欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
195 / 298
第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三五七話 ボイスブースター

しおりを挟む

「革命軍の諸君に告ぐ! 直ちに武装を解除し、投降せよ! さもなくばこの迷宮管理塔に再び砲撃を敢行する! 繰り返す! 直ちに投降せよ!」

 空気をビリビリと響かせながら聞こえるのはアストラの声だろう。
 窓から顔を覗かせると、迷宮管理塔から少し離れた場所の上空にヘカテーとアストラを乗せたラプターの姿があった。
 魔導技巧の中に、声の大きさを増幅させるだけの【ボイスブースター】という物がある。
 ほら貝に似た見た目をしており、細くなっている方に声を向けると、反対にある広がった穴から見た目に似つかわしくない程の大音量が発生して周囲に響き渡る。
 ボイスブースターを通せば、普通の声の大きさでも耳を塞ぎたくなる程の音量が出る。
 下手に大きい声を出そうものなら、付近にいる人達の鼓膜に危険が及ぶ。

「ふざけるな! 人の命をなんだと思ってるんだ! やるぞみんな!!」

「「「【ストーンブラスト】!」」」

『あの人達……!』

 下から聞こえてきたのは先程俺に絡み、シャルルの言い分を聞かずアーククレイドルから出て行った白金等級の青年の声だった。
 なんだ、生きてたのか。

『あの人達! 助かる命を無駄にするつもりなの!?』

 シャルルが悲痛な声を上げる。
 しかし俺からしてみれば、恐らく彼等は自分が死ぬわけがない、きっと助かる、自分達を殺すわけがない、という無駄に甘い考えをしているだけだと思うのだ。
 青年に付き従っていた仲間がストーンブラストを放つも、魔獣ラプターに通じる訳もなく、全弾がラプターの胸部に吸い込まれるように直撃したが、まもなくボロボロと纏めて地面に落ちていった。
 
「そんな……! 馬鹿な! 複数人同時発動のストーンブラストだぞ! 無傷なわけが……!」

 青年の言葉を聞いていると頭が痛くなってきそうだ。
 彼はモンスターとでも戦っているつもりなんだろうか?
 相手は国の正規軍なんだぞ。
 正義感に浸るのは結構だけど、今行った行為がどんな行為なのか今一度考えてみた方がいいぞ。

「革命軍と見られる人物から攻撃を確認した。こちらの勧告及び提案を破棄と断定。これより砲撃を再開する!」

「まっ! 待てよ! 俺達は一般人なんだぞ!? 中には他の一般人もいるんだ! それが国のやり方なのか!」

 適わないと判断したらしい青年の情けない言葉が聞こえてくるが、青年の取った行動により、投降したかもしれない他の人の命までも失う事になった。
 あの馬鹿にそこまで頭が回るとは思えないけどな。
 遠くからヒュゥーという風切り音が聞こえたと思った次の瞬間、管理塔のどこかで爆発音が鳴った。
 爆発が起き、管理塔の一部分が次々と地面に落下していき、人の影も一緒にバラバラと落ちて行くのが見える。
 建物のあちこちで火災が発生しているようで、こちらから見える範囲の窓の幾つかから炎の舌が轟々と伸びている。
 
「塔が!」

 誰が発した声かは分からないが、迷宮管理塔のシンボルである二本の塔の内、一本が途中からへし折れてこちらに落下しかけているのが見えた。
 パッと見でもおよそ数十メートルはある塔がバキバキ、ゴキゴキ、という音を立ててゆっくりと倒れてくる。

「シャルル! デカいのが来るぞ!」

『任せて! お願い! アーククレイドル!』

 シャルルが膝立ちになり、両手を床にピタリと当てると甲冑全体が淡い光に包まれ始め、シェルターであるアーククレイドル全体がシャルルと同じような淡い光に包まれた。
 そして今までで一番大きい轟音が鳴り、アーククレイドル全体が濁流に飲まれたかのように激しく揺れ動いた。
 折れた塔がアーククレイドルの直上階に激突したのだろう。
 激しく揺れるシェルター内は立つことも出来ないほどであり、悲鳴の坩堝と化していた。

『フィ、フィガロ……ヤバいかも』

「どうした!? ヤバいって何がヤバいんだ!?」

 揺れる床にピタリと手を重ねているシャルルが呻くように言った。

『アーククレイドルは大丈夫なんだけど……伝わってくる感じから多分、この周囲が崩れ落ちるわ……』

「なんだって!?」

『アーククレイドルに直撃は無いけど、その他の階に撃ち込まれた砲弾が建物の支柱を何本も砕いたみたい。床下から嫌な軋みが聞こえるの』

「でもこの中に居れば平気なんだろ?」

『そうなんだけど……アーククレイドルが大人しく真下に落下してくれるとは思わないの』

「なるほど……回転するかもしれないって事か」

『簡単に言っちゃえばそういう事よ。私の方でも頑張って制御してみるけど……フィガロもどうにか出来る?』

「問題無い。ようは固定しちゃえばいいんだろ?」

『まぁ……そうね。え、まさか貴方!』

「大丈夫、無茶はしない」

「おーい二ーちゃーん! だーいじょぶかこれー!」

 俺がシャルルと打ち合わせをしていると、離れた所からラインメタルの声が飛んできた。
 ラインメタルはこの揺れの中でもしっかりと立っており、怯える人々を一箇所に集め、床に伏せさせていた。

「大丈夫です! これから少しあなたがたへ魔法を使います! 安全のためですので抵抗しないで下さいね!」

「だそーだぞ皆! 大人しくしてろよー!」

 伏せる人々はそれどころでは無いのか、一言も喋らない。
 この揺れで喋った方が舌をかみそうだけどな。

「行きますよー! 【ホールドロック】!」
 
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。