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第九章 穏やかな日々
四三五話 王家の帰還
しおりを挟む俺が放った疑問に、オルカは咳払いを一つして事の顛末を語って聞かせてくれた。
「フィガロが迷宮を抜けた数日後の事だ。ランチア市街地近郊の森で戦闘が起きた。裏社会の連中の抗争だと見ているが、数ある遺体の中で唯一のミスリル等級パーティー、スカーレットファングの遺体が……五人揃って発見されたのだよ。彼等のアジトは目下捜索中だが、持ち物から彼等が裏社会と繋がりを持っている事が確定した。組みしている組織に呼ばれて抗争に参加し、返り討ちにあった、といった所だ。捜査当局から話が来た時は驚いて声も出なかったよ。あげく自由冒険組合の中にまだ裏社会と繋がりのある者がいるのではないか、と在らぬ疑いをかけられる始末でな……今はその汚名を晴らすべく内部調査を行っている」
はぁ、と重苦しいため息を吐き、頭を撫で回すオルカの顔は非常に険しい。
そりゃそんな事になったのならオルカの立場は難しい位置になるのだろう。
所属している冒険者の全てを疑い、全てを調査するなど気の遠くなる話だ。
「さらにな……」
「ま、まだあるのですか……」
「スカーレットファングが没した事により、被害に遭っていた冒険者達から続々と報告が上がり彼等の行ってきた悪行が次々と明るみに出てなぁ……もう酷いもんだ。被害者達には組合からささやかだが義援金やら物資の配給などをさせてもらったが……もっと早く対処して欲しかった、と糾弾されてな……本当に申し訳無かったよ」
「オルカ支部長……」
「支部長職を辞する思いだったが……皆に止められてな。今は立て直しの時期だと割り切ったよ」
「そんな大変な事になっていたのですね……心中お察しします」
「ありがとう。辺境伯の君から言って貰えると多少は救われる」
「いえ、まだ名ばかりの貧乏貴族ですし、ここに居る時は低等級冒険者フィガロです」
「今は、な」
「はい。いずれはもっとデカくなりますよ」
「期待させてもらおう」
「はい!」
「そちらも忙しいだろうが、スケジュールを調整してもらい、風鳴りの塔に挑戦する日を教えてくれ。伝えるのは受付で構わない」
「分かりました。ご期待に添えられるよう善処致します」
俺とオルカがしみじみと、かつ溌剌と話を終えたその頃、外からわぁわぁという歓声と、割れんばかりに響く数多の拍手の音が聞こえてきた。
「どうやらご帰還のようだぞ?」
「本当ですか!」
この国の、ランチア守護王国の宝ともいえる可憐な華であり、俺の婚約者でもあるシャルルと、最硬の守護神ドライゼン王が他国に赴いていたのは誰もが知る事実。
しかし他国で内紛に巻き込まれていた事は、この俺しか知らない事実だ。
戦いを終えたドライゼン王は、内紛の一件を不問にするとアーマライト王に言っていた。
あの戦いはドライゼン王もアーマライト王も、どちらも被害者であり変え難い戦友だと。
ドライゼン王は「満身創痍の戦友を糾弾するほど落ちぶれておらん」と言い放ち、少なくない謝礼金すら受け取りを拒否した。
下手をすれば国家間の争いに発展するレベルの問題だが、ドライゼン王曰く国のトップ同士が内密に交わした男の約束、なのだとか。
全くもって気風のいいお人だ。
ランチアの兵が、タウルスが、守護騎士が倒れていたらまた違った事になったのかもしれない。
けれど「たら」だの「もし」だのを使うのは未来の話をする時であり、もう過ぎてしまった事に宛てがうべき言葉ではない。
ドライゼン王が良しと言えばそれは良しなのだ。
「行かないのか?」
「……行ってきます」
「うむ。婚約者の帰還だ。めでたいなぁ」
「何がめでたいのか分かりませんが、これで失礼させていただきますね。行くぞクーガ、ラプター」
にこやかな顔をしながら首を縦に振るオルカを残して、応接室を出た俺達はそのままの足で、絶え間無く歓声が湧き上がる場所を目指した。
王家の馬車が遠くに見え、近付くにつれて人の数が増えてくる。
きっと騒ぎを聞きつけた住民達が、一目見ようと家から出てきているのだろう。
クーガの上に乗っているので人混みに揉まれることは無いけれど、どちらかと言えば俺達の方が邪魔かもしれないと判断し、そのまま屋根の上に移動した。
屋根伝いに馬車を追いかけていると、突然馬車の扉が開いてシャルルが半身を出してきた。
片方の手でしっかりとキャビンの中を掴み、大きく手を振っている。
その光景を見た大衆からはさらに大きな歓声と拍手があがり、市街地は一時興奮の坩堝となった。
シャルルの視線はしっかりと俺達を捉えており、目が合った俺は大きく手を振り、クーガは威嚇の力を抑えた遠吠えを高らかに上げ、ラプターも俺の周囲を軽やかに飛翔している。
「おかえり、シャルル」
決して聞こえることの無い俺のおかえりは宙に溶け、満面の笑みで手を振るシャルルに届くことは無い。
歓声と拍手を引き連れた馬車はやがて市街地を抜けた。
跳ね橋に続くスロープを上り、跳ね橋を渡り、馬車が王宮の敷地内へ消えていくまで拍手と歓声は続いた。
「よし。俺達も帰ろうか」
屋根の上から馬車を見送り、正門が閉じられたのを見届け、クーガが再び屋根を蹴る。
王宮を訪ねるのは明日にするか、明後日にするかと考えながら、俺達は帰路についたのだった。
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