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第四章 穏やかな日常?

58.勝ち取った信頼

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「いきなりどうしたんだ?」



「それって、私を信頼してくれたって事だよね? 表面上やビジネス的な事じゃなく、心の底から信頼してくれたって、事?」



「ああ、まぁそうだな。恥ずかしい事をサラッと言うなよ」



「うう、だって……嬉しくて……ごめん、不謹慎だよね。分かってるよ。でも嬉しいの」



「嬉しい……って何がだ?」



 涙を拭った傍から祈の瞳からは、大量の涙が止めどなくこぼれていた。

 ぐずぐずと鼻をすすり、小さくしゃっくりを上げながらも祈はゆっくりと話し出した。



「あの、あのね。愛波ちゃんがそうなってしまった事はすっごく悲しいし、辛いし、もし私だったらどうだろうって考えたりして、そう考えると、私は絶対に許せないしPKする人をコノミと同じように憎むと思うんだ。ううん、それが私じゃなくても許せないし、今も私すっごい怒ってる、色んな感情がぶわってなって苦しくて――だけど嬉しい気持ちもあるんだ。ふざけるなってコノミが怒っても仕方ないよ。でも嬉しいんだよ……だって、だってコノミ、ずっと悲しそうな眼をしてて、出会った時も、カレー渡した時も、その後もずっとずっと毎回毎回、顔を合わせる度コノミは悲しそうな冷たい目をしてたんだよ」



「……自分では、分からないな」



「冷え切った瞳、悲しそうで、泣くのを一生懸命我慢して、声を上げて泣きたいのに必死で抑えてる子供みたいな……笑ってる時も目の奥は笑っていなくて……」



「ずっと、祈にはそう見えてたのか」



「うん。でも――最近は少しだけ柔らかくなったんだよ? それに溜息の数も減ったし……」



「溜息? 俺のか?」



「うん、気付いてないと思うけど、小さくはぁ、って。私が気付いたのはファミレスで風吹さんや隼人さん達と一緒にご飯食べた時かな。会う度に溜息何度も吐いてて、私達迷惑かけてるんじゃないかって、邪魔してるんじゃあないかって、コノミは優しいから弱い私達に付き合ってくれているんじゃあないかって」



「違う! そんな事は一度も思った事は無い!」



「うん、うん……そうだよね……ごめんね、でもここ最近は減ってきててね、それがどうしてなのかは分からないんだけど、コノミ溜息減ったなぁって思うと何だか嬉しくて――って話長いね、ごめん」



「いや、いい、大丈夫だ」



「その、つまり何が言いたいのかといいますとですね。コノミが胸にずっと秘めてた事、愛波ちゃんの事を話してくれて嬉しかったの。あぁ、やっと私は信用されたんだなって嬉しかった。辛い過去を打ち明けてもいいって、そう思ってくれて嬉しかった。こんな弱い私を認めてくれて嬉しかった。大事な愛波ちゃんに会わせてくれるのが嬉しかった。固く閉ざしたコノミの心を開いてくれて嬉しかった。色んな嬉しいが沢山で、今のコノミの目はとても優しくて暖かくて、そんなコノミを見れて嬉しくて……あはは、ごめんね。変だね、こんな事言われても困るよね」



「謝る必要なんてない。そうか、俺はそんな目をしてたのか」



「うん。私を助けてくれた時はもっと冷たかったんだけどね。ちょっと怖かったけど、悲しそうだなって思ったの」



「そうか」



「あの時の約束覚えてる?」



「約束……何かあったら助けてあげる、だっけか」



「そう。ダンジョンの中の私はコノミに比べたら弱くて、足元にも及ばないし助けなんていらないんだろうけど、こっち側にいる時は私頑張るから。絶対に助けるからね、もっと頼っていいんだからね」



「……あぁ、そうだな。助かるよ、ありがとう」



「この約束は永久に不滅だからね、有効期限なし」



「わかった」



「それにいつか愛波ちゃんが目覚めたら、みんなでお喋りしたいな。コノミの事、私や翆ちゃん瑠璃ちゃんの事、隼人さんの事、風吹さんの事……沢山沢山話したい。君のお兄ちゃんはこんなに強くて凄くて、カッコイイ人生を送ってたんだぞって」



「はは……そんな事話たら愛波のやつ、ずるいーって不貞腐れそうだ」



「そうなの? ねぇ、もっと聞かせて? 愛波ちゃんの事。好きな食べ物とか、どこに行ったのかとか」



「もっとか……長くなるぞ?」



「あ、でもでも! 思い出すのが辛いなら話さないで全然いいからね!? 無神経でごめんね!?」



「いや……まぁ……死んだわけじゃあないからな? 愛波はまだ生きてる。PKされて時間固定者になってしまった事は確かに辛いし、奴の顔を忘れた事なんて一度も無い。けど、思い出を語るくらい辛くはないさ」



「そっか……コノミは本当に優しくてカッコいいね」



「ふん、おだてた所で何も出ないからな?」



「そりゃあ残念。でも思い出話は沢山出てくる?」



「当たり前だろ? 俺の大事な妹なんだから」



「ふふふ、コノミすっごく暖かい目、してる」



「そりゃどーも。あんまり見るなよ。恥ずかしいだろ」



「はーい。あ、そうだ。これも言いたかったの」



「ん?」



「疲れた時はいつでも肩を貸すので、存分に寄りかかって頂いて」



「あぁ、そうするよ」



 目を腫らしながらはにかむ祈はとても暖かく、彼女なりに俺を元気付けようとしてくれているのだろう。

 この子と出会わなければ、この暖かさも無かったのだと思うと少しだけ、縁のようなものを感じる。



 実際愛波の事を打ち明けてみると、心の重みがすとんと軽くなったような気もする。

 必ず助ける、か。



 実際にはもうすでに助けられているのかもしれないな。



「あ、お茶入れてこようか?」



「いいのか? じゃあ頼む。ほうじ茶な」



「分かってるってー。私もほうじ茶好きだし。待ってて」



 一度大きく鼻をすすった祈は立ちあがり、足早にキッチンへと向かっていった。

 そしてその後戻って来た祈に、愛波との思い出を緩やかに語ったのだった。
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