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第九章 穏やかな日々
四一八話 再訪のクロムウェル
しおりを挟むコブラ達は日が暮れてしばらく経った頃に荷馬車を引いて戻って来た。
連れて来たのは古物商に携わる構成員幹部三名とドンスコイで、彼らは手際良く家具をピックアップして去って行った。
俺は自室の窓からそれを見ていたのだが、ドンスコイもコブラも幹部達も、実にいい笑顔をしていた。
そして次の日、昼食を取って庭の木陰でクーガと戯れていた所に屋敷が来客を知らせてくれた。
自動で開く門をしげしげと眺めつつ、玄関へと続く道を歩くのはクロムウェル伯爵。
俺が帰って来た事を聞きつけてやって来たのだろう。
何の用で、とは聞くまでもなく、ほぼ確実に共同事業の話だろう。
本当の所、今日はクーガとラプターを連れて、散歩がてら自分の領地を見て回りたかったのだ。
クロムとの話が早く切り上がれば少しは時間もあるだろうけど、夕方を過ぎてしまえば明日に回すしかないな。
ランチアに帰って来てからというもの、クーガはたまにラプターと何やら話し込んでいたりするけど、基本的には庭でずっと寝ている事が多くなった。
クーガが不満を言う事はないけれど、自由に駆け回れるのならそっちの方がいいはずだ。
ラプターは変化で小さくなっているので、空を飛んでいても大して違和感がない。
同じように変化で小さくなればいいのでは、と進言した事もあるが、縮むのは嫌だと頑なに拒んでいた。
そんなクーガの頭をひと撫でしてから、俺は屋敷へと戻って行った。
〇
「お待たせ致しました。お久しぶりですねクロムさん」
「おお! フィガロ様! しばらくぶりでございます」
クロムはダイニングのソファに腰掛けており、ローテーブルの上にはピンクが入れたのであろう紅茶が置かれていた。
差し出された分厚い手を握り、クロムの対面に腰を下ろす。
「突然の来訪にも関わらずありがとうございます」
「構いませんよ。辺境伯を頂いたとは言え、さしたる活動もしておりませんし」
「聞く所によるとフィガロ様は続々と部下を増やしているとか。さて、さっそく本題に入りたいのですが宜しいですか?」
「はい。私の領地での農地計画ですよね」
「その通り、さすがですな。既にベネリ大公にも話を通しており、いつでも開始出来るような状況にございます」
クロムはそう言うと手提げカバンから書類の束を取り出して、ローテーブルに置いた。
「これが事業計画書並びに関係書類、ベネリ大公よりの書状などでございます。一度お目通し頂いて問題点や気になる点、受け入れにくい提案などをお聞かせ願えたらと思います」
「こ、こんなにあるんですか」
書類の束はゆうに五センチはある厚みを持ち、これに細かく目を通すと考えると苦笑いが込み上げてくる。
姉様から勉学でしこたましごかれた記憶が脳裏にチラつく。
「これは開始時の書類に過ぎません。国家事業的な意味合いがありますのでどうしても書類は多くなってしまうんですよ」
「わ、わかりました……!」
「また、この計画は私、ベネリ大公、フィガロ様の三人を軸に進めておりますゆえ、基本的に他貴族の介入はさせませんし、参入も認めていません。それでも甘い汁の噂を聞きつけた貴族達が擦り寄ってくるかと思いますが……お断りをお願い致します。関係各部のリストもこの書類に入っております」
「はい」
真剣な表情で話を進めていくクロムだが、俺は話を聞きながら一つの疑問を抱いていた。
ランチアの兵一万がロンシャンへ向けて出兵したというのに、クロムには慌てている様子も無いし、それについての話をする様子も無かった。
よくよく考えてみると、街全体にもピリピリした様子も感じられなかったし、噂話をしている奥様方もいなかった。
これは一体どういう事なのだろうか。
「ここまででご質問はございますか?」
「今の所はありません。また不明な点が出たら、という形でもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。先もお伝えしましたが、こちらは準備万端でございます。少しだけ予定をお伝えしても?」
「構いません」
「ありがとうございます。事業を展開するに先立ちまして、インフラの整備と仮設住宅の建設。それと並行して農地の選定を予定しております」
「なるほど、ではその際に当方の配下を警備に回させていただきます。それと、無知を露呈するようでお恥ずかしいのですが……日割り計算で構いませんので警備隊としての契約はどれほどの料金になるのでしょうか?」
「そうですなぁ……日割りですと一人当たりの日当が銅貨五枚ほどとなりますな」
「となると……一人当たり一月で金貨一枚と銀貨五枚、ですか」
「そうなりますな。モンスターなどに出くわした場合は危険手当として上乗せが可能です。それでよろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
StG傭兵団との契約金よりかは低いが、あまり問題ではないと思う。
これで大幅な開きが出てしまったら考えなくてはいけないけれど、当面はクロムの提示した金額で様子を見ることに決めたのだった。
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