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2巻

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 第一章 鬼のほこら


「モニカ、あとどれくらいだ?」

 今俺達はギルドの印が入った馬車に乗り、何もない平原をかっぽかっぽと進んでいる。

「うーん……恐らくあと二日はかかるかなぁ、アダムさん」
「遠いなぁ……」
「そうだね。王都を出発して今日で二日、ちょうど半分だね」

 ストームドラゴン襲撃による甚大な被害から王都が復旧し、日常を取り戻した俺達に、二日前、ギルドマスターのグラーフがとある依頼をしてきた。
 目的地は港町みなとまちオリヴィエ。
 依頼内容はそこにある封印ふういんの祠におもむき、封印の調整を行うというものだった。
 なんでも年に三回、同じ事をしているらしいのだけど、今回に限って、いつも頼んでいる冒険者と連絡が取れなくなってしまったんだそうだ。
 馬車に揺られてのんびり行く必要もないと思ったのだけど、このギルドの馬車に乗っていけば町に入るためのめんどくさい手続きをせず、ストレートに中へ入れるらしい。
 こうして俺達は馬車に揺られ、遠路遥々えんろはるばるオリヴィエへと向かっているのだった。
 港町オリヴィエ。人口は多くなく、住民のほとんどが漁業や海産物の養殖ようしょくなどで生計を立てている、いわゆる漁師町のような所だ。
 小さな町ゆえに冒険者ギルドは存在しない。冒険者ギルドの支部が設置されるのは、もっと人口の多い中規模都市以上となる。
 オリヴィエに到着し、その足で町長であり、今回の依頼主でもあるバーニア子爵の屋敷へ向かった。

「すみません。冒険者ギルドから来た者ですが」

 バーニア邸の前に立つ警備兵にそう伝えると、屋敷の玄関に通される。待つ事数分。

「お待たせしました。私がバーニア家当主、カイゼル・バーニアです」

 身長が高くがっしりとした体つきの男性が俺達の前に現れた。華美かびな貴族というよりは、武を重んじるタイプの雰囲気をかもし出している。

「はじめまして。S級冒険者アダムです」
「A級冒険者リリスですの」
「同じくA級、モニカです」

 俺達の自己紹介を聞くと、バーニア卿は一度全員を値踏みするように視線を巡らせた後、柔らかな笑みを浮かべた。

「貴方達がうわさのアダムさんとリリスさんですか。そして教皇様より直々に″聖女せいじょ″の称号をたまわったモニカさん。この度は遠路遥々よくおいでくださいました」

 バーニア卿に連れられて応接室に入ると、早々に今回の依頼の話が始まった。

「皆さんに向かってもらう封印の祠ですが、正しくは“封妖屍鬼ふうようしきの祠”と言いまして、約二百年前に建てられた洞窟型どうくつがたの祠です。洞窟の最奥が封印の場所になっております。洞窟内にはモンスター避けの結界が張られているので、中にモンスターが出る事はありません」
「俺達は封印の調整と言われてきたのですが……結界を張り直すだけですか?」
「そうですね、洞窟内の結界を確認していただいて、結界維持のため、護符を貼り替えて欲しいのです。それと、最奥にある祠に封印のために嵌められている魔晶石ましょうせきを入れ替えて欲しいのです」

 そう言ってバーニア卿はテーブルの上に五つの魔晶石を置いた。
 一つ一つ色が異なっており、石の中には小さな炎のような揺らめきがあった。

「祠の周囲には〝トーロウ〟という封印術を構築する柱のようなものが置いてあります。その中の魔晶石をこれと取り替えて欲しいのです」
「分かりました」
「綺麗ですわね」

 テーブルに置かれた魔晶石をうっとりするように見つめるリリスとモニカ。

「はっはっは、そうでしょう。この魔晶石は特別製でしてな。見た目だけでなく、そこらのものより遥かに強力なものなのですよ」

 二人がこういうのに興味があるのは初めて知った。女性は皆光り物に弱いって本当なんだな。

「作業内容は把握いたしました。それで……ちょっとした疑問なのですが、その封妖屍鬼の祠には何が封印されているのですか?」

 ここに来てまた“鬼”。“鬼岩窟きがんくつ”といい“鬼神剣きしんけん”といい“鬼王姫おにおうき”といい、つくづく俺は鬼に縁があるな。

「この地に封じられている存在、その名は〝ヤシャ〟」
「……ヤシャ、ですって?」

 バーニア卿が告げた名に反応したのは、意外にもモニカだった。

「知っているのか、モニカ」

 俺とリリス、そしてバーニア卿の視線が一気にモニカへ集中する。

「はい。聞いた事があります。悪鬼羅刹あっきらせつ鬼童丸きどうまるとも呼ばれていた魔獣ヤシャ。確か伝承はこうです……二百年前、各地で暴れ回った鬼のような魔獣ヤシャがおりました。闇の中の暗闇から這いずり産まれたヤシャは村を焼き、国を滅ぼし、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず食らい漁り、その力を増していきました。特に女子供おんなこどもの血肉が好物。食らわれた者のしかばね仮初かりそめの命を与えられゾンビとしてヤシャに使役しえきされる。好き放題に暴れていたヤシャですが、人間達により、あらゆる手段とあらゆる知恵を用いて追い詰められ、とうとう力尽き、封印される事になったのです。ただ、弱ったとはいえ強力な存在で、頭、胴体、右腕、左腕、右足、左足、尾、心臓の八つに分け、それぞれを八つの宝珠に封じるのが精一杯だったと……」
「さすがは聖女様、ご存じでしたか。このオリヴィエの近くには、その一つ、頭部の宝珠が封印されております」

 鬼。
 オーガやオーク、トロール、巨人族の始祖など様々な説のある魔人の一種。
 その類稀たぐいまれなる膂力りょりょくは大木をぎ倒し、岩をも砕く。
 一つ目、二つ目、つ目につ目など、個体ごとに様々な身体的特徴を持ち、それぞれが強大な力を有するとされる。
 古今東西様々な伝説に登場したり、土地ごとの逸話に登場したりと、広く知られた種族だ。
 そして俺のスキル【万象ばんしょう宝物庫ほうもつこ】の中に作った、サーヴァント達の部屋となる厩舎きゅうしゃの中には鬼王の娘、鬼王姫ミミルがいる。
 ミミルは見た目こそ華奢な少女だが、その実力は半端じゃない。
 強靭きょうじんな生命力と脅威的な戦闘能力は端倪たんげいすべからざるものがある。
 そして歩く人間射出台、我らがテロメアもS級ダンジョン鬼岩窟でボスを務めるほどの猛者もさ

「リリスは……知らんよな」
「はい。二百年前は私、眠りについておりましたので」
「でも、鬼のような魔獣ってのはどういう事なんです? 鬼ではないのですか?」

 モニカが小首をかしげながらバーニア卿に問いかけた。

「文献を見る限り、容姿は鬼と蜘蛛くもと獣を足したようであったとあります。鬼と獅子を合わせたような頭、巨大な蜘蛛の胴体からは鋭く尖った蜘蛛の足が八本、そこに人型の上半身から生えた鬼の手が四本。尻尾には三体の大蛇が生え、その大蛇の頭も鬼の顔をしていたそうです」

 なんだよそれ、話を聞けば聞くほど、俺の中で化け物が出来上がっていくんだけど。蜘蛛の体に鬼の手、尻尾から生えた鬼の顔がだいぶインパクトがデカイ。

「大きさは約二十メートル」

 デカいわ!
 インパクトだけじゃなく、存在そのものがデカかったわ! テロメアが四メートルくらいだから……テロメアの五倍か、デケェ。

「ヤシャの他の部位はどこに封印されているのですか?」

 とモニカが聞くが、バーニア卿は困った顔をしてから首を振った。

「全ての場所は私にも分かりません。封印の管理者達はその昔、それぞれの宝珠を持って別大陸へと散って行きました。私に分かるのはこの大陸にはあと一つ、宝珠が眠っているという事だけです」
「世界中に分散すればその分、悪意のある者の手に渡るリスクを軽減出来る、という事かしらね?」

 珍しくまともな事を言うリリス。
 人を食べて力を増す魔獣ヤシャ、さらに、ヤシャに食べられた者はゾンビとして人間に牙を剥くのか。命を食らい、不死の眷属を増やしていく、まるで不死者の王と呼べる存在だな。

「話が逸れてしまいましたね。では、よろしくお願いします」
「分かりました」

 テーブルの上にある五つの魔晶石をバッグに入れ、俺達は席を立つ。

「あの、すみませんバーニア卿」
「何か?」

 部屋を出ようとした所、モニカがふと立ち止まってくるりと後ろを向いた。

「バーニア卿、最近お体の調子が優れないとか、疲れやすいとか、そういう感じ、ございますか?」
「いや? 何も変わらないですが」
「そうですか……いえ、変な事をお聞きして申し訳ありません。失礼します」
「いえいえ、依頼の件、よろしくお願いしますね」

 部屋を出る前にそんな会話をして、俺達はバーニア邸を後にした。


「モニカさん、いきなりどうしたんですの?」

 堅牢けんろうそうな門を抜け、屋敷から少し離れ、海が眼前に広がった頃、リリスが口を開いた。

「え? あぁ、さっきの事?」
「ですわよ。体調がどうのとか」

 俺が見た感じ、バーニア卿は不健康そうには見えなかったし、どちらかと言えば健康そうな御仁ごじんだったけど。

「なんていうのかな……バーニア卿から少し、を感じて」
「良くないもの?」
「うん。呪いとか、そういう類の良くないものじゃないんだけどね。暗いかげっていうのかな、そういうのを感じたから、ちょっと聞いてみたの」
「暗い陰、ねぇ。俺は全然感じなかったけどな」
「同じくですわ」

 リリスも俺と同じく、は感じなかったようだ。

「多分、普通の人には分からないレベルの微少なものだったと思う」
「モニカの半分はユニコーンだもんな。やくみたいなものに敏感なのかもな」
「厄……かぁ。初めて感じるものだったから正体が分からないや」

 ユニコーン、その清く高貴な魂は、同じく清く高貴な魂を好む。
 聖なる力は強大であり、かつ獰猛さと勇敢さを併せ持つとされ、七つの大罪の一つ、憤怒ふんぬの象徴とされる事もある伝説の幻獣。
 その伝説の幻獣の魂が、消えかけていたモニカの魂の半分を担っている。そんなモニカだからこそ、バーニア卿の些細な異変に気付けたのだろう。

「でも、勘違いだったみたいだけどねーへへ」

 拳を作り、コツンとこめかみを叩く仕草をしてモニカが控えめに笑う。

「そうだといいが……まぁ、とにかく、さっさと終わらせて王都に帰るとしよう」
「えぇ!? すぐ帰るんですの!?」

 俺の提案に、きりりとした瞳をさらにきりりとさせたリリスが異を唱えた。

「え、嫌なの?」
「嫌ですわ!」
「即答かよ!」

 リリスはきっ、と俺を正面から見つめ、その美しい顔をしかめる。

「当たり前ですわ! アダム様! ここがどこかお分かりですの!?」
「お分かりですのって、港町オリヴィエだろ」
「そうですわ! 港! 海! オーシャン! キャモメが鳴き、白いしぶきを伴った波が、きらめく砂浜に寄せては返す。雲一つない晴れ渡った空には、さんさんと輝く太陽! そしてブルースカイが広がっているのですよ!」
「お、おう」
「分かりますかアダム様!」

 リリスは拳を握りしめ、凄い剣幕で詰め寄ってくる。言ってる事は理解出来るし、確かに俺達の目の前には砂浜が広がっているし、波も寄せては返しているけども……

「海に来て仕事だけしてさらっと帰るなんて、貴方はそれでも人ですか! ろくでなし! あんぽんたん! おに! あくま!」
「言いすぎじゃないか!?」
「そう言えばもう夏だもんね。リリスさんの言ってる事は分かるなぁ」
「そうでしょう!? あぁモニカさん、貴女はやっぱり立派な聖女ね」

 雲一つないブルースカイを見上げながら、モニカがぽつりとつぶやき、そんなモニカの手をがっしりと握るリリス。

「そ、そうかな? えへへ」

 照れるモニカの手をぶんぶんと上下に振るリリスを横目に、俺は潮風を胸いっぱいに吸い込んで空を見上げる。
 もう七の月も半分が過ぎた。太陽は肌を焦がすようにじりじりと輝き、木々の緑はさらに濃さを増して揺らめいている。

「夏かぁ」

 一年で一番薄着になる季節、水浴びが気持ち良い季節である。

「そう!! 夏なんですアダム様! なので、私、海に入りたいですわ!」
「あ! それなら私も遊びたーい!」

 リリスの要望にモニカも賛成のようだ。
 海かぁ。ま、いいか。俺もここ何年も海で遊ぶなんて事はなかったし、王都でのあれやこれやもあったしなぁ、息抜きというか、リフレッシュというか、羽を伸ばすというか。
 そういう事も必要だ。でも。

「別に構わないけど――」
「「やったーー!」」
「おい二人とも、盛り上がるのはいいけど、やる事やってからだぞ」
「「はぁーーい!」」

 早速水着の話題で盛り上がっている女子二人を連れ、俺は依頼にとりかかるのだった。


「ここが封妖屍鬼の祠か」

 オリヴィエの町を出た俺達は、そこからほど近い、目的地である祠の前にやってきていた。
 ここまで数回モンスターに出くわしたものの、全てリリスがワンパンで倒していた。
 今回は特に危険もなさそうなので、リリスとモニカ以外のサーヴァント達はお休みだ。

「封印、て感じのする入り口だな……」

 祠の入口には太い縄が渡されており、縄には等間隔で菱形の護符のような紙が貼り付けられている。

「長い道のりでしたわね」
「ついに、ついにここまで来たのね」

 その縄の下を潜ろうとしたのだが、どうにもリリスとモニカの様子が変だ。

「散っていった者達の無念、必ずや私達が」
「そうよ。皆の心は私達と共に」
「待て、誰も散ってないしそもそも二時間もかかってない。長い旅の果てに魔王城に来ました風に言うのやめなさい」

 二人の表情は真剣そのものだったけど、それはただの演技。
 こいつらは道中暇すぎたらしく、そういうロールプレイをして遊んでたのだ。
 最近、モニカがリリスに影響され始めてきているのか、一緒になってボケ倒してくる事がある。

「行くぞ。真面目まじめにな」
「「はーい」」

 女子二人、とっても楽しそうなのはいい事なんだけどなぁ。
 壁や柱には、所々結界の護符が貼られており、それをバーニア卿の指示通りにチェックしていく。

「く……ここまでとは、やりますわね……」
「リリスさん! しっかりしてください! 傷は浅いです!」
「お前らまだやってんの!? 真面目にやってね!?」

 この二人は一体何と戦っているのだろうか。
 確かに護符の貼り替えも俺がやってるし、二人は本当にただ後ろをついてくるだけだから暇なのは分かるけど……一応お仕事中なんだから……

「ここが最奥か……」
「なんだかイメージと違いますわね」
「うん。凄く綺麗」

 中央に設置されている祠は非常に神秘的だった。
 仰々ぎょうぎょうしい名前だったので、もっとおどろおどろしい所かと思ったのだが。
 そこは円形の広間のようになっていて、壁際に沿って水路が掘られている。広間の中心には、祠を中心に五角形を作るようにトーロウが置かれている。
 そのトーロウと中央の祭壇のような場所の間にも五角形の水路があり、流れる水には緑色の小さな光が無数に煌めいている。
 そして、陽炎かげろうが出るような気温ではないのに、祭壇全体がゆらゆらと揺らめいていたのだった。

「……アダム様。おかしいですわよ」
「ん?」

 リリスとモニカに魔晶石を持たせ、交換を試みたのだが、小走りにトーロウに駆け寄ったリリスが不穏な声を上げた。
 そしてモニカもトーロウの前で首を傾げて俺を見る。二人の意図はすぐに分かった。
 なんせ、交換してくれと言われていたトーロウの魔晶石が、あるべき場所に置いていなかったからだ。

「おい、この魔晶石って消費期限が来たら溶けちゃう、みたいな事ないよな」
蝋燭ろうそくじゃないんですから……」
「だよなぁ……とりあえずこの石をめて、バーニア卿に急いで報告だ!」
「「サー! イエス! サー!」」

 五つの魔晶石を定位置に嵌め込み、俺達は急いで帰路についた。
 しかし、バーニア邸を訪ねると、タイミングが悪く不在。
 いつ戻るかは分からないと言うので、俺達は執事に伝言を頼んで宿へと戻った。


「んー! このダイナマイトシュリンプ、身がぶりっぶりで美味しいですわよアダム様!」
「モンガルイカとキノコのアヒージョも凄く美味しいよ! パンにつけたらもう絶品!」

 この二人はどうしてこう、緊張感がないのだろうか。もう少し先ほどの封印の事を考えてくれてもいいと思うのだけど。

「あのなぁ、よくそんなに呑気のんきにしてられるな」
「え? だってないものはないのですし、私達の責任ではございませんわ。それに執事に伝言も残しました」
「この先何があるかは分からないけど、食べられる時はしっかり食べるべきだよ?」

 確かに二人の言う事はもっともだ。考えていても何も解決しないし……ま、今は食うか。
 そうして食事を進めていると、隣のテーブルの人達の会話が聞こえてきた。

「なぁ、最近〝鬼獣教きじゅうきょう〟の動きが活発になってるらしいぜ」
「はぁ!? まじかよ?」
「あぁ。隣の家の息子が見たらしい。それに他にも色々目撃情報がある。ついこの前はどっかの村が襲われたらしい。全滅だとよ」
「ひー……こえーなぁ……」

 キジュウ教……聞いた事のない名前だが、何かの宗教だろうか。
 明日バーニア卿に聞いてみよう。


 そして翌日、バーニア邸を訪れると顔を真っ青にしたバーニア卿が出迎えてくれた。

「そ、それで、他には特に変わった様子は? 新しい魔晶石は嵌めてきてくれたのですか?」
「他に変わった様子はありませんでした。道中の護符も貼り替えておきましたし、石もしっかり嵌め込んできました」
「そ、そうですか……ありがとうございます……」

 額に噴き出た汗を拭くバーニア卿の様子を見る限り、やっぱり良くない状況なのだと分かる。

「……急ぎゴレイヌ家に連絡を取らねば。あの洞窟の入口には警備を二人、常駐させていたはずなのに……」
「警備……?」
「そうです。君達も会いましたでしょう……?」
「いえ、祠も、洞窟も入口は無人でしたが……」
「な、馬鹿な……付近に人影は?」
「特に見当たりませんでしたよ」

 なんてこった、である。
 洞窟の入口には警備員が常駐していた、それが俺達が行った時には誰もいなかった。そして消えた封印の魔晶石。
 付近に血痕けっこんなどは見当たらなかったし、眠らされたか気絶させられたかで、意識をなくした所を連れ去って処分したか、もしくはその警備員が魔晶石を盗んだ犯人の仲間か、犯人そのものか。現時点では何も分からない。

「そうだ。バーニア卿」
「な、何ですか?」

 執事に指示を飛ばしているバーニア卿に、俺はある事を聞く。

「昨日、宿の食事処で聞いたのですが、キジュウ教というのは何か関係がありますか?」
「鬼獣教……貴方の耳にも入ってしまったか……私の推測ですが、犯人は恐らく、その鬼獣教の教徒達だと思います。ここ数週間で目撃情報が増加しており、こちらも対応をしようかと思った矢先にアダムさんからの報告ですので……」
「あの、キジュウ教というのは?」
「読んで字のごとし、鬼のような獣をあがめる教団、ここまで言えば分かるでしょうか」

 鬼のような獣。モニカが教えてくれた伝承がすぐに思い出される。

「……ヤシャ……」
「その通り。鬼獣教は封印されているヤシャを信仰する邪教であり、謎に包まれている教団なのです……まともな奴らではありません。殺人をなんとも思わない非道で危険な集団です」
「取締りはしないのですか?」
「それが……奴らは神出鬼没しんしゅつきぼつでして、お恥ずかしい話ですが未だ教団本部はおろか、アジトの一つも見つけられていない状態です」
「そんな……」
「とは言え、今回の依頼は封印の調整ですので……ありがとうございました」
「い、いえ……」
「これが依頼完了の印です。お持ちください」
「ありがとうございます」

 依頼書にバーニア卿の印をもらい、俺達はそのまま屋敷を後にした。

「鬼獣教……」
「多くの人達を苦しめた魔獣を崇拝するなんて信じられないよ」
「捻じ曲がった偶像崇拝ですわね。崇めるならアダム様を崇め奉り未来永劫語り継ぐべきですわ」

 俺の呟きにモニカとリリスがそれぞれ反応するが、リリスは途中から変な事を言っている。

「それはやめていただきたい」

 なんで俺が崇められなきゃならんのだ。崇めれるような伝説や逸話なんて持ってないっつの。

「んー、まぁ考えても仕方ないか。後の事はバーニア卿に任せて、俺達は俺達で羽を伸ばそうぜ」
「そうしましょう!」
「わぁい!」

 俺達がどうこう出来る問題じゃないし、少し心苦しいが、後の事は任せてしまおう。

「んじゃ早速……あれ、そういや水着とかあるのか?」
「町の中で服飾屋ふくしょくやで見かけましたわ。まだ購入しておりませんけど」
「いつの間に……目敏めざとい奴」
「あら、観察力があると言っていただきたいですわね、ふふん」

 リリスはドヤ顔しながら胸を張る。

「なんか腹立つ……んじゃ、そこで水着買って、海で一泳ぎすっか!」
「「おーー!」」

 服飾屋に行き、別行動をしてそれぞれ水着を選んだ後、雑貨屋で必要なものを買い込んだ。
 パラソルに保冷用のマジックボックス、キンキンに冷えたジュース、軽食、タオルにビーチマットなどなど、準備は万全だ。

「うし、んじゃ行こうか!」
「「おーー!」」
「ってアダム様? どちらへ? ビーチはあちらですわよ? そちらは森方面ですが」
「いーんだよ。いいからついて来いって」
「うん……?」

 俺は荷物を宝物庫に入れ、不思議そうな顔をしている二人を連れて森へと向かった。
 封妖屍鬼の祠の方向にずんずんと進んでいき、途中でコースを変える。
 三十分ほど歩いたろうか。目的の場所へと辿り着いた。


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