欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三七八話 クライスラー・ウインテッドボルト

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 大地は荒れ、水は腐り、風は瘴気を乗せて吹き荒ぶ。
 絶え間ない砲撃や魔法の爆発、幾重にも重なる障壁。
 破壊され、潰され、弄ばれる。
 断末魔の叫びや仲間の慟哭が、敵の高笑いと嘲りに混ざり合う。
 流れる血は血溜まりを作り、血溜まりは川となって大地を流れる。
 タイミングを合わせるように発生した魔獣の群れは、至る所で幅を利かせるように暴れまわり、破壊と虐殺の使徒となる。
 天は黒く厚い雲に覆われ、時折走る雷光と雷鳴が終末の日を連想させる。
 否、終末は既にすぐそこまで来ているのかもしれない。
 終わりの始まりは十年近く前の事だ。
 各地で異常気象が起こり、地割れや大嵐、山崩れなどの天災が相次いだ。
 それなりに戦争の多発する時代であった当時、戦争で疲弊した国を狙うかのように発生した天災により、その国の国力は低下し、結果戦争の数も減っていった。
 争いが減り、天災の傷跡を埋めるべく通常人種、亜人、獣人のそれぞれがお互いに手を取り始めた時、原因不明の病が各国同時に発生。
 あらゆる薬が試されたが効果があったものは無く、全く新しい病原体によるものと断定され、多くの医者や学者の頭を悩ませた。
 対処法なども見つけられないまま世界人口の三割を死に追いやった後、原因不明の病は汐が引くようにあっさりと消え失せていった。
 天災と流行病により各国力は大きく削がれ、復興に注力せざるを得なかった。
 各地に起きた地割れにより貿易ルートや街道は寸断され、隆起した地に囲まれて孤立してしまった国や街もある。
 人類は争いをしている場合では無くなったのだ。
 人はこれを第一次世界災害ワールドハザードと呼んだ。
 第一次世界災害ワールドハザードから二年が経ち、街道や貿易ルート、国が復興し始めた頃、各地の秘境と呼ばれる場所から魔獣やそれに準ずる強力なモンスター達が這い出して来た。
 各地で討伐隊が組まれ、多数の被害を出しながら数ヶ月の月日をかけて撃退に成功した。
 後に英雄と呼ばれる強力な力を持った十三人の人物が、世界に台頭し始めたのもこの頃である。



「なぁおい、ギュス」

「ん? なんだいクライス」

「その剣かっけぇな」

「本当かい? ありがとう、これは祖父の形見なんだ」

「ほぉん」

「興味なさそうだね……」

 地割れにより寸断されてしまった街道の代わりに、新しく敷かれた街道。
 真新しいその道の上を数台の荷馬車がゆっくりと進んでいた。
 干し草が積まれたものから、大小の木箱がバランスよく積まれたもの、酒や飲料が入っていると思われる樽を詰んだものなど、道を行く品々は実に多様だ。
 声が聞こえたのは干し草が積まれた荷馬車だ。
 干し草の上に寝転がるのは二人の青年、名をクライスラー・ウインテッドボルト、並びにギュスターヴ・パトリオットといった。
 クライスラーは横に寝転ぶギュスターヴが持つ剣の一つを眺めていた。
 目立った宝飾などは無く、単純に斬れ味のみを追求したのであろうシンプルな長剣。
 何度も巻き直したのであろう剣柄、硬木で造られた同じくシンプルな鞘には【真実の強さ】という文字が公用語で刻まれていた。

「興味無いわけじゃねーよ。大事に使い込まれた剣ほどかっけぇモンはねぇ」

「ありがとう。そう言ってくれると祖父も喜ぶ」

 二人が見上げる空は生憎と灰色の雲が一面に薄くかかり、太陽の光を遮ってしまっている。
 クライシスは干し草の一本を咥え、ピコピコと揺らして少しの沈黙の後、また口を開いた。

「アレか? 爺さんもやられた口か?」

「アレ……魔獣の事かい? だとしたら違うよ、ただの老衰さ。八十まで生きたんだ、大往生だよ」

「ほぉん。ならなんで討伐隊に?」

「僕の街が被害にあったわけじゃないんだ。運良く天災の被害も無い。だからこそ、手助けをしたいと思ったのさ」

「よう出来た坊ちゃんだな」

「父と話してね。僕の生家は剣術道場をやっててさ、この力を試したいっていう愚かな気持ちもある。出来た人間じゃないよ。クライスは何故討伐隊に?」

「俺こそソレだよ。俺の村は秘境の近くにあってな、湧き出てきた魔獣の群れにあっさり飲み込まれて滅びた」

「ごめん、気がきなかったね」

「問題ねぇよ。気にすんな」

 各地で勃発した魔獣との戦いには、国や種族の関係無しに討伐隊が組まれた。
 クライシスとギュスターヴが所属する三十五番隊は、マルドゥーク北方方面を主とする討伐隊だ。
 
「しっかしよぉ、護衛任務とか聞いてねぇぞ」

「人手不足だし、魔獣発生の影響でモンスター達も活発になってる。仕方無いさ」

「モンスターくらいパパッと処理しちまえばいいんだ」

「それが出来ないから僕らに回ってくるんだよ」

「はー……情けないねぇ。だがよ、雑魚モンスターしか出ねぇぞ?」

 二体の魔獣の討伐を終えた三十五番隊は、一度近くの街へ帰投している。
 食事を終え、さぁ休もうとした時、二人にキャラバンの護衛任務が下されたのだ。
 討伐隊の二人が干し草に揺られていた理由はこれである。
 干し草に揺られているのは約二時間程になるが、その間に現れたモンスターは八体。
 どれもが普段人間など襲わない温厚なモンスター達だった。
 
「人間以外もピリピリしてるって事だよ。しかしクライシスの魔法の腕は中々に凄いね。ここから動かずに倒してしまうんだもの。まるで魔法自体が意志を持ってるかのように敵を貫く! ズバッ! とね」

「殺気に向けて魔法飛ばしてるだけだ。大した事じゃあない」

「頼りになるよ、本当に」

 半分呆れたように言うギュスターヴと、目を閉じてニンマリと笑うクライシス。
 二人が出会ったのは数週間前だが、ウマの合った二人はいつも一緒にいた。
 お互いが強者という事もあり、二人のコンビは瞬く間に三十五番隊で有名になっていき、魔のボルト、剣のパトリオットと呼ばれるようになった。
 
「そりゃこっちのセリフだよ。魔獣のブレスを斬り飛ばすなんて芸当、ギュスにしか出来ねぇよ」

「あれは我が道場に伝わる秘剣技の一つでね、編み出したのは僕じゃなくて祖父さ。僕はそれを使っているだけだ、大した事じゃあない」

「人の真似すんなタコ」

「あはは! お互い様ってことさ!」

 ギュスターヴの笑い声が風に乗り、どことも無く運ばれながら消えていった。
 風は吹き、太陽が昇り、夜が訪れ朝になる。
 何が起きようと、何年時が経とうとそれは変わらずに繰り返される。

「よぉギュス。お前の子孫は良くやってるぜ。ノーザンクロスの野郎が生きてたんだが……もう死んだ、はずだ。懐かしいなぁ……お前達は向こうでヨロシクやってんのか? ギュス、キャナル」

 ほうぼうで火の手があがり、もはや街としての体を成していないロンシャン連邦国の首都を眺めながら、クライシスは一人呟いた。
 アザトースは全方位に砲弾をばら蒔いた後、ゆっくりと方向を変えて再び停止した。
 ノーザンクロスが造り出したという人造魔獣アザトース、造物主たるノーザンクロスが死んだ今、制御出来る者はいない。
 主人を失ったアザトースの動きを読む事は難しく、今後の被害は更に広がっていく。
 どうしたものかとクライシスが一考していると、背後の扉が開く音がした。

 
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