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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
三三三話 魔力
しおりを挟む食事を終えた俺は王城の一角にあるテラスに出て、眼下に広がる廃墟さながらの市街地を見て一息ついていた。
市街地の荒れようは酷く、これを再興するとなるとどれほどの時間が必要になるのだろう。
「あら、黄昏るにはまだいささか早いのではなくて?」
テラスの柵を掴みながらそんな事を考えていると背後からヘカテーの声がした。
「こんにちは。黄昏ていたわけじゃあないんですけどね、再興には時間がかかりそうだなって考えてました」
「そうね……考えるだけで気が遠くなりそう。でも……再興する時に私が生きているのかしら」
ヘカテーは元気の無い声で言い、俺の隣に立って柵に寄りかかった。
表情は暗く、緩やかにカーブした口元は自虐的な笑いにも見えて心が痛む。
テラスには俺とヘカテーしかおらず、アーマライト王から依頼された件、ヘカテーを俺の領地内に亡命させるという話をするにはちょうど良い機会だと思った。
「あの……今後の事なんですけど……」
「父から聞いたわ。亡命、でしょ」
ヘカテーは視線だけを俺に流し、ふ、と息を小さく吐いて言った。
「……はい」
「フィガロ様はどうお考えなの?」
「私はなんの問題もありません。領地は広いですし、クーガやリッチモンド、それに私が抱える警備隊もいます。安全面に関しては心配ありませんよ」
「そうでは無くて。知り合って数日、しかも内乱で王位を終われた王女を引き取る件についてよ」
「特に思う所はありませんが……意図が理解出来ずすみません」
「ここ数日で思ったのだけど、フィガロ様はお人好し過ぎるのよ。優し過ぎる」
「優し過ぎる……ですか」
「そう。優し過ぎる。まるで目の前の全てを救おうとするように。なぜなの?」
「なぜ……と言われても……」
視線だけでなく、体全体でこちらを向いて話すヘカテー。
その表情には嫌味や偏見などの感情はなく、ただただ純粋な疑問をぶつけてきているようだった。
「貴方のような方がいれば……姉上も死なずに済んだのでしょうね」
「え?」
「何でも無いわ、忘れてください」
「はい……あの、私は自分が優しいとは思いません。ただ甘いというか……救えるものなら救いたいと、助けたいと思っている気持ちは確かに強いかもしれません。ですが……それが甘い考えだというのも理解しているつもりです」
「変な事を聞いてごめんなさい。少しナーバスになっているのかも知れないわ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「私はまだ……死にたくないのよ」
「死にたい人なんていませんよ」
「そうかもね。私は何があってもこの国を立て直してみせる。何年、何十年かかろうとも絶対によ。だから死ぬわけにはいかない、だから……再起が図れるまではフィガロ様の所でお世話になりたいと思います」
「分かりました。ではその方向で進めさせていただきます。もしヘカテーさんが良ければ今すぐにでもお連れしますが」
「今!? 一体どうやって……あぁ、フィガロ様の飛行魔法ね?」
「いえいえ、私はここを離れるわけにはいけませんので。私の従魔に送らせますよ」
「例の巨狼のことかしら? それはそれで魅力的だけど……今しばらくはここにいるわ」
「そうですか。ですが戦況が危うくなったらすぐにでも貴方を離脱させろと厳命されているのでそこはあしからず」
「わかっているわよ。その時はよろしくお願いします」
雲の隙間から差し込む陽光に照らされながら、ヘカテーはほんのりと微笑んで握手を求めてきた。
俺も手を差し出し、手袋に包まれたヘカテーの華奢な掌を握りしめた。
◯
テラスにしばらく残る、と言うヘカテーと別れた俺はそのまま割り当てられた自室へと戻った。
現在時刻は午後十三時。
朝食と昼食をまとめて取ったのでまだお腹は空いていない。
窓際に置かれたテーブルの上には伏せられたガラスのコップと水差しが置いてあった。
水差しとコップはきっと王城の使用人が用意してくれたのだろう。
窓は太陽と逆側に設置されているために陽光が差し込むことは無いが、充分な明るさを室内に届けてくれていた。
「魔力コントロール、か」
椅子に座り、コップへ水を注いで一口飲んでからコップの中の揺らめく水の表面を見つめる。
頭の中ではラプターから言われた言葉が反芻しており、自分の力不足を改めて突きつけられた気分だった。
一人で何でも出来るとか、俺は最強だ、なんて思いはカケラも無い。
だけど自分の無尽蔵な魔力や無詠唱での魔法の発動、兄である剣聖ルシウスに手解きされた剣術、体術、そういった諸々が自信過剰にさせていたことは認めなければならない。
俺より強い人はこの世にいくらでもいるはずだ。
現に中将、ディオガ・ウルベルトには何度も辛酸を舐めさせられたし、クライシスには一度も勝てた試しがない。
文殊を手にしてからしばらくはクライシスの指導を受けていたが、数ヶ月も経たずにランチアへと活動地を移動してしまった。
今思えばランチアでの生活が心地よかったのだろう。
人がたくさんいて、俺を慕ってくれる人がいて、新しい世界が広がったあのランチアでの生活が愛おしかったのだろう。
やろうと思えば森の家に走って帰る事だって出来たのだから。
「ぬるま湯に浸かった結果がこれか……」
強い力の上で胡座をかくだけでは成長しない。
ラプターが言ったこの言葉が俺の中でじくじくと大きくなり、自分自身を見つめ直すきっかけになったのは間違いない。
このままではいつかシャルルにも追い越される日が来るかも知れない。
彼女は王宮で直向きに練習していたに違いないのだから。
いや、魔力コントロールという点に関しては既に負けているのだろう。
幸い、俺のそばには魔法の達人や魔獣がいるので教えを請うにはいい機会だ。
戦時中だろうが伸び代を伸ばすのなら今からでも遅くはない。
やれる時にやれる事をやるべきだろう。
作戦会議の連絡はまだないので時間的余裕も少しはあるはずだ。
「よし」
コップに入った水を一息に飲み干した俺は椅子から立ち上がり、頰を両手で軽く叩いてからある人物の元へ向かうべく部屋を後にした。
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