欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
141 / 298
第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

三○二話 ブラン・ド・ブラン

しおりを挟む

 ヘカテーとシャルルに撫でくりまわされながらもスケルトンホースは嫌がる素ぶりを一切見せず、ただただじっとその場に立ち尽くしている。
 一点の曇りもない純白の肢体はとてもスマートで、疲れを知らない純然たる骨の体は実に通気性が良さそうだ。

「この子達は凄かったのよ!? どんな突風が吹いてもたじろぐ事なく、黙々と進み続ける勇ましさと頑強さに私は心を打たれたわ!」

「あ、そうなの……?」

 スケルトンホースの働きを熱弁するヘカテーの剣幕に押され、ついつい素の喋り方で適当な返事をしてしまったが……。

「でも……骨ですよ?」

「関係ないわ!」

「あはは……そうですか……」

 鼻息を荒くし、目を輝かせて語るヘカテーにはもう俺の言葉なんて通じないのだろう。

「スケルトンホースは骨だけど、一応は闇の眷属だからね、家畜と言ってもこっちの世界の家畜とは訳が違う。走ってよし、愛でてよし、煮てよし、焼いてよし」

「待て待て、煮るとか焼くとか意味わかんないから」

「煮る焼くは冗談だけれどね。そこらの軍馬には負けないくらいのポテンシャルは持っているよ」

 スケルトンホースが体を一度だけ揺らし、それに伴って身体中の骨が乾いたリズムを奏でる。
 シャルルはヘカテーと一緒にスケルトンホースを愛でているし、荷下ろしをしている兵士達も微笑ましくその光景をみている。
 及び腰なのは王城にいたロンシャン兵と俺だけだ。
 なんだ? 
 俺がおかしいのだろうか?
 齧られたりはしないと思うけど、見てくれは完全に骨が動いているのだ。
 アンデッドのスケルトンと同じ分類なんだぞ。
 どうしてそんなに朗らかでいられるのだろうか……。

「ほら! フィガロも触ってみなよ!」

 触ってみなよと言われても。
 
「ほーら!」

「えちょ!」

 シャルルは笑顔を浮かべながら俺の手を強く引き、純白の鼻面へ押し当てた。
 強引な俺のタッチにもスケルトンホースは動じずにいる。

「どう? 可愛いでしょ?」

「凄く……骨です……」

 動物が苦手とか骨が苦手とかいうわけじゃないけど、これは何だか違う気がする。
 まさかとは思うが、ショゴスとの戦闘で負った心のダメージが大きすぎて軽い現実逃避状態になっているんじゃないたろうか。
 だが……スケルトンホースと戯れるシャルルの顔はとても楽しそうで、無粋な事を言ってこの空気を台無しにするのは良くない。
 そう判断した俺は、ゆっくりとスケルトンホースの滑らかな肋骨を撫でた。
 するとスケルトンホースも俺に心を許してくれたのか、首を曲げ鼻面を俺の頭に擦り付けてくれた。
 頭蓋骨の硬い感触が頭皮に伝わり、なんだかマッサージされているようで気持ち良い。

「じゃあ……フィガロ。本題に入りたいからちょっとこっちに来てくれないかい?」

 俺がスケルトンホースと戯れ始めて数分後、リッチモンドが何やら神妙な口調と共に顎をしゃくった。
 
「分かった。シャルル、ヘカテーさん後はよろしくお願いします」

「オッケー」

「かしこまりましたわ」

 俺の呼び掛けに二人の王女は新調した服のスカートの裾を摘み、腰を少しだけ落として礼をした。
 二国の王女から同時に礼を受けるなんて贅沢だよな、なんて場違いな事を考えていたのは内緒にしておこう。

「で、どうしたんだ?」

「実はね。四人の奴隷を拾った際、本当は他にも人間がいたのさ。そいつらの一人がね……来い、ミロク」

 俺とリッチモンドか移動したのは王城の外、テラスの下側にある植込みの影だ。
 外は相変わらずの暴風雨てあり、時たま吹き付ける雨風が俺の頬や衣服を濡らす。
 戦場となった王城の周囲に設置されていた灯りは尽く破壊されており、外を照らすのは王城の中から零れでる松明の火だけ。
 そんな中、ほぼ暗闇と化した庭地の影がゆっくりと動き、こちらへ向かって来るのが分かった。
 ぎこちない、どこか無機質的な動きの存在はゆっくりと灯りの近くまで歩み寄る。
 こちらとの距離は約三メートルほどだろう、松明が揺らす橙色の光に照らされた存在の顔を見て、俺は眉をひそめた。

「……あれは?」

「聞いて驚いて欲しいね。こいつはミロク、今は僕の魔法で意識を奪っている。ミロクという男はあの四人の女性達の主人だった男であり、ランチアの大御所、今は亡きクリムゾン公爵がバックに付いていたらしいよ」

「クリムゾン公爵だと!?」

 まるで何も無い空から見えない糸で吊られているかのような、異様な立ち方をしている男を見て、思わず声を荒らげてしまった。
 プルやハンヴィー、アハト、シロンをボロ雑巾のように扱った男というだけで腹が立つのに……あのクリムゾン公爵の名が出てくるとは思わなかったのだ。

「こいつは……何者なんだ」

「この男は戦場で散った人々の金品や遺留物を売って生きてる盗賊のような輩さ。愚かにも僕を殺そうとしたんでね、返り討ちにしてやった時クリムゾン公爵の名が出たのさ」

「リッチモンドを殺す? バッカだねぇ……」

「彼は僕がランチアの人間だと知っていたから、クリムゾン公爵の名を出せば見逃して貰えるとか思ったんじゃあないかい? その時はリッチの姿に戻ってたんだけど……中々に胆力のある愚か者だったよ」

「何でリッチモンドがランチアの人間だと知っていたんだ?」

「最初に出会った時に自己紹介しただけさ。それでね、フィガロから聞いた話を思い出したのさ」
しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。