆無であり、むしろどんどん悪化しているようにも思える。

「【プチファイア】」

 土のルーンに続き、火のルーンが赤く光り、俺の指先に赤ん坊の拳ほどのサイズの炎がともった。
 出力を通常の半分にまで減らし、灯りとして使用する。
 光魔法でない理由は一つだけ。尋常じんじょうじゃないくらい寒いのである。
 濡れた衣服を着用して雨風にさらされた場合、通常の数十倍の速さで体温が奪われていくのは有名な話だ。
 ここは山の中であり、標高的に言えば約三千メートル越えの地点である。
 空気も薄いし、何より寒暖差が激しい。
 天候が変わる前は暖かかったのだが、今では体中がガタガタと震え、このままでは低体温症になってしまう。
 濡れた服を脱ぎ、一枚ずつ絞って服が吸った水分を減らす。

「へぶしっ!」

 何かを燃やして暖を取ろうにも、周囲の枯れ木や落ち葉などは雨により濡れてしまっていて使えない。
 かといってこの空間で大きな炎を上げれば、空気が燃え尽きて毒ガスが満ちてしまう。
 洞窟や閉鎖的環境で大量の炎を燃やすと、人体に有害なガスが発生してしまうのだ。
 俺が開けた穴が通風孔の役目を果たしてくれそうだが、絶対に大丈夫という保証はない。

「そ、そそぞうだ……く、クーガ……出ろ」

 うまく回らない口を必死に動かし、影の中で休んでいるクーガを呼び出す。

『マスター! 大丈夫ですか!』

 影から出てきたクーガは一度天井に頭をぶつけ、この現状に戸惑いながらも俺を見て驚愕きょうがくの声をあげた。

「ザムぐで……たたずげで……ぶえっくしょい!」
『ならば私の火球で!』
「やべでぐだざい、じんでじばいばず……」

 クーガにはやや手狭に感じるかもしれないが、この際我慢してもらうしかない。
 そして何より、クーガは暖かいし、モフモフの毛皮もある。
 この狭い空間であれば、クーガの体温を利用して暖まれるのではないか、と凍りつきそうになりながら思ったのだった。

「はああー……あったかい……あったかいよクーガああああ」
『これはなんとも……マスターとあろう方が何故このような……』

 暴風雨の中、即席で作り出した避難場所。
 その狭い空間で、世に恐れられている魔獣に素っ裸で抱きついてモフモフしている俺。
 字面で見ると相当にヤバイ状態だが、俺の体もヤバイ状態になっていたのだ。
 致し方ないだろう。
 こうなった経緯を話すと、クーガが少しだけ笑った気がした。
 含み笑い程度のものだが、確かに笑い話にはなりそうだ。
 着の身着のままで標高三千メートル以上の場所にいるんだもんな……普通に考えれば異常だ。
 山に来る時は、もっときちんと準備をしてからにしよう。
 以前も採集依頼で別の山に赴いた事はあったが、その時はたまたま天候が変わらなかっただけの話なのだ。

「もう駄目かなぁ……」

 クーガに包まれ体温が上がってきた頃、時刻盤に目をやると、すでに十七時を過ぎている。
【フライ】を使えば、外部からの干渉は一切遮断されるので、帰る分には問題ない。
 この効果が飛行していない時にも発動してくれれば……【フライ】をかけながら薬草摘みが出来るのに……そう都合よくは行かないのが人生というもので……。
 今から大急ぎで帰ったとしても組合に着くのが十八時近く。
 依頼完了の手続きや報酬の受け取り、着替えなどの時間を考慮すると完全にアウトだ。
 間に合うわけがない。

「仕方無い……明日朝イチで買い物に行くか……」

 必要なのは携帯食料と水。
 俺は治癒魔法が使えるし、リッチモンドは回復など必要無いだろう。
 俺はともかく、リッチモンドに傷を付けられるモンスターなど、迷宮の上層階にいるはずがない。
 魔力に関しても、俺とリッチモンドは魔力切れとは程遠い。回復薬も魔力薬も必要ないだろう。
 クーガは基本的に食事が不要。
 飲まず食わずでこの巨体を維持しているのだから、魔獣というのは本当に不思議である。魔獣のメカニズムを解明してくれる大賢者様はいないのだろうか。
 なので、当面必要なのは、俺の分の携帯食料と水、そして万が一のための毒消しや抗麻痺薬。
 それ以外は組合が支給してくれるそうだが、ある程度は自分でも準備しておいたほうがいいよな。

「リッチモンド、聞こえるか?」
「おやフィガロ、どうしたんだい?」

 ウィスパーリングを起動してリッチモンドにコンタクトを取った。
 そして彼に明日の行程と、そうなった理由――スカーレットファングの話を伝える。

「不正ね……いつの時代も、愚かな俗物は存在するものなんだねぇ」
「それが人だしな」
「分かったよ。明日の昼に組合へ赴けばいいんだね」
「あぁ、よろしくな。あと確認なんだけどリッチモンドの分の食事とか水とかは準備しないでいいよな?」
「んん? フィガロは何を言っているんだい。この前も話したと思うけど、アンデッドの僕には必要ないさ。一般人に紛れるために食事をとるふりをすることもあるけどね」
「なるほど、便利な体だな。でも迷宮には他の白金等級プラチナムの冒険者もいるぞ? 怪しまれないか?」
「あーそうだね。なら携帯食料を少し多めに買っておいてくれないか?」
「いいよ。任せろ」
「ありがとう。ところでフィガロ。さっき屋敷に行ったんだけどいなかったね。今、どこにいるんだい?」
「今は……ボーイング山で土の部屋に籠って、雨風を凌いでるところだ」
「ふうん……? ちょっとよく分からないけどまぁ、気をつけて。ボーイング山には古くから――僕が人間だった頃から、雨の時にしか現れない幻のモンスターがいるって言い伝えがある。雨の中で遭難した登山家や冒険者を食い殺すんだ。君は大丈夫だろうと思うけど」
「貴重な話をありがとう。気をつけるよ。それじゃ」

 ウィスパーリングを切り、クーガにもたれかかる。

「幻のモンスターかぁ……会ってみたいな」
『どのようなモンスターであれ、マスターにかなうものなどいないかと』
「そんな事ないって。俺より強い奴らなんていくらでもいる」
『ご謙遜けんそんを……ですがそれもマスターの良き所なのでしょう』

 クーガが大きな舌の先で俺の頬を舐める。
 先ほど生み出した魔法の炎はとうに消え、今では壁に開いた穴から差し込む薄暗い光だけがこの空間を照らしている。
 豪雨と暴風はやむ事を知らず、雨音と風鳴りのハーモニーを騒々しく奏でている。
 そして数刻に一度、雷鳴が轟き、天空に稲妻が走る。

「体も十分温まったし……帰ろうか」
『は』

【フライ】を発動し、この土部屋を突き抜ければ雨に濡れる事もない。
 薬草は二種類しか集められなかったが仕方ないだろう。
 そう思った矢先の事だった。
 吹きすさぶ暴風と打ち付ける豪雨の中、カッポカッポという、馬の足音が小さく聞こえてきた。

「こんな所に馬……? 外は暴風雨だぞ……?」
『ただの馬……では無いでしょう』
「だよなぁ……リッチモンドの言っていたモンスターか?」
『その可能性は高いと思われます。なかなか強力な魔力を保有している個体のようですね』

 打ち付ける雨の音と木々をぎ倒しそうなほどの暴風の音、世界が暴れているような状況で馬一匹の足音が聞こえてくるわけがないのだ。
 静かに立ち上がり、穴から外を覗き見る。
 雷光が空に走ると、耳をつんざく轟音が間髪入れずに鳴り響く。
 光が走った瞬間、地表に大きな馬らしきシルエットが映し出された。
 二度、三度、光が周囲を照らす度にシルエットは大きくなっている。
 雨に紛れるように、少しずつ少しずつこちらに近付いて来ているようだった。

「馬っぽい……でもサイズが倍ぐらいある」
『排除しますか?』
「よせ、敵意もないのに襲ってどうする」
『は』

 音の主は歩みを止め、こちらの様子を窺っているように見える。
 豪雨にはばまれてハッキリとは見えないが、大きさはクーガと同じくらいかそれ以上だろう。
 頭部に二本の角を生やした六本足の馬、とでも言えばいいのだろうか。
 体はうっすらと透けており、雨と雷によって幽玄な雰囲気をかもし出している。

『もし』

 俺がじっと視線を送っていると、謎の声が頭の中に届いた。
 耳からではなくウィスパーリングを使用した時のように直接脳内に響く。
 しわがれたかすれ声は威圧的ではなく、小川のせせらぎのように穏やかな声だ。
 ハスキーだが聞き苦しくない不思議な声。
 これはどう考えても視線の先にいる謎の存在の声だろう。

『もし、そこのお二方』
「どなたでしょうか」
『何者だ』

 どうやら俺だけではなく、クーガにもこの声は届いているようだ。
 クーガは首をもたげながらも、目付きをけわしくしている。

『この山に何用でございましょうか。強き者達よ』
「私はただ薬草を摘みに来ただけです。失礼ですがあなたは?」
『ウンヴェッター。嵐をつかさどる精霊にございます』
『ウンヴェッター……知らぬな』
「俺も知らない……嵐に精霊なんているのか」

 ウンヴェッターと名乗った存在は静かに立ち尽くし、吹き荒れる暴風をものともしていない。
 嵐の精霊というのは本当なのだろうか。
 地水火風の四大精霊から派生する下位精霊ならば無数に存在するとされ、数多あまたの文献や研究論文がこの世に出ている。
 一説では精霊はありとあらゆる物に宿っているともされ、その説に従うのなら嵐にも精霊が宿っていたとしてもおかしくは無い。
 そしてリッチモンドが言っていた幻のモンスターがこのウンヴェッターであるならば、少なくとも二百年前からこの地に存在しているという事になる。

『当方は、この地に眠りし蒼聖龍そうせいりゅう様をお守りする者。無下むげに命は奪いませぬが、蒼聖龍様の安息地を荒らすのであれば……刺し違えてでも』
「ちょっちょっと待ってください。私は本当にそこの薬草を摘みに来ただけなのです。蒼聖龍様? の事も知りませんでした」
『精霊ごときがマスターに勝てると思っているのか』

 ウンヴェッターの雰囲気は変わらないが、その言葉には強い意志が込められているのを感じた。
 クーガが牙を剥き、威嚇の意を込めて唸りをあげる。

『当方もそれなりに力のある精霊……ですが……お二方には到底敵いますまい。それだけの魔素をまとう存在が薬草摘みなど到底信じられませんが……本当であれば当方の思い違いです。謝罪を受け入れていただきたい』
「謝罪も何も……こちらに被害はないので問題ありません」
『寛大な御心みこころに感謝を』

 ウンヴェッターはそう言って首を下げた。
 お辞儀をしているのだろうか。

『マスターはいと慈悲深きお方。あだなす事が無ければその強大な力は振るわれない』
『当方、長年生きておりますが、貴殿のような存在は初めてです。人の匂いを漂わせておりますが、貴殿に内在する魔素量は人のそれではない。さもすれば当方が主人、蒼聖龍様に並ぶか……それ以上やも知れぬ』
「こんなのでも一応人間やっておりまして……はは……あの、一つお聞きしたいのですが、蒼聖龍サマというのはお亡くなりに?」
『いえ、蒼聖龍様はきたるべき時のため、眠りに就いているだけでございます。いずれはその御身おんみとご威光でお守りくださるでしょう』
「ふうん……来るべき時というのは?」
『当方には分かりかねます。来るべき時が来れば、蒼聖龍様を合わせた五神獣様がお目覚めになる……蒼聖龍様はそれだけしかおっしゃっておりませぬゆえ』
「五神獣……とは?」
『東の蒼聖龍様、西の白聖虎びゃくせいこ、南の紅炎聖朱雀こうえんせいすざく様、北の黒曜聖玄武こくようせいげんぶ様、中央の天厳聖金龍てんげんせいきんりゅう様にございます』
天之五霊てんのごれいの事ですか……? 古代ランチアを守護したとされる聖獣の伝承が、まさか実在の存在とは驚きです。しかし私の記憶が正しければ、蒼聖龍様は水を司る方、なぜ山に眠っておられるのですか? それとウンヴェッターさんは、嵐の精霊とおっしゃいましたが……」

 ランチア守護王国の歴史は俺なりに勉強している。
 ランチアが王国となる前の事。
 降魔大戦が終結した後、国となる前から数えて百年近くの歳月をかけ、ランチアの王族はとある霊獣達と契約を交わす事に成功した。
 それが蒼龍、白虎、朱雀、玄武の四神。
 四象とも四獣とも呼ばれるそれは、洸龍と呼ばれる存在――ウンヴェッターの言葉を借りるなら天厳聖金龍を補佐する守護獣として、天の四方を司っている。
 四獣の属性――蒼龍は水、白虎は風、朱雀は火、玄武は土の属性を持っている。
 ちなみに洸龍というのは全ての属性を持つ四獣の王、すなわちランチアの王族を指すとも言われているが定かではない。
 王宮の本殿が護神洸龍殿ごしんこうりゅうでんと名付けられている事と、何か関係があるのかもしれない。

『その話は長くなるので……割愛させていただきますが。蒼聖龍様の従者として生み出された精霊は、数百年前に起きた吸血鬼との戦いにより消滅してしまいました。当方は風と水ともう一つの属性を持つ上位精霊でして。前任の精霊より任を引き継ぎ、蒼聖龍様をお守りしている次第』
「そういう事ですか、あなたも大変なのですね。って吸血鬼……ですか」

 数百年前に、ランチア付近を彷徨さまよっていた吸血鬼って、まさかコルネットの事じゃないだろうな……?
 目覚める前はそれなりにやんちゃしてた感じだったし……あんにゃろ、人様の国の守護獣の側近ほろぼしてんじゃないよ。

『当方が力を振るえば、木々はいたみ傷ついてしまう。今はお二方を警戒していたために、力を振るっているに過ぎません……お二方が強大すぎて、当方も少し力を出し過ぎてしまいましたが……見当違いとは、いやはや面目無い次第で』

 この暴風雨の威力で、少し力を出し過ぎただけというのか。ウンヴェッターが全力を出したら、一体どのような被害になるのだろう。
 しかし守護するというのに力を満足に出せないとは……難儀な事だ。

『通常、不埒ふらち者がこの地に侵入した場合は、少しスコールを発生させて追い返していたのです。常にこのような暴風を起こしているわけではないと、ご理解いただければ』
「分かりました。俺達の事、信じてくれたのですね」

 気が付けば猛威を振るっていた暴風雨も鳴りを潜め、暗雲が垂れ込めていた空はあかね色とやみが混じり合った幻想的な色になっていた。
 ウンヴェッターが力を収めてくれたようだ。
 クーガは少しつまらなそうにしている。
 よもや戦いたかったなんて言い出すんじゃないだろうな……。

『ウンヴェッターとやら、我が名はクーガ。私と一戦願えないだろうか』

 ――予想的中。その通りだったよ。
 ウンヴェッターが力を消した今、暴風と雷雨は引き、一切の雲が取り払われている。
 灯りはなく、段々と闇夜が歩み寄り、視界も悪くなってきている。
 そんな中、土の部屋から出たクーガが開口一番に自分と戦ってくれと言う。
 時刻盤はもう十八時を過ぎていた。
 組合は夜遅くまで、というより朝から朝までずっと開いているので、換金に関しては問題無い。無いけども。

『申し出は嬉しいのだが……この場所で戦うのは、蒼聖龍様の地を荒らす事に他ならない。申し訳ないのだが……』
『この場所で無ければいいのだろう?』
『しかし当方はこの場所を守護する命を受けている。動く訳にはいかぬのだ』
「下の平野じゃダメなのですか? あそこなら広いしボーイング山の麓だし、管轄内かと」
『まさかウンヴェッター、上位精霊でありながら臆するのか?』
『平野ですか……あの場所なら確かに問題ありませんが……クーガ氏よ、念のために伝えておくが臆しているワケではない。恐らく貴殿は魔獣の幼生体であろう? 貴殿とであれば少なからず手傷を負わせる事は出来よう。しかしそれが決着になるとも限らない。そして当方と貴殿が争う理由が見受けられない』
『それは簡単な事。ウンヴェッター、お前が強いからだ。あそこまでの天候操作となれば、膨大な魔力が必要なはず。なのにお前は涼しい顔をして、我らと語らう余力すらある。これが強者と言わずしてなんと言おうか』

 二匹の会話を聞きながら、俺はクーガの強引とも言える誘いの理由に合点がてんがいった。
 恐らくだが、クーガは力を持て余しているのだろう。
 クーガは体内に莫大な魔力を内在した魔獣なのだ。
 慢性的な運動不足が軽いストレスとなってクーガをさいなんでいるのだとしたら、無意識的に戦いを望んでいてもおかしくはない。
 自分と同等の力を持つかもしれないウンヴェッターと、手合わせしたくなるのも道理だ。
 リッチモンドと手合わせをしたいと言っていた時に、気付くべきだったのかもしれない。
 これは主人たる俺の不手際だ。

『確かに当方は通常の精霊よりも上位の複合精霊。水も風も当方の手足となんら変わらず、小規模の嵐を起こすなど造作もない事。だからと言ってクーガ氏の私欲を満たす戦いに同意する訳にはいかないのだ。どうか分かってほしい』

 ウンヴェッターが心底申し訳なさそうに項垂うなだれながら言った。
 その時だ。
 ゴッ、と言う音と共に何かがウンヴェッターに飛んで行った。

『……何を、するのですか?』

 見ればウンヴェッターの目の前には拳大こぶしだいの火球がいくつも漂い、ウンヴェッターと火球の間にうっすらと水の膜が張られていた。
 横を見ればクーガが不敵に笑い、口からは微量の煙が上がっていた。
 恐らくだが、クーガが口からあの火球を噴き出してウンヴェッターに放ったのだろう。
 完全な不意打ち、しかしそれを容易たやすく防ぐウンヴェッター。
 あの水の膜は防御壁か。


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