欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第九章 穏やかな日々

四三六話 事業計画

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「おはようございます。フィガロ・シルバームーンでございます。クロムウェルさんはご在宅でしょうか?」

 シャルルとドライゼン王が帰還して二日後、俺は大量の書類を持ってクロム邸へと赴いていた。
 門番に挨拶をすると向こうも俺を覚えていてくれたらしく、にこやかな笑顔を浮かべて対応してくれた。

「これはこれはシルバームーン卿、息災で何よりにございます。アポイントはお持ちで?」

「いえ、なのでそのお約束を取り付けたく参りました」

「かしこまりました」

 門番に出向いた要件を伝えると、屋敷の中からいつもの執事さんが出迎えてくれ、緩やかに門が開かれた。
 門番にも伝えた通り、今日クロム邸を訪ねる約束は取り付けていない。
 文書でやり取りしても良かったのだけど、それだと日数がかかりすぎるのでこうして直接訪ねたわけだ。
 万が一の事も考えて、事業計画書などの書類もまとめて持ってきている。
 印章は昨日のうちに届いており、職人の手による見事な彫り込みに声を出して感嘆したものだ。
 そして昨日のうちに書類をしっかりと見直して、押すべき所にしっかりと判を押しておいた。

「クロムウェル様からお話しは伺っておりました。新しい事業に関してのご来訪ですね?」

「あ、はい! そうなります!」

「ありがとうございます。クロムウェル様に代わり、御礼申し上げます」

「いえいえ! 急に訪ねたのは私です! 今日は約束を交わしたら失礼するつもりでいましたので」

「いえいえいえ! クロムウェル様でしたら三十分程度であれば時間が取れるそうですので、どうか中でお待ち下さいませ」

「本当ですか! ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきますね」

「ささ! どうぞこちらへ!」

 案内されるがままに応接室に入り、そのままクロムがやってくるのをじっと待った。
 待った時間は五分程度。
 コンコンとノックの音が鳴り、髪を総髪に撫で付けたクロムが現れた。

「おはようございます。フィガロ様」

「おはようございます。すみません、急におしかけてしまって」

「構いませんよ。こちらとしても進捗が早まる方が好都合ですので」

 俺はクロムと握手を交わした後、紙の束を取り出してテーブルの上に置いた。

「書類は全て目を通させて頂きました。特に気になる点もございませんし、契約内容も把握致しました。問題はありません」

「おお、さようですか! それは重畳ですな。では失礼して」
 
 クロムは書類を手に取り、パラパラと捲っていきサイン漏れや捺印漏れが無いかをチェックしていく。
 やがて不備が無いことを確認出来たのか、書類を再びテーブルの上に置いて咳払いを一つ吐き、俺を見た。

「確かに諸々の書類、受け取りました。して早速ですが、今日中には各関係機関に使者を送り、計画の始動を伝えます。初めにやる事は一つなので動きも早い事でしょう。明日か明後日には事業計画予定地までの街道整備に入ると思われます」

「分かりました。それで……一つ提案があるのですが」

「何でしょうか?」

「クロムさんにもこのリングを嵌めていて欲しいのです」

 書類が置かれた横に、毎度お馴染みのウィスパーリングを置いた。
 リングは光を受けてキラリと光っていて、これだけで価値のある装飾品のようにも見えた。

「これは?」

「これは私と連絡を用意にする魔導具、ウィスパーリングです。リングに魔力を通すと私と思念伝達が行えます。何かあればこれで連絡を下さい」

「魔導具ですか! これはありがたい! ぜひ使わせて頂きますぞ!」

「はい、宜しくお願いします」

「では……今日はこれぐらいで?」

「そうですね、また近い内にお伺いしたいと思います。今度はきちんとアポを取ってから」

「分かりました。その方が此方としても助かりますので……」

「はは、ですよね」

 握手を交わし、クロムに見送られながら俺は邸宅を出た。
 その後、すぐにウィスパーリングを起動してとある人物に連絡を取った。
 
「シャルル。今いいか?」

「はーい! 大丈夫よ? ねぇねぇねぇ、私帰ってきたよ? いつ会いに来てくれるの?」

「その事で連絡したんだよ。おかえり」

 涼やかな声が脳内にうねり、幸せな気持ちになる。
 シャルルの声はいつ聞いても心地いいものだ。
 例えるなら穏やかな波のせせらぎによく似ている。
 静かで、かつ躍動的で、全てを包み込んでくれるような、そんな声だ。

「ふふ! そうなのね? 気があっちゃったわね! ただいま!」

「今日、ドライゼン王とシャルル、二人が空いている時間はあるか? 相談したい事もあって」

「今日? んー……ちょっと待ってね!」

 シャルルはそう言うと一度リングを切り、数分後に再び繋がった。

「夕方以降なら私もお父様も公務が無いわ。どうせなら一緒に食事しないかってお父様が言ってるけど……どうする?」

「あ、じゃあお邪魔させて貰おうかな」

「分かったわ! 十九時に来れる?」

「大丈夫だよ」

「それじゃその時ね! 楽しみにしてるわ!」

 弾むような声でじゃあね、といってシャルルはリングを切った。
 十九時に王宮という事は少なくとも十八時までに色々終わらせなければならないな。

 
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