欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二六四話 強烈な悪寒

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「待たせたな」

「やぁおかえり、フィガロ、首尾はどうだい?」

「ただいま。獣魔兵を使役していた操奇部隊の本体は壊滅させたけど……多分他にも分隊がいるはずだ。本体にしては数が少ないように感じたからな」

 屋敷の扉が遠慮がちに開き、扉の隙間からフィガロがひょっこりと顔を出した。
 髪や顔が泥やすすで汚れている以外は、特に傷なども無さそうで一安心した。
 確かに本体と言えど、部隊を総動員して歩き回る事はしないだろう、でも数は大分減らせたのだろう事は分かったし、敵は少しでも減らした方がいいに決まっている。

「どうだいお茶でも、と言いたい所なんだけどね」

「ある訳ないだろ? それにあったとしてもこんな廃屋じゃちょっとな」

「それもそうだね……なっ!」

「ど、どうした!?」

 フィガロと軽い冗談を交わした直後、唐突に言い様のない悪寒が全身を貫いた。
 悪寒を感じたのは僕だけのようで、フィガロはいきなり声を上げた僕に驚いているようだった。
 そもそもアンデッドのこの体に、悪寒が走るなどという人間くさい感覚は無い。
 だが実際に僕は感じたのだ。
 深淵の底から這い出すような圧倒的な負の奔流が僕の、このアンデッドの体を貫いた。
 まるで体の中で激しい警鐘が鳴り響いたような、出もしない汗が全身から吹き出るような、そんな感覚だ。

「何も感じなかったのかい?」

「特に何も……」

「そっか、一体何だったんだ……」

 生者のフィガロには感じず、アンデッドの僕にだけ感じたこの感覚は、僕に言い様のない不安を植え付けるのに充分だった。

「なぁ、リッチモンド。さっき言っていた事なんだけどさ」

「あ、あぁ、なんだい?」

「俺が取り逃したウルベルト中将って言う敵の事だ」

「例の獣魔操奇部隊の隊長だっけ。獣魔兵だけじゃなくて魔獣すら配下にしていたとはね」

「魔獣……本当なのか? 信じられない話だけど」

「僕のも憶測の域を出ないよ。ただそうだと考えると、革命軍の危険度はかなり上がる」

「だよなぁ……」

 皆が寝ている大部屋から近くの小部屋へ移動した僕達は、声を抑えながら意見の交換を始めた。

「コレってさ、俺達が関与する事にしては規模が大き過ぎないか? 俺はシャルルとドライゼン王を助けられただけで目的は果たしたんだ。サクッと帰るってワケには……」

「いかないだろうねぇ」

「だよなぁ……はぁー……何でこんな事になっちゃったんだよ……次の昇格試験までのんびりしようと思ってたのに……」

「貧乏くじを引きやすいのか、はたまた世界の命運とやらに引き寄せられているのか。どちらにせよ、平穏無事な人生は送れないのかもしれないね。強き者の運命ってやつだ」

「そんな運命はお断りしたいんだけどな」

「何にせよ、僕は君の行く所であれば着いていくつもりだ。出来る限り力になるよ」

「ありがとう。本当に感謝してるよ、リッチモンドがいなかったら危ない場面も何度もあった」

「君はそそっかしいし、抜けてるし、甘いし、お人好しだし、世間知らずだし、情に流されるきらいがあるしね」

「ぐぅ……しょうがないだろ……」

「責めているんじゃないさ。それが君のいい所でもあるんだよ? 大丈夫、君を取り巻く人達は君の事をちゃんと分かってくれてるよ」

「ならいいんだけどさぁー……」

 僕の言葉を聞いて、目に見えるほどに落ち込んだフィガロへフォローを入れる。
 悪口を言ったつもりは無いんだけどね……。
 ひょっとして僕の言い方が悪いのだろうか? 今度さり気なく聞いてみることにしよう。
 そしてなんだか微妙になってしまった空気を変えるべく、話を戻す。
 僕が考えた革命軍の目的や、そう考えた理由を話し、お師様との連絡が途絶えた事、シャルルと話をして僕がリッチであると打ち明けた事などなど、色々話した。
 
「めっちゃ大事じゃないかそれ! リッチモンドの話は説得力があるよな! 皆が起きたら両王家の意見も聞きたいし、また話してくれないか!」

「そ、そうかい? ならまぁ……やぶさかではないよ」

 黙って話を聞いていたフィガロは、僕が話し終わったと同時に目をキラキラと輝かせ始めた。
 そんなに興奮する事だろうかと思いつつも、僕はフィガロの提案を受け入れた。

「ところで……フィガロの連れてきたあの四人組の話をしてくれてもいい頃合いだと思うんだけど、どうだろうか?」

「わかった。いつまでも話さないのもよくないよな……実はさ……」

 そう切り出したフィガロは、迷宮での事件から四人組に至るまでの話をしてくれた。
 話を終えた時に僕が抱いたのは、あの狂戦士化したトムとかいう男との約束とはいえ……本当にこの少年はお人好しすぎるな、というのが正直な感想だった。
 
「思念リンク、ね……」

「何か知ってるか? 些細なことでもいい。ピンクは救出作戦の途中、ほんの一瞬だけだけど自我を取り戻したんだ」

「ううん……と言ってもねぇ……そもそも彼らはどこの出身なんだい? 聞いた感じだと侵略戦争って感じだけど、僕が生きていた時代にそんな大きな戦争は無かったはずだから、僕が死んだ後の二○○年で起きた事になる」

「多分……トムやあの強化兵達の出身は帝国だ」
 
 多分、という曖昧な表現も、恐らくトムから聞いたのではなく、トムと記憶を同調させた時に得たおぼろげな情報だからだろう。

「帝国ね……中央大陸にある、あの軍事大国だろ? 詳細は調べてないけど、どこかの文献で帝国の事が書いてあったのを見た覚えがあるよ。しかしまぁ、よくランチアまで流れ着いたものだね。中央大陸からランチアまでは相当な距離があるというのに」

「トムは妹を探してた。見つけたのかはわからないけど、強化兵達はトムに率いられていただけで自分の意思というものはないんだ」

「それは聞いた話で理解しているけどもね。なるほど、確かにトムという男が彼らを解放してくれと願った理由も何となくわかるよ」

 自分の目的の為に連れ回した同胞を放置して逝くのは忍びなかったのだろう。
 トムが死ねば同胞達は永遠に人知れず朽ちていくだけだものな。
 帝国産のちょっとやそっとじゃ壊れない戦闘兵器を粉砕出来るのは、確かにフィガロが適任だと思う。
 僕やお師様であっても簡単に破壊出来るのだろうけど、そんな相談は聞いて無い。
 だとしたら、フィガロは自分の力だけで解決しようと決めていたのだろう。
 
「君は馬鹿だね。敵対していたはずの男からの頼みを真面目に解決しようと取り組んでしまうんだからね。本当にお人好しだよ、君は」

「うっさい」

「でもね、君のその馬鹿みたいな優しさは、捨てないでくれよ」

「……そんな綺麗事じゃない。ただ……」

「ただ?」

「敵だったとしても……頼られるのは、嬉しいから。自己満足だよ、結局は」

「いいじゃないか。自己満足でも。それが君の持ち味だよ」

「そういう事にしておくよ」

 遠い目をして窓の外を見るフィガロの横顔に、天高く登ろうとしている太陽の光が差す。
 幼さを十全に残すその顔には、寂しげな色と誇らしげな色が浮かんでいた。
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