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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
二九二話 黒き稲妻
しおりを挟む正直空いた口が塞がらなかった。
呟くように名乗り、コルトに挑み掛かったブラックの後ろ姿を見ながら一人呆気に取られる。
『ど、どうしたのフィガロ……』
「いや……だって……えぇ……? なんで?」
シャルルが困ったように俺を見るが、俺も突然の出来事に理解が追いつかない。
否、正確に言えば理解はしているのだけど、疑問の方が多くて戸惑っているのだ。
ブラックが言葉を発したという事は、自我を取り戻したという事だ。
でも一体いつから?
どんな状況で?
何がきっかけで?
だとしたら何故今の今までそれを明かさなかったんだ?
頭の中で無数の疑問が浮かび、今では頭の中に疑問符が列を為している。
この約二日間の間に起こった事の何かがきっかけなのだろう、とは思うのだけど一緒にいた時に自我を取り戻した素振りは無かった。
ガチガチのフルプレートで頭のてっぺんから足先までを覆っているブラックだから分かり辛かったのかも知れないけど……少なからず何かしらのリアクションはするはずだ。
『凄い……ブラックさん、強いわ』
「あぁ、実力は高い」
シャルルがポツリと漏らした言葉に俺は肯定で返した。
強化魔法を掛けていたロンシャン兵二人を同時に相手取り、無傷のまま殺害するなんていう芸当をしてみせたコルト、彼女の赤龍騎士団一番隊隊長という肩書きは伊達では無いのだろう。
実際、コルトの両手に握られたエストックは高速で動き、ブラックの甲冑へ連撃を浴びせている。
だがブラックもただ攻撃を受けているわけではなく、最小限の動きでエストックを弾いたり躱したりと立ち回っている。
甲冑を身に付けているという利点から、ブラックは防御を捨てて躱す必要のない攻撃は無視して甲冑で弾き飛ばし、攻撃に重点を置いているようだ。
コルトのエストックが二本に対し、ブラックは一本の長剣、リーチとパワーはブラックに軍杯が上がるが、コルトはそれをスピードと手数で補っている。
ブラックが上段から剣を振り下ろすと、コルトはエストックを交差させて真正面から受け止める。
受ける時に膝を僅かに曲げ、衝撃を殺しているのは敵ながら見事だと言わざるを得ない。
しかしブラックもただのうち下ろしだけで終わらず、剣を受け止められるや否や、コルトの脇腹へ蹴りを叩き込む。
「くぅっ! やはりやる!」
苦悶の表情を浮かべて後退しながらも、コルトは笑みを浮かべていた。
口元を愉悦に歪ませ、歯を噛み締めたコルトが次の一手として両方のエストックを同時に突き出して突進をかけた。
対してブラックは長剣を青眼に構え、正面から迎え打つつもりのようだ。
二者の距離は瞬時に縮まり、コルトのエストックが瞬間的にブレてその数を増した。
「ファントムチャージ!」
増したエストックの数は一〇本、一〇本の鋭い切先が一斉にブラックへと向かったのだが。
「何っ!?」
ブラックは構えを保持したまま、一歩後方へと飛んだ。
目標を失ったエストックは空を貫き、コルトの顔が驚愕に染まる。
一方後方へと退いたブラックは、着地したと同時に再びコルトの懐へと飛び込んだ。
攻撃のタイミングをズラし、技を出した後の一番隙が出る瞬間を狙った切込み。
青眼からそのままコルトの頭部を狙って剣が振り下ろされる。
決まったと思ったのだが、彼女は無理矢理体を捻り紙一重でブラックの斬撃を避けきった。
「アレを躱されるとは思わなかった。実に素晴らしい! もっと! もっとだ!」
口角を限界まで上げ、狂気とも言える表情を浮かべるコルト。
その表情は鬼気迫るものがあり、戦いを楽しんでいるようにしか見えない。
この人は戦闘狂なのだろうと思わせるほどの形相だった。
テンションが高まっていくコルトだが、ブラックはただ淡々と寡黙に斬撃を放ち続けていた。
静と動、火と水のように対象的な二人だが攻防は正確そのものだ。
コルトの針に糸を通すような精密な刺突、ブラックの流れるように走る剣閃、二者のせめぎ合いは見蕩れてしまう程に閑雅で過激で苛烈だった。
『フィガロ!』
「くそ! 応援か! シャルルは俺の後ろに!」
『分かった!』
しかし王城では乱戦が続いており、同じ場所に留まれば敵が新たに現れてもおかしくは無い。
実際ついさっき俺達が通った通路には革命軍の姿があり、こちらに向かって来ている。
目標は俺達以外に無いだろう。
「ブラック! 聞こえますか! あまり長くここで留まるワケにはいきません! 出来るだけ早く終わらせて下さい!」
向かって来る革命軍に魔力弾を撃ち込み、牽制しながら戦い続けるブラックへ声を投げかける。
そして俺は聞いた。
「了解した」
剣を交えながらも思念では無い、口から発せられたハッキリとした言葉を聞いた。
「時間が無いのはこちらも同じ! 貴様を殺し貴様の主人も殺してやろう!」
俺の言葉に反応したのはブラックだけではなく、コルトもまた勝負を決めるつもりのようだ。
煽り文句を口走るコルトに向かい、ブラックは腰を低く落とし剣身もまた低く寝かされている。
「死ね!」
女性とは思えない荒ぶりを見せるコルトだが、彼女が動く刹那の瞬間ブラックが動いた。
「ライトニングコンヴィクション」
寝かせられた剣身の腹が床を削るように走り、その身には雷撃のような煌めきが灯された。
「なっ!」
必殺の一撃を繰り出そうとしたコルトだが、ブラックの方が一歩早く踏み込み下方から逆袈裟に雷撃を伴った斬撃が打ち上がる。
斬撃はコルトの腰辺りから吸い込まれるように体へ侵入すると共に雷撃でその身を焼き、瞬く間に肩口から剣身が現れた。
コルトは断末魔の声を上げる事も許されず体を両断され、床には人間であった事を僅かながらに確認出来る二つの肉塊が転がった。
こうして苛烈な攻防戦は呆気なく幕を閉じ、ブラックはその場で立ち尽くのみであった。
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