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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
二八六話 王の決定
しおりを挟む「わかり……ました……」
肩を落として項垂れるハンヴィーの手を離したリッチモンドだが、驚くべきことに彼の手がハンヴィーの頭に乗せられ優しく左右に動いた。
「よろしい。自分の力量を正しく見極めるのも、実力のうちだよ」
「ふぇ!? あ、はいぃ……」
不意に頭を撫でられたハンヴィーが項垂れたまま顔を赤くしているのが見える。
リッチモンドの行動に驚いたのは俺だけではなく、横で見ていたシャルルも口に手を当て目を大きく開いて驚いていた。
ハンヴィーは項垂れたままウル達の所に戻り、ウル達はそれ以上何も言わず四人揃ってその場を去っていった。
「やれやれ。何か手伝いたいという気持ちは分かるんだけどねぇ。僕としてはせっかく助けたんだから死んで欲しくないわけさ」
驚いている俺とシャルルに向き直ったリッチモンドはおどける様にそう言った。
「ど……どういう風の引き回しだよ」
「それを言うなら吹き回しよフィガロ。動揺するのは分かるけど落ち着きなさいよ」
「あ、あぁ。ごめん」
「どういうって……ううん、そうだな……君達は動物が好きかい?」
狼狽えながら質問する俺に対し、質問で返したリッチモンドはにっこりと笑って続きを話し出した。
「どうやら僕は生前動物が好きだったようだ。ハンヴィーを見ているとどうにも大きなワンちゃんにしか見えなくてね。今のもほら、じゃれて遊んでいるように見えたろ? だからついね、可愛らしくてナデナデしてしまったよ」
「お……おん……それって」
「ペット扱い、って事ね……人の尊厳を弄ぶアンデッドらしい考えね。ぞっとするわ……!」
「確かに……リッチモンド……恐ろしい男だ……!」
「ちょっと待ってくれよ、そんな言い方は無いんじゃないかい!? とても仲間に対する言葉とは思えないね」
両肩を抱き、身を震わせるフリをしたシャルルに乗じ俺も恐れおののいた態度をとり上半身を仰け反らせた。
それを見たリッチモンドが不満そうに俺達を見る。
「……ぷっ! あはは!」
「あはははは!」
「クックック……はっはっは!」
笑いをこらえ切れなくなったシャルルがついに笑い声を漏らし、つられるように俺とリッチモンドが笑う。
王女とアンデッドというなんとも異色の組み合わせだが、実に楽しそうに笑う二人を見ると心がほっこりする。
やっぱり笑う事は大事だ。
悲しみや絶望などの負の感情に侵されつつあるこの国にも、数日前まではいつもどこかで笑い声が上がっていたはずなのだ。
だが今では笑い声も聞こえず、時刻塔にいる兵士達の顔は暗い。
こんな戦いはさっさと終わらせるべきなのだ。
「やろう。俺達に出来る事は少ないかもしれないけど……出来る限りの力でこの国に笑いを、平和を取り戻そう」
「クックック……笑ったと思えば急に意気込んで、忙しいね君は。そうだね、僕としてもいつまでもこんな荒れ果てた場所にはいたくない。皆殺しにしてさっさと帰ろう」
「ちょっと! 物騒なこと言わないで頂戴! やっつけるのは革命軍だけよ? 私もシキガミで精いっぱいサポートするから任せてね!」
俺は決意を込めた眼差しを二人に送り、握った拳を前に突き出した。
そこにシャルルの小さな手とリッチモンドの冷たい手が重なり、小さく気合を入れ天に向けて振り上げた。
そして俺達はその意気込みのままアーマライト王とドライゼン王のいる区画へと再び足を運んだのだった。
〇
「おお、フィガロ様にシャルルヴィル殿下、リッチモンド殿まで。ちょうど良い時に」
「こちらから呼びに行こうと思っていたのだ。まぁ座れ」
これからの動きを確認するために訪れたのだが、いいタイミングだったらしい。
「ドライゼン陛下と話し合ったのだがな。やはり目指すは王城だ」
「国の象徴たる王城を取り戻せば戦況も動くだろう。そこで王城奪還部隊とこの時刻塔の防衛部隊との二つに分けようと思っていてな」
両王は椅子に腰かけて真剣な面持ちでそう言った。
「わかりました。振り分けはどのように?」
「うむ。奪還部隊の指揮は私が行う。そして時刻塔の防衛はドライゼン陛下が請け負ってくれる。ドライゼン陛下の能力は筆舌に尽くしがたい比類なき力だ、守る点に関してはこれ以上の人材はおらん。防衛部隊はランチア兵やランチアに属するもの達と避難民、プラスロンシャン兵とヘカテー、奪還部隊はロンシャン兵のみで構成する予定だ。そこでフィガロ様には主力として奪還作戦に協力してもらう人物の選抜を頼みたいのだ」
「なるほど……主力ですか……」
「そうだ。守りは我らランチアの専売特許、ならば後は強力な戦力であるフィガロ達が暴れてくれればいい」
と最後にドライゼン王が付けたして、話し合いの場は一度静寂に包まれた。
クライシスがいない今、ドライゼン王とアーマライト王は采配の決定を俺に委ねたという事だろう。
場にいる皆の視線を浴びながら、俺は思考を加速していく。
振り分けられる人員は俺、リッチモンド、ブラック達強化兵の六人だ。
全員連れて行くという考えもあるが、それだと時刻塔の戦力が心もとない。
いくらドライゼン王の【絶対防壁】があれば突破されることはないだろうけど、戦力はロンシャン兵とランチア兵、守護騎士にタウルス、ヘカテーだ。
「僕は守護に回ろう。遠距離は得意だし時刻塔のてっぺんからなら攻撃魔法も王城に届くさ」
「わかった」
俺が決めかねているのを察し、リッチモンドが挙手してそう言った。
「リッチモンドが残ってくれるなら安心です。俺とブラック達で王城に向かいます」
「よろしく頼むぞ皆。フィガロも気を抜くなよ」
「よし。では出発は明朝! 各々戦力を振り分けたのち進軍だ!」
話は決まり、アーマライト王とドライゼン王が突き出した拳を合わせた。
俺とリッチモンドとシャルルも拳を作り、両王の拳を軽く突いた。
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