欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

三一二話 某所にて

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ロンシャン中央都市部の某所——。

「えええい! まだなのか!」

「は! 詳しい事は分かりませんが作業は難航している模様です。王城に詰めていた参謀長が戻り次第リテイクなどを行うとの事です!」

「くそっ!」

 顔を白塗りにした中年の男は受けた報告が気に入らなかったのか、テーブルを強く殴りつけて険しい表情をしている。

「まぁまぁ、そんないきり立つなってウルベルトさん。血管切れんぞ?」

 白塗りの男、ウルベルトに対面している男がテーブルに足を乗せ実にふてぶてしい態度を取っている。
 男の頭部には毛と呼べるものは存在せず、頭頂部は部屋の明かりを照り返している。

「ふん! こんな事で切れるような血管ならとうの昔にプッツリいっている! 吾輩とて中将を預かる身、鍛え方が違う。怠惰なお前と違ってな」

「おーこわ。怠惰とか今どき言わねーっての」

 ウルベルトから嫌味たっぷりの言葉を放たれても、男は薄ら笑いを浮かべただけだ。

「にしてもウルベルトさんよ。何で俺達は待機なんだ? 市街地はほぼ制圧したし、富裕層やゴミ貴族共もほとんど獄中か運悪く護送中に死んじまったろ。何で王の追撃命令が出ねーんだ?」

「参謀長がそう仰るのだ、仕方あるまい。加えて例の計画と総司令の件もある、大人しくしておれ。仮にもシュミットよ、お前は曲がりなりにも元赤龍騎士団の副団長だろう」

「チッ……つまんねーなぁ」

 シュミットと呼ばれた男はテーブルの上に転がっていた葉巻を咥え、不機嫌そうに火をつけ、スパスパと煙を上げ始めた。
 
「なぁ。思うんだけどガバメントさんが上から降ってくるとか普通あるか? 見た奴の話ではものすごいスピードで落ちてきたらしいじゃねーかよ」

「恐らくは敵の中に熟達した魔導師がいるのだろう。風属性の魔法で空高く打ち上げられたと思うしかない。でなければ説明がつかん」

「でもよ、ウルベルトさんが飼ってるあいつ、名前を忘れちまったけど空飛べるじゃねーか。敵に空飛べる奴がいる、なんてこたー……はは、ねーよなぁ」

「ラプターの事か? あれが飛ぶのは当たり前だろう、鳥なのだから。実に夢のある話だが……人間が空を飛ぶなど無理にきまっておろうが」

「ちげぇねぇ」

 立っていたウルベルトも席につき、シュミットにつられるように葉巻を咥えて火をつけた。
 二人の男が吸って吐いてを繰り返した結果、部屋の中は葉巻の白煙で満たされ、霧が掛かったようになってしまった。
 部屋の中にはウルベルトとシュミット、数人のロンシャン兵が詰めているのだが、部屋にいる者達は気にした素振りを見せず、二人は話を続けていく。

「質問を返すようだが……シュミットよ、お前はハイエルフの存在を信じるか?」

「ハイエルフだぁ? 随分唐突だけんども……どうだろうな、居るって思えばロマンだろうがよ。ここ数百年は目撃情報がねーんだろ? 滅んでんじゃね?」

「そうか」

「例のガキか?」

 シュミットはスッと目を細め、葉巻の煙越しに白塗りの顔を見つめる。
 
「あぁ。ランチア守護王国の辺境伯だと自ら名乗っていたが、吾輩と張り合うほどに魔法の腕は確かなものを秘めている、魔力コントロールは粗雑だったが……大方こちらを油断させるつもりで荒い魔法を行使したのだろう。魔法戦で渡り合う者など久しくいなかった吾輩が、見てくれは十二、十三程度の子供に辛酸を舐めさせられたのだ。そんな芸当が出来るのはハイエルフ以外にいない……しかもそのハイエルフは自らがガバメント様を倒したと豪語しておった。認めたくは無いが、仮に本当だとしたら決して舐めてかかる相手ではない」

 葉巻の煙を大きく吐き出したウルベルトが首を左右に振り、自らを納得させるように頷く。

「おーおー、随分と自信過剰じゃーねーかよ。しかし敵を褒めるたー珍しいじゃねーか。ウルベルト中将サマよ」

「吾輩は冷静に分析をしたまで、シュミットよ、お前はどう見る?」

「ふーむ……ランチアねぇ……あの国に辺境伯なんていなかったはずじゃ? けどデマでランチアの辺境伯を名乗り俺達に敵対する意味がねぇ……」

「聞けば予備の食糧を保管していた時刻塔も占拠されたそうだ。王城付近に展開していた友軍も壊滅、このままでは制圧した王城が奪還されるのも時間の問題だ」

「王城なんざ吹っ飛ばしちまえよ。それが革命ってもんじゃねーの?」

「吾輩にそれは決められん。シュミットよ、変だと思わないか」

「あぁ? いつも思うんだがよ、あんたの言い方はまどろっこしいんだよ、バシッと言えよバシッと」

 シュミットは吸っていた葉巻を灰皿に押し付け、グリグリと火を消しながらウルベルトを見据える。
 元赤龍騎士団副団長という立場ながら、ガラの悪さと人相の悪さに定評のある男がシュミットであり、剃りこんだスキンヘッドも定評を上げる要因の一つともなっている。
 本人としては睨みつけているワケでは無いのだが、第三者から見れば確実に睨んでいるだろう、という視線をウルベルトへ投げつける。

「少しは頭を使いたまえよ。これだから武力のみでのし上がった男は」

 やや険悪な空気ではあるが、革命軍に転身する前からの付き合いである二人にとってこのようなやり取りは日常茶飯事であり、当人達も喧嘩をしているつもりは毛頭無かった。

「っせぇよ! で? 何が変なんだよ」

「敵の動きだよ。現状都市部は八割方革命軍の手の内、住民達は別として降伏して革命軍へ下った兵士、騎士団、冒険者を含めれば、革命軍の兵力はかなりの数だ。軍部と都市部に居た冒険者をほぼ吸収したと言っても過言ではあるまいて」

「おう、順調じゃねーか。変な所なんてねーじゃん、住民達はちゃんと避難させてんだろ?」

「無論だ。革命軍が初手で行った無差別同時襲撃による被害者を除けば、だがな」

「犠牲は付き物、革命には血が必要だ、か。えげつねーな」

「増え過ぎた人口の淘汰という思惑もあるだろう。どちらにしても吾輩達は指令に従うまでだ。話がそれたが、敵の動きに関してだ。都市部や他の地域でのゲリラ的反抗はあるものの、大きな被害は無い。けれど、ハイエルフの少年もそうだが王城付近の反抗だけが驚くほど苛烈であり、収拾がつかないのが現状だ。吾輩の考えでは何者かか手を貸している可能性が非常に高い」

「何者かって……ランチアじゃねーのか?」

「ランチアが抱える兵力などたかが知れている。そもそもランチアは自らが内戦に巻き込まれるとは思ってもいなかったろう? 我が国に到着した際は護衛が僅かながらいるだけだった。むしろもう全滅しているのではないかな」

「はっは! ちげーねーや! となると第三勢力……他国の介入がもう始まってるって事か? まさかヴェイロン皇国とかじゃねーだろうな!?」

「分からん。だがその可能性も捨てきれないだろうな。ヴェイロン皇国が動くとなれば剣聖……あのアルウィン家が出張ってくるやもしれん」

「そいつぁ……やべぇな……」

 ウルベルトとシュミットの二人が予測や推論などを混じえて話を進めていると、扉からノックの音が聞こえ、一人の兵士が入室し一礼した。

「失礼致します。王城付近上空にて不審な影を発見致しました、如何しますか」

「影だと? すぐ行く」

「いってらー」

 その報告を聞いたウルベルトは椅子を蹴り倒すように立ち上がり、兵士と共に退室した。

「ふん……気に入らねぇ……」

 窓の外へと視線を向けたシュミットの呟きは葉巻の白煙と共に吐き出され、呟きは部屋にいる兵の耳に届く事は無かった。
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