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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
二八一話 フィガロと奴隷
しおりを挟む「ま、そういう事でよろしく。詳しいことは国に帰ってからだ」
「そうね、私も異論はないわ」
「君がそういうならいいんじゃないかい?」
俺とリッチモンド、シャルルの三人で話を纏め、不安そうな表情の四人へ近付いて行った。
起き抜けに二人が話しているのを見つけ、話に加わろうと思って少し話を聞いていたらこの四人は奴隷だったというじゃないか。
奴隷制度に対して反対ではないけど、賛成でもない、というの俺の中での意見だ。
奴隷に落ちるのは様々な理由があると聞くけど、誰だって奴隷になんかなりたくはないだろうしな。
「こんにちは、初めまして。私はフィガロ、フィガロ・シルバームーンと申します。ランチアにて辺境伯の爵位を頂いている者です」
「へ、辺境伯様!? あなたがですか!? あ! 失礼いたしました! 私はプル、通常人種です!」
「私と同じくらいの背なのに……凄いですね。私はアハト、亜人です。種族はゲッコーです」
「何か御用でしょうか? 辺境伯様。私はハンヴィー、コヨーテの獣人です」
「えっと……私よりも年下ですか? シロンです、ウサギの獣人ですがチャト族という種族になります」
四人の奴隷はみな礼儀正しく挨拶をしてくれたのだけど、少しばかり……その、臭うというか、血痕がついた衣服はボロボロだし、髪には艶がなくバサバサになっている。
体も削痩していて肉がほとんど無い。
きっと前の主人によほど酷い扱いをされていたんだろう事がうかがえる。
プル達を見ていると、前の主人に対しての怒りがふつふつと湧いてくるが、当の本人がいないのだから仕方ない。
「詳しい話は後ほど致しますので……皆さんがよければ体を流してこられてはいかがですか? 見た感じ大分汚れているようなので」
「え?」
「体を流すって……お風呂ってことですか?」
俺の言葉に真っ先に反応したのが、獣人であるシロンとハンヴィーだった。
プルとアハトは顔を見合わせて目を丸くしていた。
「はい。皆さんがよければですが」
「僭越ながら辺境伯様、私共は卑しい奴隷にございます。そんな私共に湯浴みを?」
「そうです。えっと、貴方はプルさん、ですよね。いかがですか? 利用されるなら私がチャチャッと作ってしまいますけど」
眉を寄せて心底信じられないといった表情のプルだったが、その横からアハトも口を開いた。
「作るって……湯沸かしなどでしたら私達がやります。辺境伯であるフィガロ様の手を煩わせるわけには」
「そ、そうです!」
「私達はあの男から逃げられただけでも幸運なのに、お風呂だなんて……」
四人ともに言える事だが、俺が何かを言う度にビクビクと肩を揺らしている。
前の主人にどんな事をされて来たのかは分からないが、少なくとも俺は何もしないので、ここまで怯えられると戸惑いを隠せない。
「いいんです。それにあなた方はもう奴隷ではありません。過度に自分を卑下するのはやめた方がいいですよ」
「ですが……いえ。はい、分かりました。このプル、辺境伯様のお言葉に甘えさせて頂きます」
「プル姉さん!?」
俺よりも身長の高いウルが跪き、頭を垂れた。
その様子に驚いたのだろうハンヴィーが声を上げた。
驚いたのはハンヴィーだけではなく、シロンもアハトもどうしたらいいか分からない、という顔をして俺と跪くプルを交互に見ている。
「えっと、どうして跪いているんですか?」
正直、俺もプルの行動には驚いたが、跪く彼女の姿は中々に堂に入っていた。
「跪くべきだと思ったからです」
頭を垂れたままそう言うプルに習い、シロンを始めハンヴィーとアハトも同じように跪いて頭を垂れた。
「プルは私達の姉のような存在です。プルがそうすべきと言うのなら私達はそれに習います」
と、アハトが言った。
横に並ぶシロンやハンヴィーは何も言わないが、きっと同じ思いなのだろう。
「跪くべき相手は私ではありませんよ。奥にはランチア魔導王朝現王、ドライゼン陛下もいらしております」
「は! ですが私共が最初に頭を下げるべきは貴方様でございます。見も知らぬ奴隷上がりに風呂の温情をかけて頂けた事、この胸にしかと刻み込む所存です」
頭を上げ、強い光を灯したプルの瞳が俺を真正面から見据えた。
なんだろう、この気迫は。
このプルという女性の、奴隷になる前の経歴が気になる所だけど、挨拶はこのくらいにしておこう。
「じゃあこちらへ来てください」
四人を立ち上がらせ、地下から地上へと上がり家屋の一つに入る。
家屋の奥へ行くと比較的綺麗な状態の浴室があった。
「少し荒れていますけど……そこは許して下さいね」
「構いませんが……」
浴槽に入っていた瓦礫をどかし、アクアジェットで綺麗に洗い流してから新たな水を注ぎ込んだ。
残念ながら水周りの回路が壊れてしまっているらしく、お湯が出なかったので地属性魔法で拳大の大きさの岩を五個ほど生成。
「フィガロ様、一体何を……」
「まぁ見ていて下さい」
プル達は俺の行動を不思議そうに見ているが、詳しく説明するよりやった方が早いので、生成した岩を火属性魔法でほんのり赤熱するまで温めて浴槽へ投入した。
温めた岩を浴槽に放り込むと、ジャボボボ! という激しい音を立てて浴槽の水が沸騰を始めた。
沸騰が収まった事を確認し、手を入れて温度を確認。
「よし、これで出来上がりです。このお湯で体を洗って下さい」
「はい、ありがとうございます!」
「私は外で警戒を続けますので、出たら教えてくださいね」
浴室の外にある戸棚からタオルを取り出し、四人に手渡して俺は家屋のリビングへと向かった。
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