欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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1巻

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       ◇ ◇ ◇


「ブァーッハッハッ! お主バッカじゃん!? 砂金が素手で採れるわけなかろー? 鉱石が素手で採れるわけなかろー? 素手で採れるのは蓄魔茸くらいじゃってー! ダーッハッハッハ! なんの用意もせずゲット出来たら世話ないっつーんじゃ! ぶひゃ! ぶひゃひゃひゃ!」

 結局砂金のさの字も採れず全身ずぶ濡れで帰宅し、経緯を話したらめちゃくちゃ大笑いされた。
 ちくしょう。どうせ世間知らずだよ。どちくしょう。

「申し訳ございません……明日は準備をしっかりしてから出立したいと思います……ところで、森の中で猟師と出会った時の事なのですが」

 川を飛び越えただけで化物ばけものを見るような顔をされた事を伝え、普通は飛び越えられないのだろうか? と聞いた所……。

「普通無理じゃね?」
「えっ」
「えっ?」
「ふつーは頑張っても数メートルじゃの」
「しかしクラ爺はあんなにぴょんぴょんと跳ね回っているではありませんか。この前なぞ五十メートルくらいある崖を二段ジャンプで……」
「そりゃワシ、色々魔法で肉体強化しとるもん」

 しれっと言い切るクラ爺の顔は、至極当然だという表情をしていた。あれ? おかしいな?

「しかし、私は普通にジャンプ力のみでクラ爺に食らいついていたのですが……」
「いやその理屈はおかしい」
「とは言っても……私は魔法を使えませんし……」
「それなんじゃがなぁ……お主、あのアルウィン家じゃろ? アルウィン家がなんだか明確に理解しとるか?」
「魔に優れた家系としか……」
「はぁー……これだから引きこもりの世間知らずは……」

 ジト目でめちゃくちゃ長い溜息を吐き、少し長くなるぞ、と前置きをしてから、クラ爺は紅茶を啜りつつ語り始めた。


 アルウィン公爵家は長い歴史を持ち、その起源は十三英雄にまでさかのぼる。
 あらゆる武器に精通し、英雄の中でも一、二を争う絶対強者。マスターウェポン、武器に愛された男、などと呼ばれるギュスターヴ・パトリオット。
 軍隊すらぎ払う大火力の魔法を操り、いやしの力にも秀でていたワンマンアーミーの魔導女王。エネミーコラプス、癒しの妖精ようせい女王など、相反した二つ名が多いキャナル・クリアフィールド。
 降魔大戦の後に結ばれた二人は平穏を望んだ。
 子孫に火のがかからぬように願い、名を変えて、新たな家系を作り出す。
 それがアルウィン家の始まりであり、初代当主トンプソン・アルウィンと、伴侶はんりょレナス・アルウィンとなったのである。
 しかし彼らの願いとは裏腹に、文武に秀でた子孫達は、多方面で活躍し頭角を現していった。
 現在の領主はオベリスク・アルウィン。
 ヴェイロン皇国の四分の一という広大な領地を持ち、魔導師でありながら政治手腕にも優れる、国内の領主の中でも頭二つ抜けた人物。
 オベリスクの妻は、砂漠の国から嫁いできたクインクル・アルウィン。特化した才能こそ持たぬものの、砂漠民独特の眉目秀麗びもくしゅうれいな容姿と広い見聞けんぶん、優れた治癒ちゆ魔法の才を持ち、多忙なオベリスクを支える一家のどころとなっている。
 長男のルシウス・アルウィンは、魔法と剣技を操る魔法剣士。黎明れいめいの剣聖と呼ばれ、国の英雄として広く知られている。
 長女のヴァルキュリア・アルウィンは、魔導技巧開発と魔術理論に関して天才的な頭脳を持つ。王立魔法研究学院を首席で卒業後、国家新鋭魔導機構研究の第一人者となった。


「――通常、アルウィン家の者は魔法力向上のために、常時魔法を行使しておる。補助魔法や強化魔法なんかを主にな。そんな状態で日夜過ごしておるんじゃから、まさに化物といっても過言じゃない血筋じゃよ」
「ナンテコッタイ」

 なんだそれは。そりゃそんな家系なら、魔法の魔の字も使えないような存在は無価値と言われても当然だ。
 まさかそこまでとは思ってもいなかった。幼子より劣る俺がよく十五まで生きてこられたな……。

「そんな家庭に生まれたお前さんじゃから、しっかりその血は受け継がれておる。ただちっとばかし変わってるだけじゃよ。現にお主は、強化魔法をかけた時と同じような状態を常に保っておる、魔法が使えないお主が、じゃ。これが意図する所が分かるかの」
「……思考の、顕現……?」
「んーまぁそんな所じゃ、精神論で言えば、負けん気、根性、気合いじゃの」
「精神論、ですか」
「お主、兄と修練を積んでいた時、ワシと組手した時、どう思って戦っとった?」
「勝てないなりにも一撃くらい入れたいと……」
「それじゃよ。その感情が上手い事魔素に作用してどうにかこうにかなって肉体強化に繋がっとるんじゃろ。良く分からんがな」

 確かに常日頃から強くありたいと思っていたのは事実だった。兄と初めて剣を交えた時は、何も見えなかったし何も出来なかった。兄がかなり手を抜いてくれたにもかかわらず。
 しかし毎日毎日剣を振り、兄の剣速に追いつき始めた。打ち込めるようになった。後ろを取れるようにもなった。
 とはいえ、結局最初から最後まで手を抜かれっぱなしだったのに、一撃も入れられず家を去る事になってしまった。
 もし俺にそんな奇跡的な力があるのなら……利用するしかない。さらに強化して、モノにしなければならない。
 と言う事で、この力を明確に認識するため名前を付ける事にした。

「マナアクセラレーション……」
「なんじゃそりゃ?」
「私のこの力の名前です。定義付けした方が分かり易いと思いまして」
「なるふぉい! 良い、良い響きじゃ! ワシも色々と調べてみよう、くぅうーこのワクワク感、久しぶりじゃあ! 永い間忘れておった探究心と好奇心! 感謝するぞフィガロよ! ぶへ! ぶへへへへ!」

 人として欠陥品だった俺だが、ここに来て、やっと人生に光が差してきたような気がする。
 不思議な声で高笑いしているクラ爺を横目に、俺は静かにガッツポーズをキメたのだった。


       ◇ ◇ ◇


 サーベイト大森林の朝はきりが多い。といっても、家の周囲だけなのだが……。
 朝焼けの光が霧に溶け込んで、とても幻想的な雰囲気をかもし出している。
 昨日は興奮が冷めず、結局朝方まで眠れなかった。小鳥のさえずりが聞こえ、朝焼けが窓から差し込んできた時点で俺は寝るのをあきらめた。
 クラ爺を起こさないよう静かに家を出て、小川に立ち寄り顔を洗う。
 朝の水は冷たかったがおかげで目がえた。
 家から三十メートルも離れれば霧は晴れる。幻想的なもやを楽しみながらクーガと共に歩き、霧が晴れた所で、一気に加速して目的地まで駆け抜けた。

「ここか……予想以上に高さがあるな……底まで百メートルくらいかな?」

 全速力で走ること数十分。
 教えてもらった岩穴に辿り着いた俺は、手近な木にロープを巻き付けて下まで垂らし、結び目を確認してから、ロープを伝って下りていった。
 大体二十メートルほど降りた所で洞穴を発見した。
 元々は炭鉱なのだろうか? 見た所、壁面に四ヶ所の洞穴が確認出来た。
 その内の一つに狙いを定めて、人が一人通れるくらいの小道に下り立った。
 洞穴の前で、バックパックからロックハンマー、軍手、光石を取り出し、それぞれを装着する。
 軽いショックを与えてやると松明たいまつほどの明るさに光る光石は、サーベイト大森林の至る所に落ちているので、補充には困らない。
 光石を加工した魔道具もあるらしいが、これ以上どう加工するというのだろうか?

「魔鋼水晶の原石の見た目は、水晶じゃないんだよなぁ……赤茶色の斑点はんてんが出てる岩……あと鉛もあれば嬉しいな」

 コツリコツリと、ブーツが地面を叩く音が洞窟内に響く。
 低級のモンスターもいるみたいだけど、俺の性質上、弱いモンスターは逃げてくから問題は無い。

「マナアクセラレーション……むふふ……俺にも力が……ふひっふひひっ」

 思い出すだけで表情が崩れてしまう。はたから見たら相当な不審者だろう。
 でもここは俺しかいないし、存分にニヤケさせてもらおうか。

「ん? これか?」

 小一時間ほど進んだ所で、原石らしき岩を発見した。
 あまり強く叩くと結晶が崩壊して砂になってしまうらしいので、力を調節して、ロックハンマーでコツコツ削っていく。

「ああくそっ! また砂に……!」

 地道に力を調整して削るも、どんどんと砂化してしまう。
 何度目かの挑戦で、やっと拳大の原石を採る事が出来た。なんとなくコツを掴み、そのままの勢いで十個ほど掘り出す。
 近くで鉛の鉱脈も見つけたので一緒に削り出しておいた。
 ある程度の量を確保し、洞穴から出たその時。

「誰か! 助けて!!」

 遠くから少女の声が小さく聞こえた。


       ◇ ◇ ◇


「へっ! 叫んだ所で誰も来ねぇさ。ここら一帯に人がいねぇのは確認済み。アンタにうらみはねぇが死んでもらうぜ」
「くっ……あなた方は何者なのですか!」
「さぁな。答える義理も、必要もねぇ」

 サーベイト大森林の西側は一部がランチア守護王国に属し、サーベイト森林公園と名を変える。
 公園内にはランチア守護王国の離宮が存在するため、ある程度整地されていた。
 しかし森の奥へ行く者はほとんどいないため、興味本位で奥地へと足を踏み入れると、人の手の入っていない自然の迷路に迷い込む事になる。
 鬱蒼と生い茂った草花は成人の腰ほどまで伸びていて、気をつけていても足を取られるほど。
 そんな場所に、複数の人影があった。
 全身黒ずくめで、片手剣をたずさえた十人の武装集団。
 そして、ランチア守護王国の紋章が付いた鎧を着用した死体が五体。
 その死体に囲まれるように一人の少女が立っていた。
 動きやすいよう仕立てられた服はシンプルだが、胸元には死体と同じ紋章があった。

「じゃあな。ここで死ねば、死体はモンスターが丁寧ていねいに処理してくれるだろうぜ」
「誰か! 助けて!!」
「ひっひ、無駄だぜぇ、いくら叫んでも誰も来ねぇよ。残念だなぁ無念だなぁ」

 ジリジリと距離を詰める男達は、恐怖に引きつる少女の顔を見て、下卑げびた笑みを浮かべている。あえて死期を延ばし、恐怖を与えたいのだろう。

「【プラントバインド】!」

 少女が魔法を唱えると、周囲の草が男達を絡めとるように纏わり付いた。
 自然系魔法の一つで、一時的な足止めなどを目的とした低級魔法である。

「おー怖い怖い、これじゃあ動けないねぇ」

 しかし男達にあせりは無く、おどけるように言った瞬間、少女の唱えた魔法は一瞬で効力を失って元の草へと戻ってしまった。

「なんで……いくら私でもこれくらいは……」
「だから言っただろ? 無駄だってなぁ。そろそろ死ねぇ!!」

 男の一人がニヤつくのをやめ、一息で少女の懐へ詰め寄る。

「だめ……いや……」

 少女の双眸そうぼうに映る、上段に掲げられた片刃の剣は陽光を受けてきらめき、殺意のかたまりが少女の心を絶望へと追いやった。

「お取り込み中、申し訳ございません、少しお邪魔させていただきますね」

 死をもたらさんと剣が振り下ろされた瞬間、硬質な物同士がぶつかり合うんだ音が森に響いた。

「なんだテメェは!! ガキはすっこんでろ!」
「重ね重ね申し訳ございません。しかし多少とも、そのガキに剣を止められた事実を受け止められた方がよろしいかと思いますが」
「クッ……何が目的だ? 誰に雇われた? 大方、あそこにいないコイツを追ってきたって所だろうが残念だったな! テメェこそ状況が見えてねぇらしい」

 突然現れた少年に対し、これみよがしに刃物をチラつかせて歩み寄る周囲の男達。

「大丈夫ですか? あの方の肩にでもぶつかったのですか? カタだけに」
「え……? あの……え?」

 しかし少年は男達には目もくれず、明らかに襲われていたであろう少女へと手を差し伸べていた。
 死を覚悟していた少女にこの状況はすぐに理解出来なかったようで、大きな瞳を何度も瞬かせるばかりであった。

「聞けよガキィ!! くさりやがって! 大人をからかうとどうなるか教えてやる!!」
「危ない! 後ろ!」

 完全に無視された男は目を血走らせ、後ろを向いている少年に最高速の一撃を振り下ろした。


       ◇ ◇ ◇


 荷物をその場に残し、手に持っていたロックハンマーを携えて、俺は少女の声が聞こえた方角へ駆けた。
 事故にせよそうでないにせよ、少女が悲痛な声を上げるなど、只事ただごとでは無いに決まっている。
 例の不審者の噂もある、早く行かなければ惨事さんじになるかもしれない。

「早く! もっと早く!」

 木や岩を足場にし、脚に疾風を纏っているかのように速度を上げていく。
 時々背後で、木の倒れる音や岩の砕ける音が聞こえるが、そんな事は気にしない。気にしている時間は無いのだ。
 周囲を警戒しつつ全速力で進んでいると、前方から濃密な血の臭いが漂い、数分もせずに不意に空間が開けた。
 眼前には相対する大柄な男と小柄な少女がおり、男が今まさに、手にしていた剣を振り下ろさんとする所だった。

「死ねぇ!」
「させるか!」

 剣を振り下ろす瞬間に男の横に出たのは奇跡と言っても良かった。少女に集中したあまり、俺の存在に気が付かなかったらしい。
 咄嗟とっさにロックハンマーで男の剣を受け止めた。受け止めたのだが……軽い、実に軽い。
 こんな中身の無い斬撃でも、少女の柔肌こそ容易たやすく切り裂けるだろう。だが、鋼鉄のロックハンマーはそれを許さない。しかし余りにも剣を振り下ろすスピードが遅すぎる。間一髪かと思ったが存外余裕があったらしい。

「お取り込み中、申し訳ございません、少しお邪魔させていただきますね」
「なんだテメェは!! ガキはすっこんでろ!」

 受け止めた刃をスルリと流し、男を一瞥いちべつする。
 全身黒ずくめ、口元は布を巻き目だけが露出しているような出で立ち。
 どう見ても噂の不審者はコイツ達だろうが、相手が悪漢であろうと紳士的に対応するのが貴族の嗜みと言うものだ。
 まぁ俺はもう貴族では無いのだけれど、体に染み付いてしまった作法というのはなかなか抜けないものだ。

「重ね重ね申し訳ございません。しかし多少とも、そのガキに剣を止められた事実を受け止められた方がよろしいかと思いますが」
「クッ……何が目的だ? 誰に雇われた? 大方、あそこにいないコイツを追ってきたって所だろうが残念だったな! テメェこそ状況が見えてねぇらしい」

 見た目のガラの悪さプラス口まで悪い男だ。下品極まりない。確かに俺はまだ十五になったばかりだが、成人している以上ガキではない。まぁ相手からしたらガキなんだろうけど、そういう事じゃない。
 単純にムカつくが、俺の感情よりも優先しなければならないのはうずくまる少女だ。

「大丈夫ですか? あの方の肩にでもぶつかったのですか? カタだけに」
「え……? あの……え?」

 恐怖に染まった心を解すには軽い冗談を交えると良い、と兄が言っていた。
 だが少女の心は恐怖に支配されてしまっているらしく、俺の言葉も届いていないようだ。その瞳は呆然と虚空こくうを見つめている……。
 こんないたいけな少女に剣を向けるとは、男の風上にも置けないクズ野郎だな。許してはならない。許されるとも思わない。

「聞けよガキィ!! 舐め腐りやがって! 大人をからかうとどうなるか教えてやる!!」
「危ない! 後ろ!」

 そう心に決めた瞬間、背後で空気の動く気配がしたのでそのまま背後にハンマーを突き出す。
 カチン! と剣とハンマーがかち合う音。それはまるでフォークとナイフを打ち合わせたような軽い音だった。

「申し訳ありません。邪魔です」

 受け止めた剣をそのまま打ち上げると同時に振り返り、渾身のアッパーをお見舞いする。グシャ、ともゴシャ、とも言えない形容し難い骨の砕けた音が聞こえ、男は放物線を描いて吹っ飛んだ。
 一瞬の出来事を理解出来ないのか、男の仲間らしき集団が口をポカンと開けてこちらを見ている。敵の数は倒した男を含めて十人、全員が片手に剣を握っていた。

「ふっ!」

 脚に力を込めて大地を蹴る。イメージするのは突風。相手が舐めて掛かっている今がチャンスである。先手必勝、高速戦闘でケリをつける。

「がっ!」
「うぼっ!」

 飛び出した勢いのまま、進行方向にいた男にひじを撃ち込む。ぐるりと白目をいた男の胸ぐらを掴み、手近な敵へ思い切り投げつけた。
 唐突に投げつけられた味方の肉体と背後にあった大木に挟まれ、目標の敵は膝をついた。
 見た感じ戦闘不能と判断し、次の相手に目星を付ける。

「クソがっ!」

 剣をこちらに突き出し、何やら詠唱を始めている男へロックハンマーをぶん投げた。
 ロックハンマーが胸部にめり込み、男は血の泡を吹きながら崩れ落ちる。
 胸骨でも折れたのだろう、戦闘不能は確定だ。これで四人。残りの六人はと言うと……。

「一斉にかかれ!」

 俺を中心にして四人の男が放射状に陣取り、そのまま突撃してくる。その後ろでは二人の男が詠唱を始めていた。

「危ない!」

 正気を取り戻した少女の声が木々の間に響き渡る。あの様子だとそこまで酷い傷は負っていないだろう。
 その事実に少しだけ安心したがまだ気は抜けない。
 突っ込んでくる男達は、それぞれタイミングをズラしていた。恐らく時間差攻撃を繰り出す魂胆なのだろう。
 波状攻撃でこちらの力を無くし、魔法の追撃でとどめ、みたいな流れなんだろうか。
 がしかし、後方で魔法支援があると分かっているなら先にそちらをつぶすのが最善、再び脚に力を込めて大地を蹴る。
 まさか敵も向かってくるとは思わなかったらしく、一瞬目が見開かれた。
 敵の前で軽く跳躍し、頭を踏み付けて空中に躍り出た俺は、後方で詠唱中の二人へ向けて石を投擲とうてきした。
 パンッ! と音が鳴り、頭部を無くした胴体から下がビクンビクンと痙攣し、二つの肉体が崩れ落ちた。
 その光景を見て一瞬息が詰まりそうになったが、大きく息を吸って気持ちを奮い立たせる。敵は殺す気できている、ならばこちらも殺る覚悟が必要だ。
 もし俺が殺されてしまえばあの少女の未来は無い。それだけは絶対に避けたい。
 少女の未来を守る、それが男として生まれた役目であるだろうから。怖くは無い、大丈夫。
 残りは四人。
 相手の実力的に落ち着いて対処すれば、どうということは無いだろう。

「なんなんだ貴様はあああ!!」
「私はフィガロ、家名はない、ただのフィガロです」
「フィガロだと!? まさかあのアル、ぐふっ」
「何をおっしゃっているか分かりませんね」

 何か言おうとした男の懐へ飛び込み鳩尾みぞおちへ一撃。それだけで男は沈んだ。
 彼等が俺よりも格下なのは分かる。
 だがこういうやからは剣に毒を塗っていたりするので、かすり傷でも致命傷になりかねない。無傷で勝つ事が重要なのだ。

「シッ!」

 背後から迫る男を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし、回転の勢いのまま動線上にいた男の頚椎けいついへハイキックを叩き込む。

「ばっばけもの……!」
「いえいえ、私などとても化物の領域ではありませんよ。私より強い方々などざらにいます」

 最後の一人は完全に戦意を失っており、地べたに座り込んでしまっている。

「おやすみなさい」

 座り込んだ男の頚椎に回し蹴りを叩き込み、意識を刈り取って戦闘終了だ。
 ふぅ、と額の汗をぬぐい周囲を窺うが、敵対する存在は見えない。

「大丈夫ですか? もう安心ですよ!」

 危険はないと判断し、少女へ努めて明るく声をかけたのだが……少女の姿が無い。逃げたかな?
 少し残念に思いながら帰ろうと茂みに移動した時、何か柔らかいモノが脚に触れた。
 そこは先程まで少女がいた場所。ゾワリと背筋に悪寒おかんが走る。

「そんな! 大丈夫ですか!! しっかりしてください!!」

 足元には血のの引いた顔で、荒い呼吸を繰り返す少女が倒れていた。

「どうする……! いやどうするもこうするもない、連れて帰るしかない!」

 慌てて少女を抱き上げ、来た時と同じかそれ以上のスピードで、クラ爺の待つ家へと戻った。

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