欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二六二話 未知なるケモノ

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「先に味方を撤退させた方がいいかな? いや、ほかの敵を排除しない事には動けないのか……あそこ、囲まれてるね」

 市街地の方へ目を向けると、半分崩壊した家屋の中で様子を伺っているロンシャン兵の姿があった。
 魔法を扱う兵がいないのか、数名のロンシャン兵が遠距離攻撃をする事無く、袋小路にある廃屋に隠れている。
 そこから一〇メートルほど離れた所には革命軍が陣取っており、ロンシャン兵を弄ぶかのように魔法や弓を放っている。
 退路は無く、そこを突破するには陣取っている革命軍を淘汰するしかないのだが……革命軍はおそよ四〇人、隠れているロンシャン兵は八人といったところか。

「【アビスフレイム】」

 右手の指先に五つの小さな黒い炎がぽつぽつと灯ると、それは順々に一つずつ指先から離れて鬼火のように浮遊する。
 夜の闇に同化した黒き炎は滑るように空間を移動し、革命軍の上に舞い落ちた。
 革命軍の上に辿り着くやいなや、小さかった炎が膨れ上がり音も無く弾けた。
 弾けた炎は四方八方へ飛び、その場にいた革命軍に襲いかかっていく。
 黒い炎に触れた者は一瞬でその身を焼かれ、骨まで炭化した後、砂のように崩れ去っていく。
 断末魔の悲鳴が上がる事もなく、ただただ静かに生者の光を消していく深淵の黒き炎。
 彼らはきっと何が起きたのかも分からず死んでいったのだろう。
 炭と化した革命軍の残骸は風に吹かれ、どこへともなく飛ばされていった。

「この近くにはもういないようだね。念の為屋敷の周りに探知魔法をかけておこう【ディスカバーインベイド】」

 魔法が発動すると赤色の線が屋敷の周囲を取り囲むように走り、ぐるりと円を描ききった後、赤い線は大地に溶け消えた。
 こうしておけば仮に敵が近付いて線を超えた場合、すぐに僕へ伝わるようになっている。
 三段構えの防衛線になってしまったけど、やりすぎてダメってわけじゃないし、いいよね。

「ほんと、めんどくさいなぁ。広域魔法で全部ドカンとやれれば楽なのにね、戦争ってほんとめんどくさいよ」

 屋敷の上空から飛び去り、市街地から二○○メートルほどの上空をゆっくりとした速度で飛ぶ。
 そして革命軍や獣魔兵を見かけるたびに魔法を放ち殲滅していく。
 何度か見つかったけど、別に問題はないし、殺してしまえば良いだけの話だ。
 敵も伝令を走らせたりしていたけど、この僕から逃げられるはずもなく伝令もきちんと処理をした。
 屋敷を中心に五○○メートルほどの地域を飛び回っていた時、王城の方に大きな魔力の胎動を感じた。
 
「なんだ……? フィガロじゃない、よね」

 以前フィガロが拉致された時に感じた濃厚な魔素ではない、純然たる魔力の奔流。
 上空に留まったまま王城の方を注視していると、燃え盛る王城の火に照らされその正体が見えた。
 巨大な鳥型のモンスターで、ずんぐりむっくりな体から伸びる一対の羽は力強く羽ばたき、丸太のような足についたかぎ爪が人らしきものを掴んで飛んでいる。
 
「この魔力……クーガくんと似たものを感じる。という事はあれは……魔獣?」

 フィガロにいつも付き従っているクーガは体こそ小さいものの魔獣だという。
 それに似た魔力の波動を放つあの巨大な鳥が魔獣である、というのは早計かもしれないけど、あそこまで巨大なモンスターは聞いた事が無いし、大きさからしても魔獣のサイズに当てはまる。
 鳥型のモンスターはしばらく王城の上を旋回した後、滑空しながら僕とは正反対の方向へ飛び去っていった。

「何が……起きてるんだ?」

 この国は魔獣を従えているとでもいうのだろうか? 
 最低ランクの魔獣ですら一国を容易く滅ぼせる力を持っている。
 仮にあの鳥が魔獣だとしたら、一体どの程度の実力を持っているのか、それに、魔獣を使役させるなんて話はフィガロ以外で聞いた事が無い。
 革命軍が魔獣を従えているのなら、その戦力は計り知れないものになるだろう。
 他の国に戦争を仕掛けたとしても、魔獣というアドバンテージは変わらない。
 突然現れた謎のモンスターについて考えていた時、僕はある事に気付いた。

「おかしい……瘴気が、無い」

 市街地や王城付近で起きた戦闘行為の影響により、兵士は勿論の事、戦闘に巻き込まれた住民などこの国の死者は数えきれないだろう。
 人だろうがモンスターだろうが、命あるものは全て死亡した時に、体内の魔力が徐々に空中に溶けだしていく。
 浄化や供養をされればその魔力は自然へと還っていくのだが、それをされず半日以上放置された遺体から放出される魔力は別のモノへと変質する。
 死ねば肉体が腐るのと同様に、遺体に内包された魔力も腐っていくのだ。
 腐った魔力は瘴気として変質していき、周囲の空気を淀ませていく。
 魔素量の濃い秘境にも瘴気と呼ばれる風が吹くが、その性質は同じだ。
 瘴気が一点に溜まれば、周囲の空気に内在する魔素も侵食されるように瘴気へと変わり、瘴気に包まれた死体や自然はアンデッドや異形のモンスター、悪性の感染病を産む温床になる。
 アンデッドが戦場跡地に多く誕生するのも、こういった理由からであり、逆に瘴気の湧かない戦場というのは不自然極まりない事なのだ。
 しかし、現にこの国には瘴気が湧いていない。
 戦火によって命を散らした者を、いちいち供養しているとは考えにくい。
 腐りかけている死体もここに来るまでに何度も見たが、供養や浄化などの形跡は一片も見られなかった。
 それが何を意味する事なのかは分からないが、良いことでは決して無いだろう。

「やれやれ……魔獣といい、消えた瘴気といい、この国は色々と隠し事が多いみたいだね」
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