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第九章 穏やかな日々
四二八話 お勉強
しおりを挟むほっこりとさせてもらった後、構成員達に別れを告げて俺はクーガと共に屋敷へと帰った。
オーブという名を付けたあの集落は、また後日、なるべく近日中に訪れたいと思っている。
ピンクが用意してくれていた晩御飯を平らげ、食後の紅茶を飲みながら事務机に向かった。
机の上にはクロムから受け取った書類の束が置いてあり、机に向かったのは寝る前に少しでも読み進めておこうと思ったためだ。
ペラリペラリと一枚ずつ目を通していくと、クロムとベネリ大公の事業計画の概要と、それにまつわる証書が入っていた。
期日は記載されておらず、これは俺が事業を開始出来る期日になったら書き込むそうだ。
予定されている事業期間は四年だが、進捗状況により期間の延長を講ずる、とも書いてある。
ようは完全に未定って事だろうな。
やる事がやる事だし、長期的な計画になるのは前々から分かっていたから全く問題はない。
書類を読み進め、然るべき所にサインを書いていくのだが、ここで一つの問題にぶち当たった。
「あ……印章と封蝋……やばい……忘れてた……」
シルバームーン家の紋章を刻んだ封蝋用のスタンプと、印章の制作依頼を出さなければならなかったのだ。
制作依頼を出す場所は調べてあるし、紋章のデザインはちゃんと考えてある。
封蝋用のスタンプもそうだけど、シルバームーン家長の証として紋章の刻まれた指輪も制作しなければならない。
「やる事が……増えていく……」
手を付ければ付けるほど増えていくこの雑務は一体なんなのだ。
けど今の俺にはシスターズやトロイなど手足となる部下が沢山いる。
力になりたいと言ってくれる人がいるのだ。
「とりあえず紋章と封蝋は……アハトにお願いするとして……」
子供の世話と家事はピンクとシスターズが行ってくれるし、クライシスもたまに子供達に何かを指導してくれているようだ。
シスターズの中でも、文字の読み書きが出来るプルとアハトには色々と頼む事が多くなるだろうな。
どうせならこの際、シロンとハンヴィーにも文字の書き方を勉強してもらうとしよう。
ピンクにはある程度の金銭を渡してあり、食費や雑費で足りない分があれば追加で出すという形をとっている。
無駄使いをしている様子もないので、そこら辺は信用している。
子供達の将来についてだが、これはヘカテーと話をした上で決めていきたいと思っている。
あの子達がロンシャンに帰りたいというなら止めはしない。
けれどランチアに留まって生活していきたいというなら、少なからず力になりたいとは思っている。
その為にはやはりお金だ。
人脈はドライゼン王やクロム、タルタロス武具店のルシオ、トワイライトのアルピナと、太いパイプを持つ人達がいるのであまり心配はしていない。
裏社会にもハインケルという強力なパイプを持てているけれど、今のあの人は難しい立場にいる。
ハインケルが俺に協力を求めてくる事は無いと思っているけど、心配なのはどちらかと言えばこちらの方だったりする。
裏社会の事は全然分からないので何とも言えないけどな。
「ふぅ……寝るか」
机の上のオイルランプを消し、一つ伸びをした後、ベッドへ倒れ込んだ。
タオルケットをお腹までかけて目を瞑るとすぐに睡魔が訪れ、ゆっくりと眠りに落ちていった。
〇
次の日、紋章のデザインを描いた羊皮紙と代金、ウィスパーリングをアハトに渡し、色々説明をしていると——。
「フィガロ様……私もアハトと一緒に行っても構いませんでしょうか?」
「ん? ハンヴィーがか? まぁ……構わないけど……どうしたんだ?」
「えと……この国を信用していないワケでは無いのですけど……」
非常に申し訳なさそうに話すハンヴィーに違和感を覚え、ふとアハトの顔を見てみると唇はきゅっと結ばれ、何か思う所があるように目線を下に向けていた。
「アハトの体躯は小さくて……亜人、だし……その」
「なるほど、な」
ハンヴィーの意図を察し、言いにくいのであろう事を俺の口から述べた。
「差別や偏見、か?」
「簡単に言ってしまえばそう、です。申し訳ございません……」
「ランチアは通常人種の国だからな……そういうのが無いとは言いきれない、よな。怖いか」
「はい。怖いです。昔は色々ありましたから……アハトを一人にしたくないんです」
「そっか、分かった。ならハンヴィーにもこれを渡しておく。何かあればすぐに連絡するように」
「あ……! こんな高価そうな物を……! ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺がウィスパーリングを渡すと、ハンヴィーは花を咲かせたように笑顔になり、お礼を言いながらペコペコと頭を下げてきた。
アハトに渡した時も同じような事を言われたが、ウィスパーリングは以前クライシスから借り受け、返す際に「半分持ってろ」と言われたので俺の手元には六個のリングがある。
お値段の方は分からないけれど、「材料がありゃチャチャッと作れる」というのがクライシスの言い分であり、今はその好意に甘えている状態だ。
お金が出来たら買い取らせて貰うつもりだけど、あの人はきっとお金は受け取らない。
クライシスはそういう人だ。
「「では、行ってまいります」」
「うん、気を付けるんだぞ」
手を取り合って玄関をくぐるアハトとハンヴィーの背を見送りながら、俺の頭の中にはまた一つの問題が浮かび上がっていた。
すなわち通常人種と他種族との確執だ。
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