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第九章 穏やかな日々
四三二話 それぞれの思い
しおりを挟む一通り話を終えると、ブレイブの三人は買い物の続きをすると「フィガロ様によろしく」と言って去って行った。
アハトとハンヴィーは三人の姿が見えなくなるまで背中を見送り、ほぅ、と溜息を吐いた。
思いがけない所で主人の知らない側面を知り、その強さに感激した二人の頬は緩やかに弧を描いていた。
「行こ」
「うん」
手を繋ぎ直した二人は、誇るべき主から命じられたお使いを果たすべく人混みの中に歩を進めた。
やがて彫刻や細工を請け負う小物店の扉をくぐり、堂々と胸を張って店主の元へ駆け寄った。
店主は顔に何本も皺を刻んだ老人だったが、しょぼくれた印象は受けず、ベテランの職人然とした佇まいをしている。
そんな店主に向けてアハトは声を張り、頭を下げた。
「すみません、こちらでスタンプと印章の作成をお願いしたいのですが」
「はいはい、いらっしゃい……おや……獣人さんと亜人さんかい? こりゃ珍しい事もあるもんだ」
「はい! そのようですね!」
「私達は辺境伯様の使いの者です。ご主人様の要望では急ぎで仕上げて欲しいそうなのですが……」
「何!? 辺境伯様じゃと!? お主ら大層な御仁に仕えておるのう……! 辺境伯様のご要望なら喜んで急がせて貰いますぞ! 一日くれ、明日には最高の物を送り届けよう」
「ありがとうございます!」
店主からはやはり好奇の視線を向けられるけれど、ハンヴィーもアハトも何故か不思議と嫌な感じはしなかった。
特にハンヴィーはブレイブの面々と話をしてから、自分の心の中で何かが変わった事を自覚していた。
そして自らが過去の、ミロクに使役されていた頃の感情に囚われていた事に気付いたのだ。
シスターズはミロクという主人に蔑まれ、殴られ、食事もまともに与えられず、連日連夜酷使されてボロ雑巾のような極限状態に追い込まれていた。
その内にシスターズは自己肯定感が低く、自尊心の無い人柄へと変わっていった。
これはある種の洗脳に近く、シスターズは反抗という言葉を頭に描く事すら出来なくなっていた。
だが今日、自分達を拾ってくれた主人の底知れぬ強さと、あの若さで辺境伯という国の重要ポストを拝命するという快挙。
つまりは王に認められるほどの実力者だということを知り、彼女達の中に燻っていた呪縛が解けた。
使用人は外に出れば辺境伯の代行者となる。
胸を張って凛々しく、堂々と振る舞わなければ主人の品格を疑われてしまう。
この国ではただ通常人種が多いというだけ、ノースのような人もいる。
ノースは実に堂々としていた。
そしてその彼女が熱く語った自らの主人の強さに劣らないよう、気後れしないよう自信を持たねばならない。
ハンヴィーとアハトは自分達が辺境伯の使用人という名誉高い立場にある事を胸に刻むと不思議と自信が溢れ、自分はこれでいいんだ、と低かった自己肯定感が高まるのを感じていた。
「では委細宜しくお願い致します」
「うむ! 任されよ! 辺境伯様によろしくお伝えくだされ」
「「はい!」」
これでフィガロから命じられたお使いは終了だ。
温かな高揚感に包まれながら、ハンヴィーとアハトは小物店を後にし、屋敷へと足を向けた。
途中途中通行人と目が合うと二人はにこやかに微笑み、会釈を返して歩いていく。
幼い子供が手を振ってくると、二人も満面の笑みで手を振る。
その後も何事も無く屋敷へと辿り着き、自動で開く門を抜けて玄関をくぐった。
「「ただいま戻りました!」」
「ん。おかえり」
屋敷から知らせがあったのだろう。
玄関にはフィガロとプル、シロンが微笑みを浮かべて待っていた。
何事も無かった事を喜ぶフィガロ達と、照れながら笑みを浮かべるハンヴィーとアハト。
中に入り、手を洗い、報告を全て済ませた後、シスターズはそれぞれの仕事へと戻って行った。
やたらと晴れやかな顔をしているハンヴィーとアハトに、プルとシロンは不思議そうな視線を投げかける。
それに気付いた二人は「夜、話すからね」と言ってにっこりと笑った。
時刻は進み、夕食を終えて自室に揃ったシスターズは、ハンヴィーとアハトから今日起きた出来事の一部始終を語って聞かせた。
ブレイブという冒険者パーティーの事、フィガロとリッチモンドの迷宮における武勇伝、クーガの勇ましさをまるでその場に居合わせたかのように身振り手振りで話していく。
そして自分達の心変わりを、持つべき意思をとうとうと語った。
プルとシロンも、話を聞き進めていくうちに驚いたり怪しんだり、でもやっぱり驚いたりと、実にコロコロと表情を変えていた。
「アハトとハンヴィーの言う通りね。私達は昔の私達じゃない」
「辺境伯であるフィガロ様の誠実なメイドだもんね」
「うん!」
「頑張ろうよ。きっとここでなら……幸せになれる」
話を終えるとシスターズは皆同じような輝きを持った顔へと変化しており、手を重ねて明日からの自分達を応援するべく小さく掛け声を上げ、眠りについたのだった。
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