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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三八二話 残った良心
しおりを挟む「すまねぇフィガロ様。コイツはほら、話したろ? 俺の友人でゼロに付いて行った馬鹿野郎だ」
「あー! アーククレイドルで話してくれた行方不明の!」
「そうだ。ついさっき混乱に乗じて俺を訪ねて来たんだよ。何でも話したい事があるってよ」
「そうだ。我は貴様に慈悲をやろう。我が語りを聞き、カタストロフと深淵の縁を知れ!」
見下したまま見事に言い切る青年だが、よく見ると全身が細かく震えている事に気付いた。
「あの……普通に話して頂いて構いませんよ? その方がわかりやすいですし」
「ふむ……分かった。出来る限りこちらの世界の話し方に準拠しよう。何ぶん我はもはやこの世界に居てはいけない存在となってしまったからな……出来れば皆のいる前で纏めて聞かせてしまいたいのだが?」
「……なるほど。だから殺されるかも、と」
「そうだ。我が身はもう人間では無い。体と思考を弄られた魔人もどきよ」
「っつー訳なんだが……どうだろうか。出来ればコイツを殺させないで欲しい、頼む!」
メタルラインにとっては、行方不明だった友人がひょっこり帰ってきたようなものだ。
両手を合わせ、頭上に掲げて拝み倒すような姿勢を取るメタルラインを見れば、自ずとこの青年との仲が分かる。
「一つお聞きします。貴方はアザトースが現れてから誰かを殺しましたか?」
「クックック……我が人間風情を手にかけるわけが無い。安心しろ、人混みに紛れてこっそり侵入した」
「そうですか、分かりました。貴方の身の安全は私が責任をもって対処致します」
「わりぃなぁフィガロ様くらいしか頼れる人物がいねーもんでよ」
「構いません。ではさっそく行きましょうか」
ここまで来る間に一人でも殺していたらメタルラインには悪いけど、お帰り願っていた所だ。
しかしどうも……この青年から感じる気配は魔人とは思えないほど穏やかなものだった。
「そうだ、お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「名前か……では我のことは闇よりの王子、ブラックプリンスと……」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! てめぇの名前はダンケルクだろが!」
着用していた黒い安物っぽいマントを仰々しくはためかせてキメようとしていた矢先、メタルラインの蹴りが青年の腰に入った。
「痛いじゃないか……暴力は良くないよ……あっ」
「あっ。て……」
今まではやたら偉そうによく分からない言葉を並び立てていた青年は、蹴られた腰を擦りながら弱々しい声でメタルラインに反論した。
言葉の最後で自分のミスに気付いたがもう遅い。
「コイツぁよ、人一倍気が弱かったんだが……魔人になっても大して変わって無さそうで安心したぜ」
「うぅ……酷いじゃないか……せっかくの名演技を……」
ダンケルクと呼ばれた青年は腰をさすってはいるが、大して効いていないようだ。
「自分で演技とかいってりゃ世話ねえっつの」
半分不貞腐れながらもダンケルクはメタルラインを見下ろし、次いで助けを求めるように俺の顔を見た。
「私を見つめられても困ります」
「そうですよね……すみません……」
捨てられた子犬のような瞳を俺に向けるダンケルクだが、生憎と青年から熱い視線を送られてドギマギする趣味は持ち合わせていない。
アルピナだったら是が非でも助けようとするだろうな。
「では改めて……行きましょうかダンケルクさん」
「よ、よし……!」
数度深呼吸をするダンケルクを待ち、扉を押し開けると中ではまだ会議が続いていた。
俺はキリが良い所で手を挙げ、皆の視線をこちらに向けた。
「すみません、お話の途中ですが少し宜しいでしょうか」
「おお、お戻りですかフィガロ様。進展が?」
「進展……進展なのでしょうか……ゼロにより魔人へと改造された人物が一人、訪ねてきております。話を聞いて欲しいそうです」
「何っ!! 魔人だと!」
室内が途端にざわつき始め、殆どの人間が武器に手をかけて臨戦態勢に移行した。
当然の反応と言えば当然だ。
掃討目標である魔人が向こうからノコノコと現れたようなものなのだから。
「皆さん落ち着いて下さい。魔人に敵意はありませんし、不穏な動きをすればすぐに処分出来るよう、魔法をかけてあります」
勿論嘘なのだが、言葉上でも安全をアピールしなければ話も聞いて貰えそうにないしな。
「あの……それ本当ですか……?」
「そんなワケ無いでしょう。こうでもしないと貴方、斬られますよ」
「な、なるほど……ありがとうございます」
ダンケルクは俺の後ろで小さくなり、さらに小さな声で俺へ耳打ちをし、俺の返答に胸を撫で下ろしていた。
さっきまでの勢いはどこへやら、と思うけどたった一人、殺されるかもしれない敵陣に乗り込む勇気は凄いと思う。
俺はそれを汲んであげたいし、メタルラインとの約束も守りたい。
「ふむ……害が無いのであれば発言を許そう。皆々得物から手を離すのだ」
「ありがとうございます」
ざわめきの中、アーマライト王が発言すると皆訝しげな顔をしながらも臨戦態勢を解いてくれた。
「それでは……ほら、ダンケルクさん」
「う……はい。お集まりの皆様初めまして、我が名は……あ、じゃなくて……僕はダンケルクと言います。寒村の出であり、ただのダンケルクです。よろしくお願いします」
縮こまるダンケルクの背中を押すと、手先を震わせながらも足を前に出し、しっかりとした口調で喋り始めたのだった。
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