欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

三〇〇話 ゼロ

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「魔導士長は……魔導士長ゼロは一五年前、一介の魔道士としてこの国にやって来た。年齢は不明だが、この国に来るまでは帝国で魔導の教鞭を取っていたという。弟子も何人かいると言っていた記憶がある」

「軍部では無い、と?」

「うむ。ゼロは至極真面目な男だが少しばかりクセが強くてな……当時の上司と揉める事も多々あったが、実力は高く知識も豊富だ。数年で宮廷魔導士に昇格し、数々の手柄でロンシャンの平和に貢献してくれたよ」

「それは存じております。一〇年前、国内での紛争を尽く集結に導いたと聞き及んでおります」

「王城内や軍部でもゼロを支持する者は多く、軍部における魔法兵の在り方なども色々とテコ入れをしていたようだ」

「ようだ……とは?」

「私とて配下全ての動向を把握している訳では無い。それはお前に対しても同じ事、むしろ全てを把握している事の方がおかしいでは無いか?」

「は、仰る通りです。申し訳ございません」

「ゆえにゼロが帝国で何をしていたか、等の情報はあまり無い。情報を仕入れるにしても帝国は遠すぎるからな。それにこの国は連邦国家だ、実際王城に勤めている者達の中でも他国から流入してきた者達も多い。むろん国民もな。私の中でゼロという人物の情報はこれだけだ。特にきな臭い噂などは聞いたことが無い」

「は、なるほど……ありがとうございます」

 そこでアーマライト王の話は終わり、アストラが再び深々と礼をした。
 他に聞く事もないのか、アストラはアーマライト王の前から下がりロンシャン兵達を労いに行った。
 アーマライト王は再び窓の外を黙って眺めている。
 外の雨が窓を叩く激しい音は、憂鬱な気分にさせる。

「なぁブラック。ゼロの名前に聞き覚えはあるか?」

「いや、無いな」

「そうか」

 話を聞いていた俺がブラックへ問い掛けるが、答えは期待外れのものだった。
 俺もブラックも黙り込み、満身創痍のロンシャン兵達も口数は少ない。
 雨音だけが大広間に響き渡っていた時、脳内にリッチモンドの声が届いた。

「やぁフィガロ、今いいかい?」

「どうした? 何かあったのか?」

「いや、むしろその逆さ。何にも無さすぎて不気味なくらいだよ。王城は奪還できたのかい? もし平気ならそちらに食糧を運び込みたいんだけどね」

「こっちは大丈夫だけど……外は暴風雨だぞ?」

「大丈夫大丈夫。なんとかなるさ、それに、お腹空いたろ?」

「まぁ、な……じゃあ頼めるか?」

「任せときなよ」

「よろしく頼む」

 ウィスパーリングを切ると、思い出したかのようにお腹の虫が鳴った。
 こんな時でも腹は減る。
 腹が減っていなくとも食べれる時に食べておかなければ、後々になって力が出なかったり肝心な所でヘマをしたりする。
 携帯食糧では満腹にはならないけども、食べれないよりから余程マシだ。

『フィガロも少し休んだら? 魔力が回復したといっても体の疲れはすぐに抜けるものじゃないわ』

「シャルルこそ大丈夫か? ずっとシキガミを動かしてるじゃないか」

『そうね……リッチモンドから連絡は行ってると思うけどこれからそっちに向かうの。どうせだから一度シキガミからこっちに戻っておくわ』

「それがいいよ」

『うん。それじゃまた後でね』

 シャルルはそう言うと俺の手を握り、笑顔を浮かべながら光の粒子となって消えていき、依代となった木像だけが残った。
 この暴風雨の中、リッチモンド達はどうやって大量の食糧を運ぶのかは分からないが、時刻塔からここまで来るのはしばらくかかるだろう。
 
「隊長。今のは……?」

「ん? ああ、シャルルが本体に戻っただけさ。ブラックの見立て通りあの姿だけど中身は王女のあの子だよ」

「やっぱりか。隊長がシャルルと呼んでいる時点で察しはしていたが……シキガミとはなんだ? 変異魔法や転送魔法の類では無いだろう?」

 俺の前にどっかりと座り込んだブラックは、兜のスリットの奥から目を光らせた。
 今まで意思のないゴーレムのようだったブラックが、こうも感情をもって対話してくれるのはとても新鮮であり、嬉しくもある。

「んー……それはあれだ」

「あれ?」

「トップシークレットってやつさ」

「なるほど。ならばそのトップシークレットとやらを聞かせて貰えるまで、隊長のもとから離れるわけにはいかないな」

 半笑いのような口調でそう言ったブラックは、静かに自分の手を俺の前に突き出した。

「ああ。よろしく頼むよ」

 俺もそれに応えるべく、ガントレットで覆われた無骨な手を握る。
 ひんやりとした金属を感じながら握手を交わし、いちばん聞きたかった事を口にする。

「なぁ、ブラックはさ、いつ頃自我を取り戻したんだ?」

「そうだな……」

 どこから話そうかと考えているのか、ブラックは一言だけ言って黙ってしまった。
 そしてヘルメットの留め具をバチンバチンと外していき、重苦しいヘルメットを脱いで床へと置いた。
 黒髪は汗で濡れ、一重の目には髪と同じ漆黒の瞳が俺を真っ直ぐに見た。

「その話は……トップシークレット、だな」

「はぁ!?」

 どんな話が飛び出すのか、とワクワクしていたところでこれだよ。
 ブラックは皮肉そうに口角を上げ、続けて言った。

「いつか話すと誓おう。それまではトップシークレットだ。俺の名はブラック、帝国に改造された強化兵の一人。それ以上でも、それ以下でも無い。改めてよろしく頼む小さき隊長よ」

「はいはい。分かりましたよ、頼りにさせてもらうから覚悟しとけよ」

「ああ、お手柔らかにな」
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