欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三八〇話 シュミットの自己犠牲

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 アザトースの砲撃により一階部分のみとなった王城。
 残された区画の一室に続々と人が集まっていく。
 理由は勿論アザトースと魔人達への対策会議だ。
 アーマライト王、ヘカテー、アストラ、各隊長達、ドライゼン王、シャルル、守護騎士、タウルス、ブラック、黒龍騎士団の幹部数人とシュミット、並びに赤龍騎士団の幹部数人、冒険者の白金等級、ミスリル等級が数人、教会騎士団の幹部数人、そして俺とクライシスだ。
 ヘカテーと共に戻って来ていたラプターと、影から出したクーガは外で待機させている。
 革命軍の主力であった赤龍騎士団がこの場にいるというのは、何とも違和感があるが、革命どころの話ではないので致し方ないだろう。

「シュミット」

「げ……ヘカテー王女……」

「げって何よげって。貴方、自分のした事、分かってるわよね」

「そりゃあ……まぁ、分かってますよ」

 ヘカテーは部屋に入ってきたシュミットを見るなり近寄り、冷え切った瞳で睨み付けた。
 豪放そうなシュミットだったが、ヘカテーが目の前に来るなり借りてきた猫のようにしおらしくなり、手元が所在なさげにモニョモニョと動いている。

「跪きなさい」

「んだよ……」

 シュミットの目の前で腕を組み、仁王立ちになったヘカテーが冷淡な口調で言うとシュミットは小さく舌打ちをし、顔を背けたがここぞとばかりにヘカテーが追い討ちをかける。

「何か言ったかしら」

「いえ! 何も言っておりません!」

「ならさっさと跪きなさい」

「は!」

 鶴の一声を受け、背筋を伸ばしたシュミットは勢いよく跪いて顔を上げた。
 ヘカテーが何をしようとしているのかを察した俺は、こっそりヘカテーの手に強化魔法をかけた。
 魔人であるシュミットは非常に頑強だ。
 このままではヘカテーの手が危ない。

「歯を食いしばりなさい!」

 烈火の怒りを迸らせながら、ヘカテーは握り締めた拳をシュミットの頬目掛けて勢いよく振り抜いた。
 俺としてはてっきり平手打ちをするものだとばかり思っていたので……少し効果の高い強化魔法を掛けてしまっていた。
 その結果、ゴキィ、ともべキィ、とも取れる鈍い強烈な音が鳴り、シュミットの顔が四十五度の角度で綺麗に曲がり、そのまま壁に吹っ飛んだ。

「あ、あら……?」

 目をパチクリと瞬きながら、状況を上手く理解出来ないヘカテーと、壁に打ち付けられ白目を剥くシュミット。
 しまった、やり過ぎた。
 
「な、なんてパワーだ……」

「あれが第二王女の秘められた力……」

「すげぇ……」

「あのシュミットさんがワンパンだぞ……」

「魔拳の女帝……ヘカテー……」

 一部始終を見ていた部屋の面々は次々と驚愕の言葉を口にし、次は自分の番なのではないか、と騎士団の皆様は戦々恐々として小さくなっている。

「えと……あの、ちょっと……?」

「「「ひぃ!」」」

 革命に参加した赤龍騎士団、黒龍騎士団、冒険者の皆々様は揃って青い顔をしてヘカテーを見る。

「ヘカテーよ、荒ぶるのはそれまででよかろう」

「はい。申し訳ございません」

 冷や汗を垂らしたアーマライト王が冷静を装ってヘカテーに声をかけ、最初は動じていたヘカテーも場の雰囲気を察したのか、さも当然のように静かに答えた。
 突然の出来事にも臨機応変に対応する、やはりこれが王族。
 さすが王族。
 ヘカテーの冷たい視線が、しっかりしゃっきり俺に向いているような気がするけど俺は気付いていない。
 気付いていないのだ。

「だ、大丈夫ですかー、シュミットさーん」

 壁に崩れ落ちたシュミットに駆け寄り、我ながら棒読みだと思いながらも声を掛ける。
 
「なんかしたろ、小僧」

「んー? なんのことでしょうかー」

 どうやら白目を剥いていたのは演技だったらしく、俺が声を掛けると薄目になってボソッと呟いた。
 白々しく誤魔化すとシュミットは自嘲気味に口角を上げ、俺の肩を小突いた。

「王女にあんなパワーはねぇよ。なんかするとしたらお前くらいだからな……まぁいい。これで赤龍も黒龍も締まる所は締まっただろ。俺はしばらく気絶してるからよ、適当に進めててくれや。本筋に入ったら起きるからよ」

「えぇ……わ、分かりましたよ」

 そう言うや否や、シュミットはまたしても白目を剥き、首を真横に倒して気絶したフリに戻っていった。

「よく集まってくれた。敵だった者もいるが、今はそれ所ではない」

 アーマライト王が手を数度鳴らし、注目を集めた上でそう言った。
 ヘカテーはアーマライト王の横に移動しており、目を閉じて静かに立っている。
 集まった面々はザワつくことも無く、真剣な瞳で二人を見つめていた。
 シュミットには悪い事をしたと思うけど、彼のおかげでバラついていた意識が纏まった。
 怪我の功名というやつだろう。

「突如出現した異形体はアザトースと呼ばれている。魔導師長として我が国を支えてくれたゼロが秘密裏に生み出した人造魔獣である、という事が分かっている。どんな能力を持つのかは判明していないが……アザトースの原動力にはロンシャンの秘宝、久遠の紫魂が据えられている。盗み出したのはゼロだ。奴はアザトースを作りだし、さらには冒険者を始めとした強くなりたいという意志を持つ者を魔人へと改造した。魔人の力は相対した諸君らがよく分かっていると思う。よって今回の作戦の最初の目標は魔人達、奴らの排除を第一目的とする」
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