欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第九章 穏やかな日々

四四八話 オーブにて

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 オーブに到着し、構成員達が出迎えてくれる中、リッチモンドを紹介した後、壁の中をぐるりと一回り。
 歩いて回ると外周だけで一時間はかかる。
 そのくせ家屋は数える程しかない。
 もしかしたら家屋の周りには畑や庭があったのかも知れないけれど、自然に侵食されてしまったのだろう、俺が焼き払った後にはその面影は見られない。

「ここを整地するのかい?」

「そう。家屋は全て壊して欲しい。オーブの中心に生えてるあの巨大樹だけはそのままにしてくれ。お前達は構わないか?」

「俺達は問題ありやせん!」

「ふむふむ。範囲はこの壁の中、巨大樹以外の自然と家屋を無くして更地にすればいいんだね?」

「そんな感じだ。地面も柔らかいから出来れば固めてしまって欲しい。あと平坦が望ましいな」

「分かったよ。ならここ、オーブだっけ? にいる構成員を全て退避させてくれ」

「分かった。おい」

「は! 直ちに! おぉーーい! 撤収だ撤収ーーー! 死にたく無かったらさっさとボスん所に集合しろー!」

 構成員がオーブを走り回りながら、作業中の者達に声をかけていく。
 それを聞きつけた構成員達が、何事かと顔を青くして慌てて駆けてきた。

「今からボスのお知り合いであるこのリッチモンドさんがお仕事をされる! 総員刮目して見るように!」

「「「「オス!」」」」

「いや……刮目されるほどの事じゃないと思うよ?」

「……いいんだ。こいつらはいつもこんな感じだから」

「そ、そっか。分かったよ」

 構成員達の熱い眼差しと気合いに気圧されたのか、リッチモンドが一歩引いたような態度を見せた。
 一介の構成員が、リッチを気圧させるなんて中々出来る事じゃない。
 やるなお前ら。

「さて……じゃやるよ」

「頼んだ」

「リッチモンドさんが技を使うぞ!!」

「「「うおおおお!!」」」

「……なんかやり辛い……【ヘルズインフェルノ】」

 リッチモンドが聞いた事もない魔法名を唱えると、前方一メートルの辺りから黒炎が噴き出した。
 噴き出した黒炎は波のように広がっていき、地面に生える草木を覆い尽くしていく。
 熱さを一ミリも感じさせない黒炎は、オーブの敷地内を縦横無尽に駆け巡り触れたもの全てを燃やし尽くす。
 廃墟同然の家屋は黒炎に包まれると音も無く一瞬で燃え尽き、跡形も無くなってしまった。
 ヘルズインフェルノを放って数分後、リッチモンドが指を鳴らすと暴れ回るように燃え盛っていた黒炎は霞のように掻き消えた。
 
「こんなもんでどうだい?」

「あ……あ……ぼ、ボス、俺は今夢でも見ているんですかい?」

「心配するな、現実だよ」

「こんな、こんな事って……」

「リッチモンドさん、恐ろしいお人だ……!」

「うん。本当に味方でよかった」

「フィガロも悪ノリしないでくれよ……そうそう、一応巨大樹の周りの自然はとっておいたよ。残した方が趣きが出るような気がしたからね」

「いやぁ……まさかこんな一瞬とはね……驚いた」

「ふふん」

 誇らしげにキメ顔をするリッチモンドと、目の前に広がる更地に目を丸くする構成員の対比が凄い。
 「この人は絶対に怒らせちゃいけねぇ」と構成員達がヒソヒソ話しているのが聞こえる。
 敷地内は巨大樹の周囲以外、見事に草木のくの字も残っておらず、家屋の面影も残っていない。
 この光景を見ると、俺がちまちまと焼いていたのが馬鹿らしくなってしまう。
 口には出さなかったけれど、こんな事になるならやらなければ良かったと、少しだけ後悔している。

「で、あとは平らにして土を固く締めればいいんだよね?」

「そうそう」

「うーん……これでいくか【アースウェイブ】」

「うおおおお! 地面が揺れてる! 揺れてますよボス!」

「落ち着け。大丈夫だ」

 構成員が驚くのも無理はない。
 なんせリッチモンドを中心とした約十メートルの範囲が、漣のようにうねり出したのだから。
 構成員達はグネグネと揺れる地面にしゃがみこみ、それでいて最高の玩具を見つけた子供のように目を輝かせている。

「本来これはもっと大きな衝撃が出るんだけど、魔力でコントロールしてやればこの程度造作もない事さ」

「へぇー……こんな魔法があったんだな」

「まぁ……足場を崩すってだけの魔法だからね。廃れてしまったんじゃないかい?」
 
「あーね。有り得る話だ」

 魔法というのは時代時代のニーズに合わせて変わっていくモノもある。
 禁忌として封じられる魔法もあれば、使う人、使える人がいなくなって消えてしまう魔法もある。
 フライの術式がロストしてしまったのも、使える人がいなくなってしまったからだろう。
 廃れたとしても文献などに残っていれば、それを再び使い出す人も出てくる。
 逆に文献などに残されなければ口伝で。
 そうでなければ時代の波に飲まれてロストしていくのみだ。

「ちょっと移動するよ」

「「「オス!」」」

 うねる地面に慣れたのか、構成員達は上手くバランスをとって先を行くリッチモンドの後を追って行った。
 地面は見事に真っ平らに整えられており、リッチモンドはこれから敷地内をぐるっと回って同じ事をやってくれるのだろう。
 リッチモンドに羨望の眼差しを向けてはしゃぐ構成員達は、本当に子供のようだ。
 
「なあリッチモンド」

「なんだい?」

「やる事ないって言ってたろ?」

「まぁね」

「またまた相談なんだけどさ、ウチの構成員達に魔法を教えてくれないか?」

「この人達にかい?」

「「「マジすかボス!!!」」」

「うん。本当はクライシスに頼もうかと思ったんだけどさ。リッチモンドが引き受けてくれるならって思って」

「僕は別に構わないよ? ただ僕のしごきに耐えられるかどうかだけど」

「「「程々にお願いしゃす!!!」」」

「だ、そうだ」

「程々にね。分かったよ」

「ありがとう」

 リッチモンドはオーブの整地が終わった後、それぞれの魔法適性やらなんやらを調べて講習に取り掛かってくれるそうだ。
 リッチが講師というのも不思議な事だが、こうして構成員達に無事、魔法の先導者を与える事が出来たのだった。
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