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第二章 コーチング開始

33.スターライトオーバービュー

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 帰り道、一人空を見上げて溜息を吐いた。

 その日の夜は満月がとても綺麗で、関東圏だというのに頭上には満点の星が煌めいていた。

 ダンジョンが世界に生まれ落ち、エーテルが大気に満ちた際空気中の有害物質が全て浄化された。

 そのおかげで排気ガスや光化学スモッグなどの影響を受けなくなった空は、山奥の秘境の空のように澄み渡って美しくなった。

 しかし、空が美しくなろうとも人の心は歪み続けていた。

 人々がダンジョンに潜り、力及ばず死ぬ。

 デスペナルティを貰い、人格が歪み倫理観や理性と言うものを失う人は多い。

 そういった人達は自己を抑制する事が出来ず、ありとあらゆる犯罪行為に走り、そして捕まり刑務所へ送られる。

 ダンジョンが発生してから現在までで、新しく作られた刑務所は10に近い。

 ダンジョンによってもたらされる利益が光だとすれば、デスペナルティによってもたらされる混乱は闇の側面ともいえるだろう。


「星、綺麗ですね」

「あぁ。嫌な事も忘れそうなくらいに――ってんなぁっ!? 佐藤さん!?」 


 気付けば隣に佐藤さんが立っており、同じように空を見上げていた。

 街頭と星明りに照らされた佐藤さんの横顔は、文句なしに美少女だった。

 
「なぜここにいる」

「なぜって……お隣さんですから」


 そう言って微笑む横顔に、思いがけず胸が高鳴る。

 そもそも美少女どころか、女性に対しての免疫も高い方じゃあない俺に、佐藤さんと微笑ましく仲良くするなんていうのは難易度の高すぎるミッションだ。


「もうすぐ冬ですね」

「あぁ。少し肌寒い」


 季節は巡り、運命も巡る。

 巡る運命の中で奇跡的な邂逅を遂げ、互いに想い合った男女がぬくもりを共有し、さらなる愛を育む聖なる日がもうすぐ近付いてくる。


 12月24日、度し難い日だ。

 何が聖なるクリスマスだ。


 性なるクリスマスの間違いだろってんだちくしょうめ。

 24日に予定がない事がそんなに駄目な事なんですか? どうなんですか?

 24日の予定ですか? 残念ながらあります~ダンジョンに行くので忙しいんです~。



「チッ」

「舌打ち!? え!? 私何かしました!?」

「あぁ、違うんだ。ちょっと思う事があってな」



 視線を空から外し、ゆっくりと歩き出す。

 その後ろを佐藤さんがちょこちょこと付いてきた。

 ここから我が城まで二人きり……どうにも落ち着かない。



「顔怖いですよ?」

「気にするな。それよりほかの二人はいいのか?」

「翆ちゃんと瑠璃ちゃんですか? はい。あの二人は別方向なので」

「そうか」

「はい、そうです。ふふっ」

 指を手元に当て、小さくクスクスと笑う姿はとても絵になっている。

「何かおかしい事でも?」

「いえ、ヴォイドさんにコーチングしてもらい始めて、やっと一緒に帰れたなぁって」

「それもそうだな」

「ヴォイドさん、終わったらいつもすぐどこかに行っちゃうから……」

「俺は色々と忙しいのだ」

「そうですね。ねぇヴォイドさん」

「何だ」

「私が言ったあの約束覚えてますか?」

「……すまんが覚えていない」

「やっぱり。ダンジョンで助けてもらったあの日、私が絶対お助けしますっていうお約束です。忘れないで下さいね」

「……あぁ、覚えておくよ」



 いつの間にか隣を歩く佐藤さんの横顔は、なぜか幸せそうに見えた。

 他愛もない世間話に華を咲かせてのんびりと歩く。


 久しく忘れていた、人と過ごすゆったりとした時間は俺に何かを思い起こさせてくれるようだった。

 
『お兄ちゃん! 早く早くー!』


「愛波……」


 俺は無意識にその名を呼んでいた。


「え?」

「あぁ、いや、ごめん。何でもない」

「……そうですか? あ、もう着いちゃいましたね。それじゃあ、また」

「ああ、おやすみ」

 

 気付けばアパートの目の前まで来ており、佐藤さんはぺこりとお辞儀をして自分の部屋に戻って行った。
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