欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二四三話 政治犯

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「どなたか国王陛下とドライゼン王陛下がどちらに囚われかご存知の方はおられるか?」

 抜き身の剣を引っさげ、一つずつ牢の中を確認したアストラが声を抑えて問い掛けるが返答は無い。
 出してくれれば一緒に探してやる、などと戯言を放つ輩もいたがアストラが睨み付けるとあっさり大人しくなった。

「貴様! 顔は覚えたぞ! この私を助けなかった事を後悔するがいい!」

 などと発言するのは頭の禿げ上がった肥満体型の男。

「この私に政治犯の冤罪を被せるなぞ、奴ら絶対に許さんぞ!」

 なるほど、ここにいる人達は政治犯として収監されたっぽいな。
 大方国の秩序を乱す原因だなんだという言い分なのだろう。
 しかしこの男の態度を見る限り、革命軍の目も節穴じゃないとみえる。

「行きましょうフィガロ様。まだ別の区画があります、そちらへ向かいます」

「ね、ねぇ、この人達を脱出させたら革命軍ももっと困るんじゃないかしら? 死ぬのが怖くない人達みたいだし」

 シャルルが案外下衆な提案をしてきた事に驚いたが、悪くない案かも知れない。
 
「いや、それは止めた方がいい」

 シャルルの案に傾き掛けた時、背後の牢の中からしわがれた声が低く聞こえ、思わずそちらに顔が向く。

「脱出できたという事は手引きをした者がいると思われるのが自然。そうなると城内にいる手引き者を探す人手が回されるぞ? 外が騒がしいようじゃが……どうせお前さんらの仕業じゃろ?」

「あなたは……! 魔導師長様ではありませんか! 先程見た際ここには誰も……」

「ふん、はなたれ小僧を欺くくらい容易い事よ。そんなわけじゃから止めた方がいい」

「でも何故貴方ほどの方が易々と囚われたのですか」

 アストラが鉄格子越しに魔導師長と呼ばれた老人と会話を始めた。
 
「話すと長い。お前達はさっさと陛下を探しにいけ」

「しかし!」

「構わん。ワシはいつでも自力で脱出出来る、急げ。敵さんは何やら不穏な事を考えておるようじゃぞ」

「くっ……わかりました、それでは」

 しっしっと手をひらひらさせる魔導師長に敬礼をし、踵を返したアストラに続いて俺達は別の区画へと移動を開始した。
 地下牢は八つの区画に分けられており、通路の各所に兵の詰め場があるがそのどれも無人となっている。
 八つの区画を周り切ったがロンシャン連邦国王アーマライトとドライゼン王の姿は無く、牢には政治犯として投獄されたのであろう身なりの良い人達がいるだけだった。
 そこでも王の居場所を聞いてみたが、知っている人間は誰もいなかった。
 シャルルは区画を回る毎に顔をひきつらせ、瞳に悲しみの色が濃くなっていく。
 大丈夫だと言い聞かせながらシャルルの手を強く握るものの、俺自身にも焦りが生まれ始めていた。

「フィガロ様、一つ私に考えがあります」

「なんでしょうか」

 そんな時、アストラが何かを決心した表情で俺を見た。

「敵に聞いて参ります」

「正気ですか? ここは敵陣のど真ん中ですよ?」

「だからこそです。幸いにも私は敵に顔が割れておりません。騎士団長が裏切り、それに賛同した兵達もおります。ダメなら切り捨てるまで」

「確かに敵ならどこに王様達を捕らえているか分かるとは思いますけど……」

 アストラの考えは単純だが、最も情報を得られる確率の高い作戦だ。
 しかしそれは同時にアストラの命を掛ける事でもある。
 どうするべきかと悩んでいると、シャルルが俺の袖をクイクイと引き何かを言いたそうにしていた。

「どうした?」

「私のシキガミちゃん、使えないかな?」

「シキガミ……そうか!」

 俺の耳元で囁かれた提案、シキガミを使えば命の危険もなく情報を抜き取れるかもしれない。
 お狐様とは別バージョンの大人シャルルであれば怪しまれることも無いのではないか。

「アストラさん、それはシャルルに任せてみませんか」

「シャルルヴィル殿下に!? フィガロ様は血迷われたか!」

「いえ、シャルルの力で分身体を作り、それを接敵させます。仮にバレたとしてもシャルルには何の被害も出ません」

「なんと……! 殿下にはそのようなお力が!?」

「はい。私の力であればアストラさんが危険を犯す心配もありません」

「ですが……」

「私の前で死ぬ事は許しません。ランチア魔導王朝第一王女の名において貴方に命じます。もう一度言います、これは命令です。よろしいですね?」

 これは被害国の王女に頼める案件なのかと決め兼ねるアストラへ対し、シャルルがいつも違う強い口調で言い放った。
 それはまるで細く鋭いレイピアを想起させるほどのもの。
 初めて見る剣幕だが、これが一国の王女の威厳なのだろう。

「は、ははぁ! 殿下の仰せのままに!」

 凛とした口調と共に纏う気配はやはり王族独特のものであり、シャルルへ向けて跪くアストラを見ると、彼女はやはり一般人からは遠い存在なのだと改めて認識させられる。

「それじゃ、やりましょ!」

 レイピアのような気配から一転、シャルルは握りこぶしを俺達の前に突き出してニッコリと笑った。
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