上 下
22 / 58
第二章 コーチング開始

22.アイドルの限界オタク

しおりを挟む

 その日、私は震える手で携帯とメモ書きを持ち、とある人物からの連絡先を入力しようとしていた。

 しかし一向に指が動かず、携帯の画面とメモを交互に見ては顔が赤くなりそれどころでは無かった。

 

「ヴォイドさんが……アドバイス……それって手取り足取りって事だよね」

『祈、ここを持って、そうだ。いい子だね。ほらもっとくっついて……』

「あぁそんな! ご褒美ですか!? いいんですか!? ハァハァ……」



 一緒にダンジョンに潜ってあんな事やこんな事、たくさん教えてくれるのかな!?

 脳内で勝手に妄想が加速していく。

 

「ってバカバカ、何考えてるんだ私は」



 頭を強く振り、邪念を吹き飛ばしていると携帯から着信音が流れてきた。



「ぎゃぴぁ!?」



 いきなりで変な声が出てしまったけれど、電話とはいきなりかかってくるものだし、しかたない。

 これは不可抗力であって、決してやましい事を考えていたから驚いたとか、そういうのではない。



「もしもーし。どしたの翆ちゃん」



 私は極めて冷静を装い、通話ボタンを押した。

 相手は同じグループの翆ちゃんだった。



『いきなりごめんね~新曲の事でちょっと~』


 携帯越しに聞こえてきた、綿あめのようにふわふわで飴玉を転がしているかのような甘々な声。


「うん。いいよ。どしたん? 話聞こか?」

 翆ちゃんの甘々な声を聴くと、同じメンバーの私でさえおぢさん化してしまう。
 なんという魔性の女の子! 恐ろしい子ッ!

『あはは! 祈ちゃんてSSR級の美少女なのにどっぷりネット浸かってて残念美少女だよね~』

「なっ!? そんな事ないわよ!? 今の時代誰だってネット浸けじゃない? フツーの事だと思うわよ?」

『ぬるぽっ』

「ガッ――」

『ほら~』

「んうああああ! やられたああ!」

 おまけに人の扱いが非常に上手な所も、私は頭が上がらない。


『普通は今時ぬるぽは無いでしょ~ってなるのに、そう返しちゃうのってさ~やっぱ掲示板とかSNSの影響~?』

「い、いいじゃない! それより新曲の事って?」

『うん。今までって接近戦オンリーじゃない? それでワンパターンな感も否めないからスクロールとか使ってみない?』

「スクロールかぁ……だったらマジックアイテムとかも使ってちょっと派手目なライブ収録にする?」

『あ~いいかも~予算的には大丈夫かな~』

 開いてあったパソコンの画面に映し出された収支表を眺めながら答える。


「うーん。一応色々収益はあるし、まだ平気よ。多分50万くらいはマジックアイテムやスクロールに回せる」

『おぉ~潤沢~』

「ってわけでもないわ。最近は登録者やフォロワーの伸びもよくないし。グッズの売れ行きも芳しくないの」

『それは困ったねぇ』

「うん。だからそれを打開するためにも翆ちゃんのアイデアは良いと思う。問題は――」

『どこのダンジョンでやるか、だよね~』

「うん……」



 今までは初級か中級ダンジョンでのみ、ライブ収録を行ってきた。

 通算8枚目のシングルとなる今回は、少なくとも中級高難易度あたりのダンジョン、それも深層くらい行かないと盛り上がりに欠けそうな気がする。



「あの、翆ちゃん。話があるんだ」

『な~に~?』

「翆ちゃんさ、私が……その、PKされそうになった時あったじゃない」

『あぁ……うん』

「その時に助けてくれた人、覚えてる?」

『動画で見たよ。凄い人だったね。あれだけ強かったら敵無しなんじゃない?』

「うん。私もそう思う。それで――」

 

 いい機会だと思った私はヴォイドさんとの事を話した。

 勿論家が隣同士だという事は伏せて。

 たまたま街で再会して、その時にそういう話になったという事にしておいた。



 元々私だけが強くなっても意味がないので、翆ちゃんと瑠璃ちゃんには話そうと思っていた事なのだ。

 それが早まっただけの話。



 三人で強くなって、もっとたくさんいい動画を撮って、なんならヴォイドさんも一緒に――いや、それよりもヴォイドさんのチャンネルを新設して、私が手伝って作ってそのうちカップルチャンネルに――。

 

「だからもう!」

『ふぇ!?』

「あぁごめんごめん! 何でもない!」

『うむむ?』



 駄目だ、私の頭はどうにかなってしまったらしい。



「とりあえずそんな感じなんだけど、どう?」

『うん。私は良いと思うよ~』

「わかった! ありがとー翆ちゃん! 瑠璃ちゃんにも話してみるね」

『は~い、よろしくね~』



 翆ちゃんとの通話を終え、そのまま瑠璃ちゃんに電話をかけた。

 数回コールの後出てくれた瑠璃ちゃんに、翆ちゃんにした話と同じ事を伝えた。

 瑠璃ちゃんも二つ返事でOKをくれたので、後はヴォイドさんに連絡をするだけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

やがて神Sランクとなる無能召喚士の黙示録~追放された僕は唯一無二の最強スキルを覚醒。つきましては、反撃ついでに世界も救えたらいいなと~

きょろ
ファンタジー
♢簡単あらすじ 追放された召喚士が唯一無二の最強スキルでざまぁ、無双、青春、成り上がりをして全てを手に入れる物語。 ♢長めあらすじ 100年前、突如出現した“ダンジョンとアーティファクト”によってこの世界は一変する。 ダンジョンはモンスターが溢れ返る危険な場所であると同時に、人々は天まで聳えるダンジョンへの探求心とダンジョンで得られる装備…アーティファクトに未知なる夢を見たのだ。 ダンジョン攻略は何時しか人々の当たり前となり、更にそれを生業とする「ハンター」という職業が誕生した。 主人公のアーサーもそんなハンターに憧れる少年。 しかし彼が授かった『召喚士』スキルは最弱のスライムすら召喚出来ない無能スキル。そしてそのスキルのせいで彼はギルドを追放された。 しかし。その無能スキルは無能スキルではない。 それは誰も知る事のない、アーサーだけが世界で唯一“アーティファクトを召喚出来る”という最強の召喚スキルであった。 ここから覚醒したアーサーの無双反撃が始まる――。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

処理中です...