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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
三○二話 ブラン・ド・ブラン
しおりを挟むヘカテーとシャルルに撫でくりまわされながらもスケルトンホースは嫌がる素ぶりを一切見せず、ただただじっとその場に立ち尽くしている。
一点の曇りもない純白の肢体はとてもスマートで、疲れを知らない純然たる骨の体は実に通気性が良さそうだ。
「この子達は凄かったのよ!? どんな突風が吹いてもたじろぐ事なく、黙々と進み続ける勇ましさと頑強さに私は心を打たれたわ!」
「あ、そうなの……?」
スケルトンホースの働きを熱弁するヘカテーの剣幕に押され、ついつい素の喋り方で適当な返事をしてしまったが……。
「でも……骨ですよ?」
「関係ないわ!」
「あはは……そうですか……」
鼻息を荒くし、目を輝かせて語るヘカテーにはもう俺の言葉なんて通じないのだろう。
「スケルトンホースは骨だけど、一応は闇の眷属だからね、家畜と言ってもこっちの世界の家畜とは訳が違う。走ってよし、愛でてよし、煮てよし、焼いてよし」
「待て待て、煮るとか焼くとか意味わかんないから」
「煮る焼くは冗談だけれどね。そこらの軍馬には負けないくらいのポテンシャルは持っているよ」
スケルトンホースが体を一度だけ揺らし、それに伴って身体中の骨が乾いたリズムを奏でる。
シャルルはヘカテーと一緒にスケルトンホースを愛でているし、荷下ろしをしている兵士達も微笑ましくその光景をみている。
及び腰なのは王城にいたロンシャン兵と俺だけだ。
なんだ?
俺がおかしいのだろうか?
齧られたりはしないと思うけど、見てくれは完全に骨が動いているのだ。
アンデッドのスケルトンと同じ分類なんだぞ。
どうしてそんなに朗らかでいられるのだろうか……。
「ほら! フィガロも触ってみなよ!」
触ってみなよと言われても。
「ほーら!」
「えちょ!」
シャルルは笑顔を浮かべながら俺の手を強く引き、純白の鼻面へ押し当てた。
強引な俺のタッチにもスケルトンホースは動じずにいる。
「どう? 可愛いでしょ?」
「凄く……骨です……」
動物が苦手とか骨が苦手とかいうわけじゃないけど、これは何だか違う気がする。
まさかとは思うが、ショゴスとの戦闘で負った心のダメージが大きすぎて軽い現実逃避状態になっているんじゃないたろうか。
だが……スケルトンホースと戯れるシャルルの顔はとても楽しそうで、無粋な事を言ってこの空気を台無しにするのは良くない。
そう判断した俺は、ゆっくりとスケルトンホースの滑らかな肋骨を撫でた。
するとスケルトンホースも俺に心を許してくれたのか、首を曲げ鼻面を俺の頭に擦り付けてくれた。
頭蓋骨の硬い感触が頭皮に伝わり、なんだかマッサージされているようで気持ち良い。
「じゃあ……フィガロ。本題に入りたいからちょっとこっちに来てくれないかい?」
俺がスケルトンホースと戯れ始めて数分後、リッチモンドが何やら神妙な口調と共に顎をしゃくった。
「分かった。シャルル、ヘカテーさん後はよろしくお願いします」
「オッケー」
「かしこまりましたわ」
俺の呼び掛けに二人の王女は新調した服のスカートの裾を摘み、腰を少しだけ落として礼をした。
二国の王女から同時に礼を受けるなんて贅沢だよな、なんて場違いな事を考えていたのは内緒にしておこう。
「で、どうしたんだ?」
「実はね。四人の奴隷を拾った際、本当は他にも人間がいたのさ。そいつらの一人がね……来い、ミロク」
俺とリッチモンドか移動したのは王城の外、テラスの下側にある植込みの影だ。
外は相変わらずの暴風雨てあり、時たま吹き付ける雨風が俺の頬や衣服を濡らす。
戦場となった王城の周囲に設置されていた灯りは尽く破壊されており、外を照らすのは王城の中から零れでる松明の火だけ。
そんな中、ほぼ暗闇と化した庭地の影がゆっくりと動き、こちらへ向かって来るのが分かった。
ぎこちない、どこか無機質的な動きの存在はゆっくりと灯りの近くまで歩み寄る。
こちらとの距離は約三メートルほどだろう、松明が揺らす橙色の光に照らされた存在の顔を見て、俺は眉をひそめた。
「……あれは?」
「聞いて驚いて欲しいね。こいつはミロク、今は僕の魔法で意識を奪っている。ミロクという男はあの四人の女性達の主人だった男であり、ランチアの大御所、今は亡きクリムゾン公爵がバックに付いていたらしいよ」
「クリムゾン公爵だと!?」
まるで何も無い空から見えない糸で吊られているかのような、異様な立ち方をしている男を見て、思わず声を荒らげてしまった。
プルやハンヴィー、アハト、シロンをボロ雑巾のように扱った男というだけで腹が立つのに……あのクリムゾン公爵の名が出てくるとは思わなかったのだ。
「こいつは……何者なんだ」
「この男は戦場で散った人々の金品や遺留物を売って生きてる盗賊のような輩さ。愚かにも僕を殺そうとしたんでね、返り討ちにしてやった時クリムゾン公爵の名が出たのさ」
「リッチモンドを殺す? バッカだねぇ……」
「彼は僕がランチアの人間だと知っていたから、クリムゾン公爵の名を出せば見逃して貰えるとか思ったんじゃあないかい? その時はリッチの姿に戻ってたんだけど……中々に胆力のある愚か者だったよ」
「何でリッチモンドがランチアの人間だと知っていたんだ?」
「最初に出会った時に自己紹介しただけさ。それでね、フィガロから聞いた話を思い出したのさ」
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