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第二章 コーチング開始

34.ベランダの密会

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 家に帰った俺はそのままシャワーを浴び、冷蔵庫から作り置きのほうじ茶をグラスに注いでからソファーに座った。



「愛波……」



 グラスを口に付けつつ、戸棚の上に飾ってある一枚の写真を見た。

 重賀愛波じゅうがまなみ、普通に成長していれば16歳になる――俺の妹だ。

 

「俺は――やれているのか? これでいいんだよな、教えてくれ愛波。俺は、俺は一体あと何人殺せばいい」



 瞼を閉じれば今でもはっきりと思い出せる。

 あの時、あの時の俺にもっと力があればあんな事にはならなかった。



 あの日の事は一日たりとも忘れはしない。

 俺の目的が果たされるまで、忘れる事は無いだろう。

 

「……暑いな」



 湯上りで火照った体を冷ますため、窓を開けてベランダに出た。

 ベランダからは月が良く見え、適度な冷たさの風が心地良い。



「ヴォイドさん?」

「……なんだ?」



 ベランダの仕切り版の向こうから、佐藤さんの声が聞こえた。

 

「窓が開く音がしたので……声かけちゃいました」

「かまわん」

「あの、お願いがあるんですけど……」



 仕切り版越しでもわかる、あの、佐藤さんのお願い上目遣い。

 狙ってやっているんじゃないと思うけれど、あの目で見詰められるとどうにも目線が合わせ辛い。



「願い? 金や寿命の願いなら俺は力不足だ」

「違いますー。あの、私の事は祈って呼んで欲しいんです」

「なぜだ?」

「えっと……何か他人行儀というか、壁があるような気がして……」

「分かった。善処する」

「ありがとうございます!」

「だったらそっちも敬語じゃなくていいんだぞ」

「うぐ……頑張る……マス」

「フッ……」

「あー! 鼻で笑った!」

「笑っちゃいない」

「絶対笑いましたー! んもー!」



 間の抜けたような声や怒ったような声色、佐藤さんはコロコロと感情が入れ替わる。

 そしてよく笑う。

 満点の笑顔は周りを明るくし、ひたむきな姿に自分も頑張ろうと思わせてくれる。

 カリスマとはこういうのを言うんだろうか。



「それと――俺の名は重賀虎能充、コノミでいい」

「ふぇっ!? 良いんで……いいの!?」

「俺が祈と呼ぶんだ。ならばお前もコノミと呼ばなくては対等でないだろう?」

「う……わかった、コノ、ミ――」

「よろしく頼むぞ、祈」

「は、はぅ……ひゃい……」



 仕切り版の向こうで祈が何やらぶつぶつ言っているが、内容までは聞き取れない。

 きっと独り言だろう。



「それじゃあ祈、おやすみ」

「ほおぉう!? おやふみなひゃい!」



 ベランダの扉を閉め、部屋の電気を消し、ベッドに体を預けた。

 明日はどこのダンジョンへ行こうか、それとも午前中はアイテムの売却やら買い出しに当てるか。

 頭の中でスケジュールを組み立てているうちに、意識は朦朧としていき、そのまま眠りに落ちて行った。

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