欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第六章 迷宮編

二二六話 鑑定士

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 支度を終えた俺とコブラは朝日も眩しい中、クロム邸へと赴いていた。
 
「これはこれはフィガロ様にコブラさん、よくぞおいで下さいました。こちらでお待ち頂ければと思います」

「アポも無しに申し訳ございません。火急の用事がありまして」

「いえいえ! フィガロ様であれば何の問題もございません。それでは」

 執事は俺とコブラを客室へ通した後、執事のお手本のような礼をして退室した。
 しばらく寛いでいると扉がノックされノリのしっかりのった礼服に身を包んだクロムが姿を現した。

「おはようございますフィガロ様。実にお早い」

「あはは……無礼は承知の上です。申し訳ございません」

「かまいませんよ、爵位で言えばフィガロ様の方が上なのです。謝罪するほうがおかしな話です」

「そうは言ってもですね……」

「まぁまぁ、そういった細かい話は置いておいて、火急の要件とは一体?」

「その前に一つだけ、不謹慎なことかとは存じますが……息子さんの件、残念です」

「あぁ……すみません、お気を使わせてしまいまして」

 これだけは言わなければならない。
 今は亡きクロムジュニアとこの屋敷で接した時間はほんの数分でしかない。
 しかしクロムの前で接しているのだ、ねぎらいの言葉をかけない訳にはいかない。
 
「その件はお世話になりました。コブラさんも屋敷の周辺警備、ありがとうございました」

「いえ、私は礼を言われるような筋合いはありません。全てコブラの功労の賜物ですよ」

 クロムが姿勢を正し、俺と俺の背後に立つコブラへ深々と礼をした。
 事件後に行われた周辺警備はコブラが機転を利かせてくれたのだ、実際俺は何もせず惰眠を貪っていただけ。
 
「暗い話はこれで。フィガロ様の本題へ移りましょう」

「はい。まず一つ目、クロムさんが手をかけて頂いた古物商の件でご相談がありまして……実は我が家にもかなり年代物の家具などがあるのですが、それらの目利きをして頂ける鑑定士を紹介して頂きたいのです」
 
「ほう……なるほど」

 要件を切り出した途端、クロムの穏やかな瞳に鋭さが灯ったのは見間違いや気のせいではないだろう。
 トロイが始めた商売の後ろ盾になってくれているのはありがたいのだが、極端に言ってしまえばこの件でクロムには一つの貸しがあるという事に他ならない。
 ワインの礼だから気にするなと言われたらしいが、だからと言ってはいそうですかと納得するわけでも無い。 
 俺が直接言質を取ったわけじゃないのだから、突然対価を請求してくる可能性もある。
 それに加えて今回の紹介の話だ。
 何かしらの対価を要求してくるだろうとは思うのだが……いかんせん俺は腹芸が得意ではないし、腹芸をするための知識もない。
 クロムを信用していないわけじゃないのだが、全てを信用するわけにもいかない。
 貴族という存在は甘く狡猾な罠でじわじわと首を絞めにくる、とよく父から脅されていたからな。
 
「はい。いかがでしょうか」

「分かりました。他ならぬフィガロ様の頼みでございます、無下に出来るはずがありませんよ」

「即答ですね。もう少しこう、色々ありそうだと覚悟していたのですが」

 俺としてはもう少し考えこんだり、なんらかの交渉材料にされるものかと思っていたので拍子抜けしてしまった。
 瞳に宿る鋭さは消えていないが悪意が込められている様子もない。
 
「はっは! 私も随分と侮られたものですな! 鑑定士を紹介する代わりに何か寄越せと私が言うとでも?」

「はい。正直なところそう思っておりましたよ」

「これは手厳しいですな。初の会食で今では手に入らないとされる幻のビンテージワインを持ち込まれたのですよ? あんな事をされてはこちらから何かを請求するなど恐れ多い。あまつさえ息子が没した際の迅速な人員手配、お見事というほかありません。それに……」

「それに?」

 今、僅かではあるがクロムの視線が俺からコブラに移動したような気がした。
 何かを言いたそうな気配を感じ取り、口をつぐむクロムをじっと見る。

「いえ、そのお話は後ほど。つまるところ私はフィガロ様へ多大な恩義を感じております。ワイン好きとしてそれなりに名の知れた私への土産としてあらかじめ準備していた物かも知れませんが、その効果は抜群でしたよ? はっはっは!」

「あはは……」
 
 豪快に笑い飛ばす話の内容にかなりの誤差があるのだが、そこは突っ込まない方向でいこう。
 実は適当に、よくわからない飲めるかもわからない古びたワインをコレクションがわりになるだろう、とか思って持っていったなんて口が裂けても言えない。
 だがどうやらあのワインには相当な実力があったらしい。ワイン一本でここまでとは……お酒というのはそこまで奥が深いものなのだろうか。

「という訳で鑑定士の方は後日フィガロ様の邸宅へ伺わせますので宜しく願い致します」

「あ、はい! すいません無理を言ってしまって」

「構いませんとも! それと……話はかなりずれてしまうのですが……コブラさんにお話が」

「はい?」

 今度はしっかりと背後に控えるコブラへ視線を移し、クロムの表情が少し緊張した面持ちへと変化した。

「あなたの付けているネックレス、見せて頂いてもよろしいですかな」

「ネックレス、ですか?」

 唐突に話を振られたコブラが戸惑いながらも胸元に下げたネックレスを取り出してクロムへと渡す。
 それを受け取ったクロムの表情は劇的な物だった。
 念入りにネックレスをこねくり回し、何かを堪えているように唇を噛み締め、目元はなぜか少し潤んでいる。
 失ってしまった懐かしい思い出を再び手にしたかのような、切なく喜びに満ちたそんな表情だ。

「コブラさん、これをどこで?」

「これは……その……」

「すみませんクロムさん、今までのお話とそのネックレスに何か関係が?」

 どう答えていいのかわからず口ごもり、俺の肩口をキュッと掴んだコブラに助け舟を出す。
 クロムが考え無しにこのような事をするとは考えにくい、何かしらの思惑があるはずなのは分かるのだが、それが何なのかはさっぱりわからない。

「す、すみません。ちょっと気になる事がありまして……言いにくい事でしたら申し訳ない、忘れて頂きたい」

「仰ってください。申し訳ありませんが、うちのコブラをお貸しすることは出来ませんよ?」

「んなっ! まさかまさか! あろうことかフィガロ様の従者を夜伽になど!」

「冗談ですよ。クロムさんがどこか思いつめているように見えたので、つい」

「ふぅ……フィガロ様は手厳しいお方だ。一五歳の言葉選びとは思えませんぞ?」

 わたわたと面白いぐらいに動揺したクロムが、目元からずり落ちそうになる丸メガネを指で押し上げて引きつったように笑った。

「コブラさん、少し席を外して頂いてもよろしいですかな?」

 ネックレスをコブラに返しながら、クロムが神妙な面持ちでそう言った。
 
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