欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第九章 穏やかな日々

四五四話 手土産は危険です

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 その後、少しの雑談を交わすとドンスコイとコブラはプルを連れて屋敷を後にした。
 そのまま構成員達の元へ向かい、コブラの脱退とプルの副団長就任、トロイを私設兵団とする事を伝えてもらうためだ。
 そして後日、コブラは俺と共にクロムの所へ行く事になった。

『ご主人様、来客です』

「今度は誰だ?」

『分かりませんが敵意は感じられません』

「通してくれ」

 ドンスコイ達が去って一時間ほど経った頃、屋敷からそんな知らせを受けた。
 自室から玄関へ向かい、お客を出迎える。
 客は二人、壮年の男性と三十代半ば辺りの男性だ。

「は、初めまして閣下。私、ヘッケラー商会で長をしております、ウェスン・ヘッケラーと申します。こっちは建築部門長のトバルカインでございます。本日はお日柄も良く、閣下におかれましてはご健勝の様子」

「はぁ、どうも」

 二人は直立不動に立ってはいるが、視線の中にどこか疑いの色が混ざっているのが分かった。
 閣下と呼んでいる所からして、俺の立場が何なのかは理解しているらしい。
 疑いを向けているのは俺の年齢だろうな。
 おまけに俺は小さいし、威厳のいの字も感じられないと思う。
 自分で言ってて悲しくなるな。

「本日突然お伺いさせていただいたのは他でもありません、ドライゼン陛下より事業の斡旋を承り、ご挨拶にと思いまして。こちらがその書状でございます」

「あぁ。私の領地で工事を担当していただける方ですね? お待ちしておりました。書状の方、拝見させていただきます」

 ヘッケラーが懐から取り出した書状を開き、中をざっと流し読みする。
 末尾には確かにドライゼン王のサインが入っており、印章も押されていた。

「確かに拝見いたしました」

「ありがとうございます。つきましては後日正式に諸々詳細をお伺いさせて頂きたいのですが」

「構いません」

「では……四日後のお昼頃にお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか」

「はい。分かりました」

「ありがとうございます。それではまた後日、宜しくお願い致します。こちら、つまらないものですが手土産でございます」

「これはこれはどうもご丁寧に……あ、いや、大丈夫ですよ。そんなお気遣いせずとも平気ですから!」

「そうですか……分かりました。では私共はこれで」

「失礼致します。閣下」

「はい。また後日お待ちしております」

 差し出された包みを丁重に断ると、ヘッケラーは残念そうな顔をしたが大人しく引き下がってくれた。
 連れの建築部門長だというトバルカインを伴い、すんなりと帰ってくれた。

「ふぅ……危なかった」

 俺は誰とも無しにそう呟くと、踵を返して屋敷へと戻った。
 ヘッケラーからの手土産を受け取らなかった理由。
 それは余計なトラブルを防ぐためでもあった。
 ドライゼン王からの書状があったので、正規の業者だとは思う。
 領地で行う工事の話は、ドライゼン王としか交わしていないしな。
 ヘッケラーが渡そうとしていた包みは一抱えもある大きさだった。
 菓子詰めや茶葉の類であったとしても、あの大きさは不自然ではないかと思ったのだ。
 ただの茶菓子ならいい。
 しかしその下に多額の現金が詰まっている、なんて事が貴族と商人の間では多分にしてある。
 いわゆる不正献金、賄賂だ。
 お金上げるから仲良くしてね、特別扱いしてね、という商人の下心がそれには詰まっている。
 貴族の汚職は今に始まった事ではない。
 もしかするとヘッケラーの手土産は本当に気持ちであり、お金なんて入ってないかもしれない。
 けど受け取ってからお金が入ってましたでは不味いのだ。
 まぁ……これは父様の受け売りなんだけどな。
 俺が父様から直接聞いたワケではなく、たまたまそういう話が耳に入ってしまっただけだったが。
 ビジネスに余計な私情は挟むべきではないんだ。
 とまぁ偉そうに言ってみたけれど、恐らくはまた訪れた際に土産を持参するだろう。
 その時はその場で開封し、現金や宝石など金銭的価値のある物が入っていれば丁重にお返しするようにしよう。
 お金は確かに大事だし、今は金欠貧乏貴族な俺だけど、そういう施しを受けるつもりは毛頭ない。
 若い、青い、世間知らず、甘い、と色々言われるかも知れないけど、事実俺はまだ若い。
 ならば若いなりのプライドを持って辺境伯を背負っていきたい、と俺は思う。
 それにシャルルと結ばれた時、いらぬ疑いや不正などを抱えていたくは無いしな。

「さてと……おーいクーガ、ラプター」

 机に広げていた書類を片付け、身支度を整えると庭で寛いでいる魔獣二匹に声を掛けた。

『は!』

『呼んだか親父殿』

「俺は出掛けるけど……来るか?」

『勿論でございます! マスターの行く所は私の行くべき場所ですので』

『わっ、私も行く! どこに行くのだ?』

「ヘカテー達に会いにいくのさ」

『おお。亡命王女の所だな!』

「そ。じゃ行こうか」

 魔装具アブソーブを付けたクーガに乗り、屋敷を後にする。
 玄関口ではピンクとシスターズの三人が見送りをしてくれた。
 先にクロム邸へと赴きアポを取り付けてから、ヘカテーやラインメタル、ダンケルクのいるトロイ旧アジトへ向かう。
 ヘカテーの様子を見に行くのもあるけれど、風鳴の塔へ向かう前にラインメタルとダンケルクをスカウトするためだ。
 ラインメタルはどうか分からないけれど、ダンケルクは魔人に改造されてからミスリル等級に昇格している。
 自分は弱い方だと言っていたけれど、謙遜しているだけだと俺は思っていた。
 
「クーガ、あまり急ぐな。普通に歩け」

『は! 申し訳ございません。マスターと出掛けれられるのが嬉しくてつい……』

「あはは! そっか、ありがとな。でも周りが驚いちゃうから気を付けような」

『は!』

 屋敷を出るなり一足飛びで一区画を横切ったクーガを窘める。
 通行人はまばらだったが、皆一様に驚いていたのが見えた。
 魔装具と組合の紋章のおかげでトラブルにはならないけれど、あまり近隣住民を驚かせるのは良くないからな。
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