欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
169 / 298
第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

三三一話 鬼

しおりを挟む
「本当何してるの? ねぇ、聞いてる?」

 俺達が王城に帰り一夜が過ぎた朝の事。
 目の前にはラプターを抱きかかえたシャルルが椅子に腰掛けており、俺は何故かベッドの上で正座をさせられていた。

「ハイ、キイテマオリス、オウジョサマ」

「どれだけ心配したと思ってるの?」

「ハイ、スミマセン」

 シャルルの腕に抱かれたラプターは状況が飲み込めていないらさく、目を白黒させて忙しなく瞬きを繰り返している。
 クーガはどこかに行ってしまったらしく、部屋には俺とシャルルとラプターしかいない。
 あいつ絶対に逃げただろ、そうとしか思えないタイミングだ。。

「私は怒ってるのよ?」

「ハイ、スミマセン」

「リッチモンドから聞いたわよ、クーガが来てくれ無かったら危なかったって」

「いやー本当にウルベルトとラプターのコンビは強かった。何回も体に風穴開けられたからな」

「は?」

 その瞬間、シャルルの顔が劇的に変化した。
 可愛らしいぱっちりお目目は睨めつけるような眼差しになり、いつもの明るい表情は底冷えするような冷徹さへと変貌している。
 纏う雰囲気も剣呑そのものであり、俺の一言がシャルルの逆鱗に触れてしまった事は間違い無かった。

「え、あ、いや……」

『ぐ……ぐるじい……』

 気付けば抱かれているラプターの体が瓢箪のように変形しており、その口からは苦悶の声が漏れていた。

「ごめんよ、本当にごめん。でもあの時は仕方無かったんだ」

「仕方無い? 応援を断っておいて追い詰められて? 何が仕方無かったって言うのよ」

「逃げ切れると思ったんだよ。でもラプターの能力が驚きの凄さで」

「へぇ……この子がそんな事したの。というかこの子は何なの? 可愛いけど」

『ぐるじ……あど……あどどぎわぁ……』

「その可愛いラプターが潰れかけてるけど」

『ちゅぶ……れりゅ……たひゅ、たひゅけ……おやじ、どにょお……』

「おやじ? フィガロが? ちょっと! どういう事よ! この子はフィガロの子供なの!? 相手は誰よ!」

「ちょっ! ちょっと待てよ! 人間から梟が産まれる訳ないだろ! 落ち着け!」

「そ、そうよね……びっくりして驚いちゃった……ドキがムネムネで……太陽が北から登って……水が火で木が風で……」

「ホントに落ち着こ?」

 冷徹な憤怒から一転、あわあわと狼狽えるシャルルを刺激しないよう極めて冷静に言った。
 シャルルは数回深呼吸をした後、腕に抱いていたラプターを床に下ろした。
 ラプターはそのまま床に倒れ込み、羽はだらしなく広げられ体が小刻みにピクピクと痙攣している。
 抱き締めただけで魔獣をここまで追い込むとは……シャルルヴィル第一王女恐るべし。

「反省してるの!?」

「はい! 反省してます! もうしません! 一人でやろうとしません!」

「絶対?」

「はい! 勿論です!」

「はぁ……ホント調子狂っちゃう。今までこんなに怒った事なんて無いのよ? 貴方はいつもいつもそうやって私の心を掻き乱して……安寧って言葉知ってる?」

「し、知ってる……」

「もういいわ。いつまでもグチグチ言うつもりも無いし、分かってくれるなら話は終わり。ところでこの子は何なの?」
 
 なだらかな丘のような胸の前で腕を組み、睥睨するように床で死にかけているラプターを見ながらシャルルは言った。
 
『ひ……ひぃ……ころ、ころされる……』

 シャルルの視線を感じ取ったのか、痙攣していたラプターが器用に羽を使い這うように動き出した。

「そいつは敵側にいた魔獣だ。縁あって俺たちの仲間になってくれたんだ」

「魔獣!? またそんなもの拾ってきて……で? どうせ「俺の魔素ガー」とか言い出すつもりなんでしょ?」

「お……仰る通りです陛下……」

「驚きも限界突破すれば慣れるものなのよ。知ってた?」

「それはもう重々存じ上げております」

 人智を超えた驚きが重なると人は考える事を放棄する。
 それはクライシスの時に俺が立証済みだ。
 シャルルは椅子から立ち上がり、文字通り這う這うの体で逃げだそうとするラプターの体を両手で掴み、再び椅子に深く腰掛けて膝の上に乗せ抱え込んだ。
 目を閉じ、シャルルの腕の中で小刻みに震えているラプターはまるで死刑を執行される直前の死刑囚のようにも見えた。
 シャルルの手が動く度に、ビクリと体を大きく震わせるラプター。
 これは完全な主従関係が出来上がったとみて間違い無いな。
 
「可愛いからいいけどね。おーよしよし。気持ちいい羽毛ね、大きさも丁度いいし、ぬいぐるみみたい」

 どうやら先程までの怒りは完全に鎮火してくれたらしく、いつも通りの明るい笑顔に戻ってラプターを撫で回している。

『お、親父殿……この悪鬼は……どなたで……?』

「ばっ! ばか! 口を慎め!」

 恐怖で頭が回っていないのか、嘴をカチカチ鳴らしながらラプターがとんでもない事を口走った。
 途端、シャルルの表情が暗く染まり、ラプターの体が再び瓢箪へと変わる。

「悪鬼……? この私が……悪鬼ですって……?」

『ひょぶ……』

 抱く箇所を腕から両手に変えたシャルルは、ラプターの頭を掌で挟み込み、ゆっくりと回転させた。
 強制的に視線を合わせられたラプターの表情は分からないが、数秒後、部屋にラプターの絶叫が響き渡った。
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。