欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
1 / 298
1巻

1-1

しおりを挟む




 十五歳になってしばらくしての事だった。
 父の書斎しょさいに呼ばれた。
 いかなる理由があろうと入れてもらえなかった、父の書斎。
 緊張しながらも中に入り、いつもの挨拶あいさつわした直後だった。

「――フィガロ。お前には家を出てもらう」

 告げられたのは、父からの勘当かんどう宣言だった。

「父様、それは……私が出来損できそこない、だからでしょうか」
「そうだ。自分で分かっているなら話は早い。お前のうわさが隣の領地にまで伝わっている。これ以上、お前を家で養う事は不可能なのだ。領地のはずれに、お前を引き取っても良いという老人がいる、その人を訪ねなさい。……今日中にな」
「はい……ご迷惑をお掛けしました。ここまで育てていただき、お礼を申し上げます。そして……お世話になりました」
「あぁ。今後、アルウィンの名を語る事は許さん。……達者たっしゃでな」
「はい、父様もご健勝で」

 一礼し、静かに書斎の扉を閉めた。
 こうなるであろう事は、心のどこかで予想していた。
 アルビオン地方にあるヴェイロン皇国で、最大の権力を持つ貴族――『アルウィン公爵家』の次男として俺は生まれた。
『アルウィン公爵家』は代々、高名な魔導師を排出してきた家柄であり、数百年の歴史がある。
 多くの武勲ぶくんや功績でその地位を不動のものとしている、ヴェイロン皇国随一ずいいちの有力貴族なのだ。俺のように不能な人間など、恥さらしでしか無いのだろう。
 俺には生まれつき欠陥けっかんがあった。
 魔力を練れない、という致命的な欠陥である。
 これは「魔法が使えない」のと同義であり、一般人にも使える低級魔法すら発動できない。
 そんな出来損ないがアルウィン公爵家にいるとなれば、家名を汚し、評判が落ちる。
 だったら捨ててしまうしかない。
 数百年続く家の歴史、国や民からの信用、他貴族との軋轢あつれき、その他諸々の事情を勘案すれば、間違いなくそうするだろう――あの父ならば。


 父は父なりに考え、ただ追い出すのではなく、引き取り手を用意してくれたのだろう。
 そんなことを思いつつ、俺は荷造りをしていた。
 幼い頃から、自分の欠陥には気付いていた。
 練ろうとしたそばから魔力が散っていくのだ、変だと思わないわけが無い。
 医者、のろい師、魔導理学など、あらゆる機関を回った結果、体内の魔力経絡に異常がある、という診断結果が出た。
 過去にない症例で、医学や魔法の知識を結集してもお手上げだそうだ。
 研究対象として協力して欲しい、と打診されたが、母親がやんわりと断っていた。
 今思えばあの時、親は俺を見捨てなかった。
 親が研究に協力していたら、俺はもうこの家にいなかっただろう。

「それでは……行ってまいります」
「気をつけるのよフィガロ……ごめんね、母さんが駄目なばかりにこんな……」
「いいのですよ母様。道端に捨てられるよりはるかにありがたいので」

 出発は人目に付きにくい夜中。母が一人、門前で見送ってくれた。
 この門から出たら、俺はアルウィン家のフィガロでは無くなる。
 十五年過ごした家を離れるのは、少しばかり心に来るものがある。

「それでは母様、どうかご健勝で」
「貴方もねフィガロ……いつかまたどこかで会える事を祈っているわ」

 母の言葉は震え、頬には幾筋の涙。
 十五年間、一度も泣き顔を見せなかった母が泣いている。
 どうやら俺は愛されていたらしい。
 嬉しく思った。

「アルウィン家の繁栄はんえいと母様のご健勝、心よりお祈りいたします」

 簡潔にそれだけ言って、門をくぐり外に出た。
 風が頬を撫で、俺を誘い、連れ添うように、さわさわと音を立てる。
 闇に染まる街道を歩く。ただの一度も振り返る事無く。
 我が名はフィガロ、家名はまだ無い。


       ◇ ◇ ◇


 夜の草原を歩き、目指すはアルウィン領の北端、サーベイト村。
 そこからさらに北にあるサーベイト大森林に、俺の里親がいるそうだ。
 なんでも数十年前にサーベイトに越してきて以来、ずっと森の中で暮らしている変わった老人が里親らしい。どんな人かは分からないが、性悪しょうわるでない事を祈るばかりである。
 サーベイト村までは馬車で数時間、徒歩であれば丸二日かかる距離だ。
 それぐらい離れていれば、父としても問題は無いと考えたのだろう。
 もちろん馬車や馬といった交通手段は与えられていないので、徒歩での移動となる。

「しかし……改めて考えてみると人生詰んでるよな」

 即席で作ったき火の前で、一人つぶやく。
 ゆらゆらと揺れる炎にすら笑われているような気がしてきた。
 枝のぜる音を聞きながら深い溜息ためいきく。

「五歳の子供でも使える、【ティアドロップ】すら使えないんだからな……」

 ティアドロップというのは、お子様用の練習呪文で、指先から水滴を出すだけの簡単なお仕事である。幼少期は、そういった魔法を使って魔力コントロールを学ぶのだ。

「魔法の道はとっくに捨てた。優れた技術も無いし、裸一貫、農民にでもなるか……あれ、一度村の人にやらせてもらったけど、クッソキツいんだよなぁ……。やだなぁ、強引な税の取り立てで自分の食い扶持ぶちすら取り上げられて、食う物も無くなって水だけで命をつないで……餓死がしした挙句あげくモンスターに食われて終わるのかなぁ……」

 口に出してみたものの、実際には、そんな苛烈かれつな取り立ては無い。
 食物を生み出す農民が倒れては元も子もないのだから。

『領地の農民、猟師がいるからこそ、我々は食い繋ぎ、命を長らえる事が出来るのだ。そこを履き違えてはならん、えらいのは我々ではなく、日々自然と向き合っている彼等だ』

 父が事あるごとに言っていたのを思い出す。
 行き過ぎた妄想もうそうにふけるのをやめ、じっ……と炎を見つめる。
 厳格な父、気丈で優しかった母、勉学のために王都へ出た姉と、魔法剣士として大成した兄。
 皆で囲んだ食卓が脳裏をぎり、視界がにじむ。
 やむ事ではない。認めなければならない。
 一人で生きていかねばならない。過去を捨て、未来を生きねばならない。
 そう自分に言い聞かせていた時だった。

「グルルルルル……」

 少し離れた場所から獣の声が聞こえた。

「チッ……」

 ここらのモンスターは総じて弱く、火を焚いていれば強襲してくる事など無い。
 しかし安全かと聞かれれば、否定せざるを得ない。
 火が消えるか、寝付いてしまったら、首をみ切られて終わりだ。

「喰われるつもりは……無いからな」

 足元に置いてあった護身用の短槍をしっかりと握りしめ、声の聞こえた方向を警戒する。
 聞こえた限り敵は一匹だけ、やれない相手じゃない。
 アルウィン家では、武術の指南もある程度受けてきた。
 魔法がいかに優れていようと、武術の心得が無ければ武人の動きを予測出来ない、というのがアルウィン家の教えだった。
 魔法が使えない分、武術に打ち込んだのはある意味正解だったかもしれない。家族には一度も勝つ事が出来なかったけれども。
 世の中には魔法を斬るなんて馬鹿げた芸当をする達人もいるらしいが、本当かどうかは知らない。

「抵抗させてもらうぞ? 多少はね?」

 数刻のにらみ合いが続き、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
 実戦は初めてだからな、落ち着けよ俺。

「ガウウ……」

 カサリ、と音を立てて、声の主が姿を現した。

「なんだ?」

 見た事の無い、狼のようなモンスターだった。
 体躯はやせ細り、後ろ脚を引きるようにして、こちらをうかがっている。
 焚き火の明かりでしか判断出来ないが、体毛は黒く、所々に白い毛が流線のように走っていた。

怪我けがしてるのか」

 テリトリーから出てきたのだろうか、それとも怪我をして、仲間に見捨てられたのだろうか。
 少なくとも襲ってくるつもりは無いようだった。

「火が怖くないのか……?」

 足を引き摺りながら、少しずつこちらへ向かってくるモンスターは、焚き火など気にもしていないように見えた。

「グウウ……」
「助けて欲しい……のか?」

 槍を片手で持ち、そろそろと近付いてみるが、威嚇いかくもしない。
 ゆっくりと手を伸ばし、頭を撫でてみる。
 フサフサであろう体毛は血でべっとりと汚れていた。
 このモンスターの血では無いようだ。
 怪我は後ろ脚だけ、後は空腹による削痩さくそうといった所か。

「賢いのか懐っこいのか……分かんねぇ奴だな。モンスターのくせに人間に助けを求めるとか。まぁ旅は道連れって言うしな。これも何かの縁だ、仲良くしようぜ」

 カバンの中から干し肉を出し、モンスターの目の前に放り投げる。
 俺と干し肉を交互に見た後、干し肉にかじり付くモンスター。
 背に腹は代えられないのだろう。
 追加で三本ほど干し肉を投げ、その喰いっぷりを眺めた。

「名前付けるか……? 種類は……狼種だよなぁ……クーガ。なんてどうだ? 空腹の牙で、クーガだ。……ハハ、我ながらひどいネーミングセンスだな」

 苦笑いしながら語りかけるが、当のクーガはまるで聞いていない。
 食った後に襲ってくるかも知れないし、どっかに行ってしまうかも知れないが、俺的にはどちらでもよかった。
 敵対するなら排除するまでだし、去る者は追わず。一人は寂しいので、出来れば連れて行きたいんだけども。

「ん?」

 干し肉を食い終わったクーガは、一つ大きな欠伸あくびをした後、丸くなって寝始めてしまった。
 無用心すぎる。

「お前も疲れてたのか? いいよ、見張りは俺がやっとくからゆっくり寝てろよ」

 もうすぐ夜明けだ、一日くらい寝ずとも平気だろう。
 むしろこれで寝てしまって、永遠に起きられないのは困るからな。

「我ながら……お人好しだねえ」

       ◇ ◇ ◇


 夜が明け、出発の支度したくをしているとクーガが目を覚ました。

「どうするんだ? 行くも行かないもお前次第だけど……って言っても通じないよな。アホらし」

 じゃあな、とクーガの頭を撫で、カバンと槍を手に取り、俺はその場を後にした。
 このペースで行けば、今日の夕刻には目的地に着けるだろう。
 俺は干し肉を齧りつつ、槍を杖替わりにして、黙々と歩き続けた。
 道中振り向くと、一定の距離を保ったまま、クーガが付いてきているのが見えた。
 俺を狙っているのか、干し肉を狙っているのか、あまり良い気分では無い。
 喰われても困るので、手持ちの干し肉を小分けに落として進む事にした。
 結果、クーガはサーベイトに着くまでずっと付いてくる事になった。


 サーベイト大森林は、アルウィン領の北に位置する大規模な森林地帯。
 様々な動植物がみ着き、サーベイト村の近くの森はいこいの場として、一部が開拓されている。
 一方で奥地にはあまり人の手が入っておらず、自然のままの姿を維持している。
 そんな場所を、俺は今訪れていた。

「ホントにここで合ってんのかな……」

 道も無く、木々が鬱蒼うっそうしげっていて、どう考えても人が住む環境じゃなかった。
 森に入って、早二時間ほどが経過している。
 父から受け取った書面には、小一時間進むと到着する、という記載があった。
 迷ったのでは? と思ったが、不安になるのでそんな考えは捨てる。
 そして、不安を吹き飛ばすように大声を張り上げた。

「すーいませーーん! 誰かいませんかーーー?」
「ここにおるでな。デカい声出さんでも気付いとるよ、お前さんがフィガロじゃな? そんなに魔力をれ流さんでも分かるわい」
「はぁん!?」

 背後から聞こえた突然の声に、慌てて振り向いた。
 そこには、身のたけは一七十センチほど、赤色のとんがり帽子を被り、何年っていないのかと問いたくなるほどの、立派な口髭くちひげを生やした渋面の老人が立っていた。

「はぁん、じゃないわい。さっさとその物騒な魔力を引っ込めんか。森がおびえとるじゃろ」
「と、言われても……えっと、貴方が私の里親の……?」
「クライシスじゃ。気軽にクラじいと呼んでくれて構わんぞう。ほれ、ピースピース」
「お初にお目にかかります、私……えっと……フィガロと申します。家名はなく、ただのフィガロでございます。この度は、不肖の私の身柄を預かっていただけるという事で……」
「あーいい、いい! そういう堅っ苦しいのは無しじゃ! そもそもお前さんもう貴族じゃ無かろーて。一般ピーポーはそんな仰々ぎょうぎょうしい挨拶せんわ」
「いや……しかし……その……」
「苦い顔しとるなぁ。そりゃ十五年も貴族やってりゃ簡単には抜けんよなぁ。ま、気楽にやっとくれ、キラークにな。ほれ、ハイタッチじゃ! これくらいは出来よう?」

 クライシスと名乗った老人――クラ爺の勢いにまれて手を挙げると、スパーンという小気味よい音が森に響き渡った。
 渋面の老人が陽気にハイタッチを求めてくる絵面えづらもそうだけど、こんなに気楽に接してきた他人は初めてなのでかなり戸惑った。

「ほっほっほ、良いてのひらだのー! さて、立ち話もなんじゃし帰ろうじゃないか」
「帰るって……どこに……」
「アホかお前さんは。家に決まっとろうが」
「あ……はい、そうですね」

 俺の返事を待たずしてクラ爺はさっさと行ってしまった。
 また迷子になっても困るので急いで付いて行くのだが、そこで衝撃的な光景を見た。
 この老人、見た目はかなりの高齢なのだが、歳を感じさせない身のこなしとスピードで、道無き道をヒョイヒョイと進んでいく。
 傾斜が七十度はありそうな斜面を流れるような動きで駆け上がり、常人ではあり得ない動きで木々の枝から枝へと跳んで行くのだ。
 地面に足をつけている時間の方が少ないんじゃないか、と思うほどの移動スピードだった。並外れた体幹と身のこなしが無ければ出来ない芸当である。
 アルウィン家できたえ抜いた俺の肉体をもってしても、クラ爺が通過した場所を見様見真似みようみまねで付いて行くのが精一杯だった。
 魔法が使えないかわりに、肉体は結構鍛えてきたつもりだったのに、その自信が見事に砕け散った。
 あの動きは並の戦士なんて目じゃない、クラ爺は確実に達人の域に到達している。
 アルウィン家の皆が一斉に攻撃したとしても、笑ってかわすのは確実だ。
 なんなんだこの爺さんは。

「なんじゃあ、だらしないのぅ。最近の若者はこれだからイカン」
「す、すみ……すみません……。お言葉、ですが、老公が……速いの……では……」
「馬鹿言うんじゃない。ワシぐらいの老骨に追いつけんでどうする? お前さんに付いてきたあのデッドリーウルフの方がよっぽど速いぞい? 獣風情ふぜいに負けるとはのう」
「申し、わけ、ありません……て、デッドリーウルフとは?」
「ん? お前さんのペットじゃないのか? 模様もようが若干異なっとるが、ありゃあ絶対にデッドリーウルフじゃの。あんな狼を連れとるもんじゃから、少し期待したんじゃがのぉ……残念無念また来年じゃな」

 やっとの思いでクラ爺に追いついたそばから、そんな事を言われた。

「その狼は――」

 息を整えた後、俺は狼と出会った経緯いきさつを話したのだった。
 デッドリーウルフはアルウィン領より遥か北方、けわしい山々が連なるザガート高地に棲息せいそくすると言われる狼種のモンスターだ。
 その身体能力と知能の高さから、強力なモンスターがはびこるザガート高地の、生態系の頂点に君臨している。
 並の戦士や冒険者では歯が立たないほどの強さで、基本群れで生活しており、一匹で遭遇する事はまず無い、とクラ爺は言った。

「お主、よう食われずに生きとったな……」
「はは……ホントですね……でもどうしてアルウィン領に、しかも一匹で」
「何かの理由で群れを追われたか、リーダーの座を奪い合って負けたか……こればっかりは分からんのう」

 彷徨さまよっていた理由は分からないが、付いてきた理由はなんとなく分かる、と言うのがクラ爺の見解だった。
 その旨も含めて色々と話を聞きたいからさっさと家に入れ、と言われたので、挨拶もそこそこにお邪魔じゃまする事にした。
 ちなみにクーガは家の反対側にある巨大な岩の上にせていたが、視線はしっかりと俺に向けられていた。


       ◇ ◇ ◇


「はぁん!? お前さんそれ本気で言っとるのか!?」
「え? あ、はい。何か可笑おかしかったでしょうか」
「おかしいも何も無いわい。お前さんよう今まで生きてたのう……」

 荷解にほどきを終えた後、きしむ椅子に腰掛けてクラ爺の入れてくれた紅茶をすすりつつ、俺のちをある程度話した。
 クラ爺が唖然あぜんとした顔でこちらを見ているのだが、理由が分からない。
 その後、クラ爺による徹底的な身体検査が行われた。
 この世界の大気には様々な物質が含まれていて、大別すると【空気】【魔素】の二つ。
 世界に存在する多種多様な生物の全てが、その恩恵にあやかっている。
 生きるために空気を吸い、魔素を体内に取り込む事で魔力へ変換し、その力を以て魔法を行使する。
 それら二つは細胞単位で溶け合っており、どちらかが欠けると、生命活動を維持出来なくなってしまう……というのが、クラ爺のご高説だった。
 この大前提を基に、俺の体の説明だ。
 俺は幼い頃から魔力を練る事が出来ないという欠陥を持っていて、あらゆる治療を試みたが結果は変わらずだった。
 唯一分かったのが、魔素経絡のゆがみからくる魔素供給不全という事だけだった。
 いつしか俺はれ物扱いされ、屋敷の中で軟禁なんきん状態で生かされていた。
 けれど魔法を行使出来ない事以外は、常人と変わらない生活を送れていたのだ。
 剣術に優れた兄から毎日指導を受け(いつもボコボコにされたが)、頭脳明晰めいせきな姉に座学を教わって、半泣きになるほどの課題を毎日出された。
 二人いわく、『ずっと家にいるんだから、多少の無茶は出来て当然』だそうだ。
 ――こんな話をした直後の反応が冒頭のものだ。
「魔素を取り込めないっちゅう事は死ぬと同義じゃぞ。けれどお主は生きちょる、その判断を下した奴がヤブなんじゃよ。うむ、絶対にヤブじゃ、間違いない」とブツブツ言っていた。
 身体検査はそこそこの時間がかかった。
 水晶のような物を握らされたり、皮膚ひふを少し取られたり、重りを持ち上げさせられたり、血を採られたり、切り傷を付けられたりと結構な目に遭った。
 そして出た結果は――。

「うむ、間違いない! お主は人間じゃない!」

 というトンデモ発言だった。

「ひどい!」
「冗談じゃよ、まぁあながち嘘でも無いがな。検査の結果じゃがのう……全ての値がめでたく異常値を示しておるよ。ホッホッホッ」
「異常なのは嫌というほど存じております。でも、それで終わりではない、ですよね?」

 検査を受けながらクラ爺の事はよく見ていた。
 聞いた事の無い様々な魔法や、見た事の無い魔道具を使いこなすこの老人が、一般人と同じ結果を出すとは到底思えなかったのだ。

「ふむ。よいか? 心して聞くのじゃ。これから話す事は全て真実じゃ」
「分かりました」

 クラ爺の説明はこうだった。
 大気中の魔素を取り込むための魔素経絡の数が、俺には一般人の十倍ある。ゆえに取り込める量も一般人の十倍、その気になればそれ以上も可能らしい。
 そして吸収と同時に放出も行っており、放出する魔素の量は取り込んだ量の数倍だという。
 これがまず、一つ目の異常。
 常人は体内の魔力総量が満たされた場合、魔素経絡が自動的に閉じ、総量が減ればまた経絡が開いて、大気中の魔素を吸収する。
 無意識に倍以上も魔素を放出するなど、見た事も聞いた事もないらしい。
 そして二つ目。体内に貯蔵された魔力は絶えず循環じゅんかんしていて、細胞の活性化を行っている。これは万人に共通する事だ。
 魔力が循環しない細胞は驚異的なスピードで老化し、最悪の場合、魔力がりず魔力欠乏けつぼう症となり、死に至るという。よって、魔力を練れない俺が生きている事自体が異常、という事になるのだ。
 三つ目。これは二つ目と矛盾むじゅんするのだが、俺の体内には魔素が満ちていた。
 魔力では無く、魔素である。
 通常であれば取り込んだ魔素を体内に循環させ、細胞と馴染なじませる事により魔力が生まれるのだが、俺の保有する魔素は細胞と馴染なじむ事もせず、体内に存在していた。
 これが、俺の存在を異質たらしめている原因でもあった。
 四つ目、驚くべき事に皮膚ひふや爪、血液、頭髪に至るまで、通常では出るはずの無い全ての箇所から魔素反応が出たと言う事。もはや意味が分からない。

しおりを挟む
感想 116

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。