欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三四八話 キメラルクリーガー隊

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「この振動は……隊長達が始めたな?」

 普通の人間であれば、何かに捕まっていなければ転んでしまいそうなほどの地揺れと、体に流れる血液までも震わせるような空気の振動が襲ってきた。
 王城から出発した俺とブラウン、ホワイトとピンクは、かなり速い速度で迷宮管理塔近くのにまで辿り着き、今は倉庫のような場所に身を隠していた。

「キメラルクリーガー、か。俺は強そうな、と言ったんだがな。センスが良いとは言えないが、あの隊長にしか思い付かなそうな名前だ」

 俺達強化兵はまさにキメラのような存在だ。
 それに戦士という意味を加えることで、隊長なりに強そうだと思ったのかもな。

「不思議な少年だよまったく」

 実を言うと、俺が自我を取り戻した理由は正直全く分からない。
 自我を取り戻した時、あのヘカテーという第二王女がそばで「そこ、どいて下さらない?」と、散々喚いていたのを未だ鮮明に覚えている。
 その後は、自我を取り戻した事を今の隊長に悟らせぬように行動した。
 新しい隊長を見定めようと思ったのだろうな。
 自我が封じられていたとしても、今までの記憶は残っている。
 意志無き強化兵となり、殺戮兵器として生きてきた記憶。
 トム隊長に連れられて経験したさまざまな冒険や争い。
 規格外の力を持つ幼い隊長から流れ込んできた暖かな想い。
 そして……強化兵となる前、帝国軍の元将軍としての記憶。
 当時から何年経ったのかは分からない。
 とある侵攻作戦の際、体の四割を失うという重症を負った俺は死んだと思ったが、気付けばこのロンシャン連邦国で幼い隊長に付き従っていた。
 自我を取り戻した時、強化兵として生きていた記憶とそれまでの記憶が混ざり合い自分がどうなったのかを理解した。
 だから俺は過去を捨てた。
 帝国軍元将軍では無く、強化兵ブラックとしての生を受け入れたのだ。
 一つだけ過去のしがらみがあるとすれば……あの帝国軍で密かに開発されていた生体兵器、ショゴスを生み出した者の存在だろう。
 ショゴスは俺が体の四割を失い、強化兵に改造された原因でもある。
 侵攻作戦の時、帝国側が優勢だったのにも関わらず試作段階だったショゴスが解き放たれた。
 結果は言わずもがな、途中から制御不能となり暴走。
 敵味方関係無く襲い掛かり、帝国軍も敵側も壊滅した。
 だが負傷した俺が回収されたという事は誰かが倒したという事なのだが、生憎それが誰なのかは分からずじまいだ。
 そんなショゴスが再び俺の前に現れた時は夢なのかと思ったが、戦闘が始まってから見たものは化物同士の戦いだった。
 帝国と敵国の両軍を蹂躙した化物ショゴスを、たった一人で相手取った隊長。
 勿論他の兵士やシャルル王女も奮闘してくれていたが、空を飛び、様々な魔法を雨あられと浴びせてショゴスの気を引いていた隊長は飛び抜けて凄まじかった。
 隊長が気を引いてくれたおかげで、ロンシャン兵達の被害は格段に減った。
 隊長の魔力は無尽蔵なのかと思わせるほどの、激流のような魔法の連射、ショゴスの攻撃をギリギリで避け、捌く体術に戦闘センス。
 あの域に到達する為に、一体どれほどの鍛錬を積み重ねて来たのか。
 師か良かったのか、元々のポテンシャルが高いのか、どちらにしても生半可な鍛錬では無かったのだろう。
 体術、武術は恐らく強化された俺と同程度、数年経てば俺をあっさり抜いていくはずだ。
 そしてあそこまで魔法を連発する存在など、軍用魔導技巧か魔獣以外に俺は知らない。
 もしや彼も強化兵か生体兵器の類なのでは? という思いが頭によぎった時もあったが、聞けば正真正銘生身の人間だと言う。
 生身の人間で強化兵並の戦闘力を持つ人間、全くもって意味が分からない。
 なので俺は考える事を止め、隊長はそういう存在なのだと受け入れる事にしたのだ。
 所定の位置につき、過去を思い返しながら隊長達の破壊工作が終わるの待っていると、目の前が長大な黒い箱のようなもので覆われた。
 表面はおどろおどろしい紋様で彩られた漆黒、闇と同程度の暗さにも関わらず、人の顔のような紋様はくっきりと判別出来る。
 おぞましさに思わず一歩引いた時、先程まで感じていた振動が鳴り響いた。

「全くもって……恐れ入る……」

 箱のような物が消え去った後には何も残っておらず、融解した地面が散見出来る。
 これをたった二人でやってしまうのだから、隊長の相方、リッチモンドという男も大概に規格外だと俺は思った。
 あの二人だけで一個師団レベルの力を持っているんじゃないだろうか。
 
「それ以上……かもな」

 冷や汗のようなものが額に浮かぶが、それもすぐにヘルメットの内側に巻かれた布に吸収されていく。
 これだけ派手な破壊工作を行ったのだ。
 迷宮管理塔の内部は混乱の渦中にあるだろう。
 そこを俺達キメラルクリーガーが蹂躙する。
 強化兵として今までやって来た事となんら変わりない。
 
「得物を持て、やるぞ」

 俺が呟くと同時に、控えていたブラウン、ピンク、ホワイトが各々の武器を抜き放った。
 
「キメラルクリーガー隊! 突撃!」

 俺達は大地を蹴り、隊長により強化された限界を超えた肉体で一気に迷宮管理塔へと突入して行った。

 
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