欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二四四話 シキガミ、王城を行く

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 前に突きだした拳を引っ込め、回収してあった木像へ魔力を注ぐ。
 全身から緩やかに魔力が流れ出て、手のひらに置いた木像が淡く輝きだした。
 始めは戸惑ったシキガミの操作も今では大分慣れてきた。
 私の魔力をたっぷり吸ったシキガミは徐々に姿を変えていき私の望む将来の姿が形取られた。

「うん。今日もいい出来ね!」

「これはなんとも……初めて見る術ですが実に不思議だ」

「ふふ、私にしか使えない秘術ですので。この事は他言無用でお願いしますね?」

「は! このアストラ決して口外しないことをお約束いたします!」

 大人の私を象ったシキガミの視野と同調し、体が問題なく動くことを確認、目を瞑り座り込んでいる私自身を見つめた後、その横で支えてくれているフィガロへと視線を移した。

「大丈夫そう?」

「うん、平気よ。フィガロが来てくれるまでシキガミちゃんも頑張ってくれたんだよ」

 あの時、フィガロがシキガミを投げるといった意味が理解できなかったが、それでもフィガロを信じて魔力を送り続けた。
 そしてシキガミは私の魔力に応え、窮地にいた私達の下に颯爽と現れてくれた。
 この人はいつだって常識を超えたことをして驚かせ、安心させてくれる。
 とっても近くて、でもとっても遠い存在。
 優しくて強くて私にとっての英雄さん、今はそこで私の頑張りを見ていてね。
 私はそんな事を思いながらフィガロの頬を撫で、ゆっくりと歩き出した。
 地下牢区画から地上階へ上がり、居場所を知っていそうな人物を求めてさ迷い歩く。

「ううん……びっくりするほど敵が居ないわね……クライシスさんの陽動が効いているのかしら? でもあれってば陽動っていうより総攻撃って感じがしないでもないわね。相変わらずあの二人は規格外だわ」

 外の様子を見ながら慎重に場内を歩いていく。
 ときおり城に響く音からすると散発的に攻撃が続いているのは分かるが、クライシスさんのやりすぎで城が崩壊しないかが心配だ。
 こつりこつりと鳴るブーツの音がやけに大きく聞こえ、心臓の鼓動もいつもより激しい。
 いくら死なないと言っても緊張するものは緊張するんだ、仕方がない。

「おいお前」

「ひゃっ!」

 心臓が口から飛び出るかと思った。
 背後からかけられた男の声に驚き無様な声をあげてしまった、恥ずかしい。
 だが声を掛けられたということは見つかったということ。
 ここが正念場であり、信用してもらえるよう言動は注意すべきだ。

「は、はい! なんでしょうか!」

 慌てず焦らず自然な動作で振り向いて少しだけの微笑みを浮かべる。
 笑顔を作る演技は十八番だ。これはお父様にも褒められた自慢の特技であり、幼少期から培ってきた努力の賜物でもある。

「お前……どこの担当だ? 今は非常事態だ、出来れば手を貸してくれ」

「あ、えっと、その。実は城内で迷ってしまいまして……なにぶんここに来たのは初めてなので」

「なんだよ。おまぬけさんか? ん? お前どこかで会ったか?」

「いえ! 初めましてです! こんばんは!」

「だよな。お前みたいなべっぴんさん一度会ったら忘れられないもんなぁ!」

「あ、ありがとうございます?」

「まぁいい。どうせお前は警備とかなんだろう。革命戦争のために義勇軍や傭兵をかき集めたはいいが人数が多すぎてな、こっちも把握しきれてないんだわ。すまないな、とりあえずついてきてくれ」

「あ、はい!」

 そういうと男は踵を返しさっさと行ってしまう。
 完全に会話のペースを持っていかれてしまい、聞きたい事も聞けなかった。
 だけど把握しきれていないのは逆に好都合でもある、よね?
 こんな事になるならきちんと交渉術も勉強しておけばよかったな。
 
「こっちだ。負傷兵の手当てを頼む。治癒魔法士は全て前線に持ってかれちまってな、お前治癒魔法は使えるか?」

「た、多少は……あの、一つ気になったのですがいいですか?」

「おん? どうして、言ってみろ」

 負傷兵が集められているのであろう部屋の扉に手を掛けた男が、顔だけをこちらに向けて聞いてきた。

「えっとこの国の王様やランチア魔道王朝の王様を捕らえたと聞いたのですが本当ですか?」

 質問を言い切ってから喉がごくりと鳴った。
 なるべく怪しまれそうにない聞き方をしてみたのだが、大丈夫だろうか。

「あぁ。そのことか。どこでもその話題だな……確かにまぁ、二つの国の王を人質にってのは中々出来ることじゃないしな。その話は中に入ってからだ、治癒しながらでもいいだろ?」

「はい、かまいません!」

 呆れたように答えた男の顔に不信感は見受けられず、自分の質問が結構タイムリーな話題に乗っかった事も上手くいった一因だろうな。
 男が扉を開けると、そこは恐らく晩餐会やパーティなどで使われていたのであろう大きな広間に出た。
 広間には布が敷かれ、床の踏み場も見えないほどに負傷者たちで溢れかえっていた。
 あわせて広間に充満する血の匂いや死臭が鼻を突き、思わず手で口と鼻を覆ってしまった。

「うぷっ……」

「大丈夫か? ここは特に重症な奴らが集められてる、どいつもこいつも最前線で戦ってくれた猛者達だ」

 シキガミの体でも五感はあるので臭いを感じるのは当たり前だけど、まさか吐き気まで感じるとは思わなかった。
 確かにアルピナさんは慣れてくれば痛み以外の感覚は全て感じ取れるようになる、とは言っていたけどここまで忠実に感じ取れるとは思わなかった。
 こみ上げる吐き気をなんとか抑え、指示された負傷者の横に座った。
 呻き声があちこちから聞こえ、目の前に横たわる人は腕が片方無くなっているし、片目も潰れてしまっている。
 お父様達の情報を得るために敵を治してしまっては元も子もないとはおもうけど、これもお父様のため、ランチアのためと割り切り血に濡れた包帯の上から手を当て、治癒魔法を唱えた。
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