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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
三二七話 今後
しおりを挟む『マスター。あの鳥との対話は私に任せていただけないでしょうか』
慟哭とも取れるラプターの鳴き声が響く中、静かにしていたクーガがそんな事を言い出した。
「大丈夫なのか?」
『はい。あやつの出生に関しての事など魔獣の私から話した方が受け入れ易いかと』
「分かった。ウルベルトの遺言もある、慎重にな」
『は、御心のままに』
クーガはそう言うとゆっくりラプターへ近付いていき、静かに声を掛けた。
『鳥、いや、ラプターとやら。少し良いか』
『あぁ……私は負けた。どうとでもするがいい』
『そうか。ならば一度地上へ降りて話そう』
『わかった』
クーガの提案に眼を伏せながら賛同したラプターは、音も無く地上へと降下し、建物の屋根へ降り立った。
共に降り立ったクーガの背中から飛び降りた俺は、ラプターの背中に横たわっているウルベルトの亡骸を床に下ろした。
白塗りの頬はコケていて、口周りには吐血の後が残っていたが僅かに上がっている口角を見て、何故だか微笑んでいるように見えたのは俺の傲慢だろうか。
「貴方はお世辞抜きに強かった。貴方のお陰で私は少し成長出来た気がします、ありがとうございました」
口周りに付いた血痕を指で拭い、手を合わせて感謝と尊敬の意を込めて祈りを捧げた。
ウルベルトが着用していたマントを外し、その身を包む。
俺に浄化の術は使えないし、野ざらしで置いておくわけにもいかないのでこうするしかないのだ。
『ラプターよ。心して聞け』
『何だ急に改まって』
俺がウルベルトの亡骸をマントで包み終わった頃合でクーガが口を開いた。
クーガはお座りをして、ラプターも床にお尻をくっつけるようにして立っている。
これが本来の大きさであれば可愛らしいのだが、その身は見上げるほど巨大で圧倒される。
まぁ、俺の体が小さいのと、今は座っている状態だからというのもあるけど……デカいものはデカいのだ。
『お前の体を構成する細胞一つ一つに満ちる魔素、お前を魔獣たらしめた原因、マスターを見て何か感じないのか?』
『何かと言われても……確かにその少年、フィガロからは何処と無く懐かしい感じはするが……』
『はぁ……何たる事だ。いいか? よく聞け、これは冗談でもお前を騙そうとしている訳でもない。ラプターよ、お前の産みの親は私のマスター、フィガロ様だ』
『何を言うかと思えば……フィガロの魔力プールは確かに主人を上回る凄まじい量なのだろう。だが一介の人間がただの梟を魔獣に変異させる力があるものか』
『目に見える事だけで物事を理解しようとするな。お前はそれでも魔獣か? 私は目覚めた瞬間に分かったぞ。あぁこの人だ、とな』
『むう……だが……むうう……』
ラプターはクーガの説明に難色を示すように呻き、首をクルクルと回転させている。
そりゃいきなり産みの親が目の前にいます、実は人間でした。
なんて突然言われても納得出来ないのは当たり前だろうな。
『どうすれば信じるというのだ?』
『いや、全てを疑っている訳では無い。私の体を構成する細胞を変異させたのがフィガロ由来だというのは何となく理解出来る。懐かしいという感じは恐らくそれなのだろう。フィガロよ、私に魔力を流してはくれないか? そうすれば信じられる。人間のお前が私を変異させるほどの魔素を持っているなら、その魔素を変換した魔力でも確証が得られるはずだ』
「まぁ……いいけど……どれくらいだ?」
『私がいいと言うまでだ』
「分かった。噛み付くなよ?」
『当たり前だ』
のそのそと巨大を揺らし、俺の方に近付いてきたラプターの胸部に手を当て、シキガミに魔力を送った時のようにゆっくりと魔力を流し込んでいく。
『おお、感じる、感じるぞ……』
「これってラプターの魔力が回復するのか?」
『いや、そんな事は……ない……はずなのだが……おかしいな? 徐々にだが魔力プールが……』
『源は同じ魔素なのだ。それが魔力に変換されてお前に注ぎ込まれれば満たされていくのも道理だろう?』
『なんと……』
「なぁ、それってクーガにも適用可能なのか?」
『もちろんでございます。基本的に他者への魔力の受け渡しというのは不可能、コブラ嬢のような異能は例外中の例外ですが……私とラプターはマスターの魔素により変異を遂げました。我らとマスターが同一個体と言うのは難しいですが、言うなれば同じ魔素を持つ別個体という事。ゆえに魔力の受け渡しが可能なのであり、それはつまりラプターの産みの親がマスターであるとの証明に他なりません』
「ほぉん……そんなもんかね」
『魔素、魔力、実に不可思議なものですな』
『馬鹿な……そんな……信じられない……! お前が……いや、貴方が私を……』
口調からすれば驚いているには違いないのだが、ラプターの表情はどうも読みにくい。
見た感じの違いと言えば、先ほどより多めに瞬きをしているくらいだろうか。
『分かったか! そして私はお前の同胞であり、マスターの第一の下僕、言うなればお前の兄だ!』
『あ、兄だと……!』
「兄貴面好きだなお前も」
『そうですかな?』
「屋敷にドンスコイにStG傭兵団のスカー、ラプターを入れれば四人……? 四種類……? になるぞ。まぁクーガの元が群れで生活する種族だからなのかも知れないけどな」
『マスターがそう仰るのならそうなのでしょう! しかし! 私のマスターはマスターのみ! ゆえに私の弟達は全てマスターの弟分、マスターの所有物でございます!』
「所有物って……命を物にするな物に」
クーガの変異前の種族、デッドリーウルフは群体、集団で生活する種族だった。
ヘルハウンドになった今でもその名残はあるのだろう。
ぱちぱちと頻繁に瞬きをし、頭をクルクル回すラプターの羽毛たっぷりな胸部に、クーガが大きな鼻でツンツンしているのを見ると心が穏やかになってくる。
何だかんだ言いながらクーガも仲間が増えた事が嬉しいのだろう。
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