欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二七一話 獅子奮迅

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 屋敷を背にして道中を歩く中、ちょっとした実験的好奇心がふと湧き出てきた。
 行軍速度は強行軍というよりは戦備行軍レベルのスピードだ。
 市街地の直線距離を突っ着れば誤差はあるものの、一時間以内には着くだろう。
 だが今は少ない戦力をなるべく温存したい為に、なるべく遠回りをして革命軍の目の届きにくい道を選択している。
 とは言っても、ランチアのように市街地から出ればすぐに平原が広がっているわけじゃない。
 迂回して行くにしても、市街地を通る事には変わりないのだ。
 ただ、集まった兵達の証言により、被害の少ない市街地を抜けていこう、という感じだ。
 市街地で哨戒しながら進む事を考えると、時刻塔に到着するのは約三時間後となる。
 ここで先程言った、ちょっとした好奇心の出番である。

「すみません、皆様は肉体強化の魔法を掛けているのですか?」

「いえ! 現在編成中の隊に強化魔法を使える者はおりません!」

 俺の質問を受けて、再前列で緊張した面持ちの兵が答えた。
 普通に考えて、兵士達一人一人に強化魔法なんて掛けてったら日が暮れる。
 なら大型の魔法の一発でも多く放てるよう魔力を温存するのがベターだろう。

「分かりました。ありがとうございます、では」

「は? お!? おおこれは!?」

 特に説明もせず、話していた兵に強化魔法をかけた。
 ただの筋力増加魔法である【ストロングマッスル】、低級の強化魔法だが、そこは文殊の【強】の力で効果時間や強度を増大させてある。
 
「これは強化魔法!? 無詠唱での魔法発動はウルベルト中将の専売特許と思っておりましたがいやはや、世界は広い。フィガロ様はきっとお強いのでしょうね! なにとぞよろしくお願い致します!」

「こちらこそよろしくお願いします。これから後ろの方々にも強化魔法をかけてくるので、第一小隊の皆さんは今の速度を保ったまま進んでいてください」

「は! 了解であります!」

 第一小隊すべての兵を強化し、第二、第三と順にストロングマッスルをかけていく。
 ウィスパーリングでリッチモンドにも最後尾から同じ術をかけてまわるよう頼んだ。
 一○分ほどで全ての兵の強化が終わり、ドライゼン王やシャルル、アーマライト王とヘカテーも強化済みと連絡が入った。
 
「では行きましょうか」

「は!」
 
 先頭に戻った俺は兵に一言告げてから大地を蹴った。
 第一小隊から以下は俺の後を追うように速度を上げ、ほぼ全力に近い速度で走り出した。
 ストロングマッスルは筋力増強の効果と、補助的にではあるがスタミナの常時回復効果もあるので魔法の効果が切れない限り走り続ける事が可能になる。
 つまり俺がやったのは全ての兵を強化し、行軍速度の全体的な引き上げと、マンパワーの増加だ。
 こうすれば約三時間の行程も、半分ぐらいの時間で目的地である時刻塔に辿り着く事が出来るだろうし、仮に接敵したとしても初手からこちらに大きなアドバンテージがあることになる。
 
「第一小隊は私に続いてください! 第二小隊は反対側へ!」

 そう言って走る速度を上げた俺は勢いよく地を蹴り、大通り沿いに続く平屋建ての建物の屋根へと飛び上がった。
 追走する兵達は一瞬顔を見合わせて躊躇したようだが、すぐに俺の後ろから飛び上がり屋根へと着地する。
 第一小隊と俺は左側、第二小隊は右側の屋根を走り高いところから索敵をしつつ先行するような形に移行した。
 通常のストロングマッスルであればこのような芸当は難しいが、効果を増幅させた俺の魔法であれば少なくとも四、五メートルの高さであれば跳躍が可能だ。
 第一小隊と第二小隊、二つの小隊による警戒の中、大通りを第三小隊から以下が全速力に近い速度で駆け抜ける光景は中々見れるものではないと思う。
 これで皆が甲冑を身につけていたら甲冑が擦れる音で煩くなりそうだが、ロンシャン兵達は身軽な軽装をしている為にそこまでの騒音はない。

「フィガロ様! あそこを!」

 並走している第一小隊の隊長が三ブロックほど離れた二階建ての家屋を指差した。
 家屋の二階のベランダからは白い旗が掲げられており、一人のロンシャン兵が手を振っているのが見えた。

「仲間か?」

「わかりませんが……どう致しますか?」

「ロンシャン兵を見つけた場合、速やかに保護せよと言われております」

「了解です! では直ちに!」

「革命軍の可能性もありますので用心していきましょう」
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