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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
三三一話 鬼
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「本当何してるの? ねぇ、聞いてる?」
俺達が王城に帰り一夜が過ぎた朝の事。
目の前にはラプターを抱きかかえたシャルルが椅子に腰掛けており、俺は何故かベッドの上で正座をさせられていた。
「ハイ、キイテマオリス、オウジョサマ」
「どれだけ心配したと思ってるの?」
「ハイ、スミマセン」
シャルルの腕に抱かれたラプターは状況が飲み込めていないらさく、目を白黒させて忙しなく瞬きを繰り返している。
クーガはどこかに行ってしまったらしく、部屋には俺とシャルルとラプターしかいない。
あいつ絶対に逃げただろ、そうとしか思えないタイミングだ。。
「私は怒ってるのよ?」
「ハイ、スミマセン」
「リッチモンドから聞いたわよ、クーガが来てくれ無かったら危なかったって」
「いやー本当にウルベルトとラプターのコンビは強かった。何回も体に風穴開けられたからな」
「は?」
その瞬間、シャルルの顔が劇的に変化した。
可愛らしいぱっちりお目目は睨めつけるような眼差しになり、いつもの明るい表情は底冷えするような冷徹さへと変貌している。
纏う雰囲気も剣呑そのものであり、俺の一言がシャルルの逆鱗に触れてしまった事は間違い無かった。
「え、あ、いや……」
『ぐ……ぐるじい……』
気付けば抱かれているラプターの体が瓢箪のように変形しており、その口からは苦悶の声が漏れていた。
「ごめんよ、本当にごめん。でもあの時は仕方無かったんだ」
「仕方無い? 応援を断っておいて追い詰められて? 何が仕方無かったって言うのよ」
「逃げ切れると思ったんだよ。でもラプターの能力が驚きの凄さで」
「へぇ……この子がそんな事したの。というかこの子は何なの? 可愛いけど」
『ぐるじ……あど……あどどぎわぁ……』
「その可愛いラプターが潰れかけてるけど」
『ちゅぶ……れりゅ……たひゅ、たひゅけ……おやじ、どにょお……』
「おやじ? フィガロが? ちょっと! どういう事よ! この子はフィガロの子供なの!? 相手は誰よ!」
「ちょっ! ちょっと待てよ! 人間から梟が産まれる訳ないだろ! 落ち着け!」
「そ、そうよね……びっくりして驚いちゃった……ドキがムネムネで……太陽が北から登って……水が火で木が風で……」
「ホントに落ち着こ?」
冷徹な憤怒から一転、あわあわと狼狽えるシャルルを刺激しないよう極めて冷静に言った。
シャルルは数回深呼吸をした後、腕に抱いていたラプターを床に下ろした。
ラプターはそのまま床に倒れ込み、羽はだらしなく広げられ体が小刻みにピクピクと痙攣している。
抱き締めただけで魔獣をここまで追い込むとは……シャルルヴィル第一王女恐るべし。
「反省してるの!?」
「はい! 反省してます! もうしません! 一人でやろうとしません!」
「絶対?」
「はい! 勿論です!」
「はぁ……ホント調子狂っちゃう。今までこんなに怒った事なんて無いのよ? 貴方はいつもいつもそうやって私の心を掻き乱して……安寧って言葉知ってる?」
「し、知ってる……」
「もういいわ。いつまでもグチグチ言うつもりも無いし、分かってくれるなら話は終わり。ところでこの子は何なの?」
なだらかな丘のような胸の前で腕を組み、睥睨するように床で死にかけているラプターを見ながらシャルルは言った。
『ひ……ひぃ……ころ、ころされる……』
シャルルの視線を感じ取ったのか、痙攣していたラプターが器用に羽を使い這うように動き出した。
「そいつは敵側にいた魔獣だ。縁あって俺たちの仲間になってくれたんだ」
「魔獣!? またそんなもの拾ってきて……で? どうせ「俺の魔素ガー」とか言い出すつもりなんでしょ?」
「お……仰る通りです陛下……」
「驚きも限界突破すれば慣れるものなのよ。知ってた?」
「それはもう重々存じ上げております」
人智を超えた驚きが重なると人は考える事を放棄する。
それはクライシスの時に俺が立証済みだ。
シャルルは椅子から立ち上がり、文字通り這う這うの体で逃げだそうとするラプターの体を両手で掴み、再び椅子に深く腰掛けて膝の上に乗せ抱え込んだ。
目を閉じ、シャルルの腕の中で小刻みに震えているラプターはまるで死刑を執行される直前の死刑囚のようにも見えた。
シャルルの手が動く度に、ビクリと体を大きく震わせるラプター。
これは完全な主従関係が出来上がったとみて間違い無いな。
「可愛いからいいけどね。おーよしよし。気持ちいい羽毛ね、大きさも丁度いいし、ぬいぐるみみたい」
どうやら先程までの怒りは完全に鎮火してくれたらしく、いつも通りの明るい笑顔に戻ってラプターを撫で回している。
『お、親父殿……この悪鬼は……どなたで……?』
「ばっ! ばか! 口を慎め!」
恐怖で頭が回っていないのか、嘴をカチカチ鳴らしながらラプターがとんでもない事を口走った。
途端、シャルルの表情が暗く染まり、ラプターの体が再び瓢箪へと変わる。
「悪鬼……? この私が……悪鬼ですって……?」
『ひょぶ……』
抱く箇所を腕から両手に変えたシャルルは、ラプターの頭を掌で挟み込み、ゆっくりと回転させた。
強制的に視線を合わせられたラプターの表情は分からないが、数秒後、部屋にラプターの絶叫が響き渡った。
俺達が王城に帰り一夜が過ぎた朝の事。
目の前にはラプターを抱きかかえたシャルルが椅子に腰掛けており、俺は何故かベッドの上で正座をさせられていた。
「ハイ、キイテマオリス、オウジョサマ」
「どれだけ心配したと思ってるの?」
「ハイ、スミマセン」
シャルルの腕に抱かれたラプターは状況が飲み込めていないらさく、目を白黒させて忙しなく瞬きを繰り返している。
クーガはどこかに行ってしまったらしく、部屋には俺とシャルルとラプターしかいない。
あいつ絶対に逃げただろ、そうとしか思えないタイミングだ。。
「私は怒ってるのよ?」
「ハイ、スミマセン」
「リッチモンドから聞いたわよ、クーガが来てくれ無かったら危なかったって」
「いやー本当にウルベルトとラプターのコンビは強かった。何回も体に風穴開けられたからな」
「は?」
その瞬間、シャルルの顔が劇的に変化した。
可愛らしいぱっちりお目目は睨めつけるような眼差しになり、いつもの明るい表情は底冷えするような冷徹さへと変貌している。
纏う雰囲気も剣呑そのものであり、俺の一言がシャルルの逆鱗に触れてしまった事は間違い無かった。
「え、あ、いや……」
『ぐ……ぐるじい……』
気付けば抱かれているラプターの体が瓢箪のように変形しており、その口からは苦悶の声が漏れていた。
「ごめんよ、本当にごめん。でもあの時は仕方無かったんだ」
「仕方無い? 応援を断っておいて追い詰められて? 何が仕方無かったって言うのよ」
「逃げ切れると思ったんだよ。でもラプターの能力が驚きの凄さで」
「へぇ……この子がそんな事したの。というかこの子は何なの? 可愛いけど」
『ぐるじ……あど……あどどぎわぁ……』
「その可愛いラプターが潰れかけてるけど」
『ちゅぶ……れりゅ……たひゅ、たひゅけ……おやじ、どにょお……』
「おやじ? フィガロが? ちょっと! どういう事よ! この子はフィガロの子供なの!? 相手は誰よ!」
「ちょっ! ちょっと待てよ! 人間から梟が産まれる訳ないだろ! 落ち着け!」
「そ、そうよね……びっくりして驚いちゃった……ドキがムネムネで……太陽が北から登って……水が火で木が風で……」
「ホントに落ち着こ?」
冷徹な憤怒から一転、あわあわと狼狽えるシャルルを刺激しないよう極めて冷静に言った。
シャルルは数回深呼吸をした後、腕に抱いていたラプターを床に下ろした。
ラプターはそのまま床に倒れ込み、羽はだらしなく広げられ体が小刻みにピクピクと痙攣している。
抱き締めただけで魔獣をここまで追い込むとは……シャルルヴィル第一王女恐るべし。
「反省してるの!?」
「はい! 反省してます! もうしません! 一人でやろうとしません!」
「絶対?」
「はい! 勿論です!」
「はぁ……ホント調子狂っちゃう。今までこんなに怒った事なんて無いのよ? 貴方はいつもいつもそうやって私の心を掻き乱して……安寧って言葉知ってる?」
「し、知ってる……」
「もういいわ。いつまでもグチグチ言うつもりも無いし、分かってくれるなら話は終わり。ところでこの子は何なの?」
なだらかな丘のような胸の前で腕を組み、睥睨するように床で死にかけているラプターを見ながらシャルルは言った。
『ひ……ひぃ……ころ、ころされる……』
シャルルの視線を感じ取ったのか、痙攣していたラプターが器用に羽を使い這うように動き出した。
「そいつは敵側にいた魔獣だ。縁あって俺たちの仲間になってくれたんだ」
「魔獣!? またそんなもの拾ってきて……で? どうせ「俺の魔素ガー」とか言い出すつもりなんでしょ?」
「お……仰る通りです陛下……」
「驚きも限界突破すれば慣れるものなのよ。知ってた?」
「それはもう重々存じ上げております」
人智を超えた驚きが重なると人は考える事を放棄する。
それはクライシスの時に俺が立証済みだ。
シャルルは椅子から立ち上がり、文字通り這う這うの体で逃げだそうとするラプターの体を両手で掴み、再び椅子に深く腰掛けて膝の上に乗せ抱え込んだ。
目を閉じ、シャルルの腕の中で小刻みに震えているラプターはまるで死刑を執行される直前の死刑囚のようにも見えた。
シャルルの手が動く度に、ビクリと体を大きく震わせるラプター。
これは完全な主従関係が出来上がったとみて間違い無いな。
「可愛いからいいけどね。おーよしよし。気持ちいい羽毛ね、大きさも丁度いいし、ぬいぐるみみたい」
どうやら先程までの怒りは完全に鎮火してくれたらしく、いつも通りの明るい笑顔に戻ってラプターを撫で回している。
『お、親父殿……この悪鬼は……どなたで……?』
「ばっ! ばか! 口を慎め!」
恐怖で頭が回っていないのか、嘴をカチカチ鳴らしながらラプターがとんでもない事を口走った。
途端、シャルルの表情が暗く染まり、ラプターの体が再び瓢箪へと変わる。
「悪鬼……? この私が……悪鬼ですって……?」
『ひょぶ……』
抱く箇所を腕から両手に変えたシャルルは、ラプターの頭を掌で挟み込み、ゆっくりと回転させた。
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