欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第九章 穏やかな日々

四四五話 プルミエール

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「ふっ! はっ! やぁっ! ふっ! はっ! やぁっ!」

 クーガの背に揺られながら屋敷の近くまで来ると、庭の中からプルの掛け声がリズム良く聞こえてきた。
 俺の帰りを察した屋敷が開けてくれた門をくぐって庭へと入った。
 プルは相当集中しているようで、俺やクーガ、ラプターに気付くことなく木剣を振るっていた。
 大上段に構えた位置から地面に向けて一気に振り下ろし、刃を返して同じ剣筋をなぞるようにカチ上げた。
 そしてその位置から袈裟斬りを放ち、また大上段に木剣を戻す。
 どことなく覚束無い動作だが、きっとあれが騎士だった頃に使用していた型の一つなのだろう。
 一つ一つの動きを確認するような素振りだが、プルは長い間剣を振っていなかったのだから仕方のない事だ。
 プルは髪をポニーテールに纏め、いつものメイド服では無く、ロンシャンで着ていた軽装を着用している。

「もっと……早く……もっと正確に……!」

 額には玉の汗が浮かび、木剣を振る度に舞う汗が街灯に照らされてキラキラと光っている。
 あまりの熱心さに、声をかけずに立ち去ろうと踵を返した時、プルの声が聞こえた。

「フィガロ様! ご帰宅ですか! おかえりなさいませ!」

「ごめん、邪魔しちゃったな」

「いえ! お帰りになった事に気づかず申し訳ございません!」

「大丈夫だよ。それにしても随分熱心だったな」

「えっ!? 見ていらしたのですか!?」

「うん」

「お……お恥ずかしい……」

「とても綺麗な型だったよ。あれが?」

「はい。サンダース家に伝わる型の一つ、三閃の型です。基本のとも言える型なのですが……やはり長年のブランクか、上手く体が動いてくれません」

「無理しないでいいんだぞ? ちなみにどれくらい剣を握っていなかったんだ?」

「十年……です」

「そんな長いブランクなら、多少ぶれていても仕方ないと思うぞ? もっと言うなら十年の歳月を感じさせないくらい、綺麗だった」

「あ……ありがとうございます……ですが全然駄目です、悲しい事にまるでなっておりません」

「そうか……なら一つ考えがあるんだけどいいか?」

「はい、何でございましょうか」

「プルが良ければ明日、俺と一緒に稽古しないか?」

「え!? フィガロ様とですか!? い、いいのですか?」

「俺は構わないよ。今のプルがどれくらい動けるのかも知りたいしさ」

「分かりました! 喜んでお受け致します!」

「よし、そうと決まればプルは早く寝る事! 夜更かしはお肌の大敵ってアルピナさんが言ってたぞ」

「アルピナさんが何方かは存じませんが、仰ることはもっともですね! ではお言葉に甘え、明日に備えこれで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか!」

「よし、許す!」

「は! では! 失礼致しました!」

 木剣を握り、高揚した顔で頭を下げたプルはいそいそと屋敷の中に戻っていったのだった。
 後に残された俺も、クーガとラプターを引き連れて屋敷へ入り、手を洗って服を着替え、そのままベッドにダイブした。


◇◆◇


 翌朝、といっても昼前に近い朝だ。
 朝食を取り、寝ている体にエネルギーを叩き込んで身支度の一切を終わらせた俺は、中庭へと出ていた。
 プルは中庭で瞑想しており、それを見守るようにピンク、子供達、シスターズ、クライシスが地面に引いた大きい布の上に座り込んでいた。
 朝食が終わった後、皆で慌ただしくしていたのはこの為か……。

「お待たせ。まさかギャラリーが付くとはね」

「プル姉が昨日、教えてくれたんです。というより起こされて自慢されたんですけどね」

「聞こえてないようなのでお伝え致しますが、プルは昨日、楽しみで中々寝付けなかったようです」

「そりゃあもうワクワクソワソワと。あ、因みにクライシス様とピンクさん達は私が誘いました」

 アハト、シロン、ハンヴィーが口々にプルの事を話してくれるが、そんなに楽しみだったのか? 
 まぁ嫌々やられるよりかは嬉しいけどね。
 シロンが皆に声をかけたようだけど、皆用事は無いのだろうか?
 無いからいるのか、予定を破棄したのかは分からないけど、皆がいる手前、負けるわけにはいかないかな。

「おうフィガロ、手加減してやれよ?」

「勿論です。が、プルの方が強いかも知れませんよ?」

「ほーん。負けた時の保険かぁ? ちっちぇなぁ!」

「違います! 断じて違います! クライシスはどうしてそうやって一々茶々を入れるんですか!」

「かっかっか! まぁ頑張れや!」

「「「ボスがんばってー!」」」

「こら! 頑張って下さいでしょう? 言葉使いは綺麗にね」

「「「イエス! マム!」」」

 クライシスとピンクの間には子供達が座っているのだけど、パッと見クライシスが父でピンクが母のように見えてしまい、少しホッコリさせて貰った。

「審判は俺がやろう」

「クライシスがですか? ありがとうございます」

「ぶっちゃけお前の速さを追えるのは、俺か魔獣共だけだろ」

「そんなに本気だしませんて」

「さぁー? どうかなぁ?」

「何ですかその目は」

「何でもないさ。ほれ、準備しろ」

「分かってますって。よろしくお願いします」

 実にわいわいキャイキャイと騒いでいたわけだが、プルは一切表情を動かすこと無く、瞑想に入っていた。
 俺が木剣を握り、即席で作られたリングの中にはいる。
 するとプルがゆっくり目を開き、深い呼気を吐いた後、木剣を握りしめてリングに入ってきた。

「フィガロ様と剣を合わせられるとは光栄です。どうかお胸をお貸しください」

「こちらこそ、よろしくな」

 木剣の先を合わせ、お互いリングの線ギリギリまで下がり——。

「始め!」

「っつあああ!」

 クライシスが掛け声と共に手を振り下ろし、プルが一気に距離を詰めてきた。
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