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第二章 コーチング開始
22.アイドルの限界オタク
しおりを挟むその日、私は震える手で携帯とメモ書きを持ち、とある人物からの連絡先を入力しようとしていた。
しかし一向に指が動かず、携帯の画面とメモを交互に見ては顔が赤くなりそれどころでは無かった。
「ヴォイドさんが……アドバイス……それって手取り足取りって事だよね」
『祈、ここを持って、そうだ。いい子だね。ほらもっとくっついて……』
「あぁそんな! ご褒美ですか!? いいんですか!? ハァハァ……」
一緒にダンジョンに潜ってあんな事やこんな事、たくさん教えてくれるのかな!?
脳内で勝手に妄想が加速していく。
「ってバカバカ、何考えてるんだ私は」
頭を強く振り、邪念を吹き飛ばしていると携帯から着信音が流れてきた。
「ぎゃぴぁ!?」
いきなりで変な声が出てしまったけれど、電話とはいきなりかかってくるものだし、しかたない。
これは不可抗力であって、決してやましい事を考えていたから驚いたとか、そういうのではない。
「もしもーし。どしたの翆ちゃん」
私は極めて冷静を装い、通話ボタンを押した。
相手は同じグループの翆ちゃんだった。
『いきなりごめんね~新曲の事でちょっと~』
携帯越しに聞こえてきた、綿あめのようにふわふわで飴玉を転がしているかのような甘々な声。
「うん。いいよ。どしたん? 話聞こか?」
翆ちゃんの甘々な声を聴くと、同じメンバーの私でさえおぢさん化してしまう。
なんという魔性の女の子! 恐ろしい子ッ!
『あはは! 祈ちゃんてSSR級の美少女なのにどっぷりネット浸かってて残念美少女だよね~』
「なっ!? そんな事ないわよ!? 今の時代誰だってネット浸けじゃない? フツーの事だと思うわよ?」
『ぬるぽっ』
「ガッ――」
『ほら~』
「んうああああ! やられたああ!」
おまけに人の扱いが非常に上手な所も、私は頭が上がらない。
『普通は今時ぬるぽは無いでしょ~ってなるのに、そう返しちゃうのってさ~やっぱ掲示板とかSNSの影響~?』
「い、いいじゃない! それより新曲の事って?」
『うん。今までって接近戦オンリーじゃない? それでワンパターンな感も否めないからスクロールとか使ってみない?』
「スクロールかぁ……だったらマジックアイテムとかも使ってちょっと派手目なライブ収録にする?」
『あ~いいかも~予算的には大丈夫かな~』
開いてあったパソコンの画面に映し出された収支表を眺めながら答える。
「うーん。一応色々収益はあるし、まだ平気よ。多分50万くらいはマジックアイテムやスクロールに回せる」
『おぉ~潤沢~』
「ってわけでもないわ。最近は登録者やフォロワーの伸びもよくないし。グッズの売れ行きも芳しくないの」
『それは困ったねぇ』
「うん。だからそれを打開するためにも翆ちゃんのアイデアは良いと思う。問題は――」
『どこのダンジョンでやるか、だよね~』
「うん……」
今までは初級か中級ダンジョンでのみ、ライブ収録を行ってきた。
通算8枚目のシングルとなる今回は、少なくとも中級高難易度あたりのダンジョン、それも深層くらい行かないと盛り上がりに欠けそうな気がする。
「あの、翆ちゃん。話があるんだ」
『な~に~?』
「翆ちゃんさ、私が……その、PKされそうになった時あったじゃない」
『あぁ……うん』
「その時に助けてくれた人、覚えてる?」
『動画で見たよ。凄い人だったね。あれだけ強かったら敵無しなんじゃない?』
「うん。私もそう思う。それで――」
いい機会だと思った私はヴォイドさんとの事を話した。
勿論家が隣同士だという事は伏せて。
たまたま街で再会して、その時にそういう話になったという事にしておいた。
元々私だけが強くなっても意味がないので、翆ちゃんと瑠璃ちゃんには話そうと思っていた事なのだ。
それが早まっただけの話。
三人で強くなって、もっとたくさんいい動画を撮って、なんならヴォイドさんも一緒に――いや、それよりもヴォイドさんのチャンネルを新設して、私が手伝って作ってそのうちカップルチャンネルに――。
「だからもう!」
『ふぇ!?』
「あぁごめんごめん! 何でもない!」
『うむむ?』
駄目だ、私の頭はどうにかなってしまったらしい。
「とりあえずそんな感じなんだけど、どう?」
『うん。私は良いと思うよ~』
「わかった! ありがとー翆ちゃん! 瑠璃ちゃんにも話してみるね」
『は~い、よろしくね~』
翆ちゃんとの通話を終え、そのまま瑠璃ちゃんに電話をかけた。
数回コールの後出てくれた瑠璃ちゃんに、翆ちゃんにした話と同じ事を伝えた。
瑠璃ちゃんも二つ返事でOKをくれたので、後はヴォイドさんに連絡をするだけだ。
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