聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月

文字の大きさ
上 下
30 / 41

30 新たなモノ達

しおりを挟む
「う、うそでしょ……? まだ他にもいたの?」

 恐らくバルトらは脱出する際に一階の扉を閉め忘れたのだろう。
 さすがに玄関口を閉め忘れたということは無いと思いたいけど。
 水に濡れたような音はゆっくりと、けど確実にこちらに向かって来ている。
 しかもぺちゃっ、ぴちゃっ、という音に、他の音も紛れている事にも気付いてしまった。
 ざり、ざり、ぐちゅ、にちゅ、こつ、こつ、こつり、がちゃ、がちゃ。
 ひっかくような音、ミンチ肉を揉んでいるような音、硬質な何かが床を叩く音、甲冑がこすれるような音。
 様々な音が混じり合いひしめきあいながら徐々に近付いて来ている。

「……このままだと挟まれる、よね」

 どんな者達が近付いて来ているかは不明だけど、良い者であるわけがない。
 一階から上には特に気になるような物はなかったはずだけど、きっと気にならないようにカモフラージュされていただけなのだろう。
 じゃなければこの状況に説明がつかない。
 ちょっとやばい。
 ぞわぞわとした悪寒がさっきから抜けないし、むしろ増してさえきている。
 けど何で?
 ネクロノミコンが活発化しただけでこうも次々と起き出してくるものなの?

「……しまった」

 そこで私は思い出した。
 ネクロノミコンが何をしたか。

『やだ……やだやだ……!』
『ああああああ!』
 
 脳裏にリーシャの恐怖に染まった顔とネクロノミコンによってぐちゃぐちゃにされた腕の映像が浮かぶ。
 あの時あの部屋はリーシャから噴き出した血によって赤く染まった。
 ネクロノミコンも、血を、新鮮な生き血を浴びて赤く染まった。

「それが狙い……? 意思のようなものは感じられなかったけど、やってくれるわね」

 ネクロノミコンはリーシャの血を吸い、眠っていた力を活性化させたのだ。
 それにより上階にいたモノ達が覚醒し、【私】という獲物に群がり始めているのだ。
 これがモノ達の意思なのか、ネクロノミコンの意思なのかは分からないけど、狙いは確実に私だ。

「いたっ、なに? いてて……」

 内腿の聖女の刻印がずきり、と痛み出す。
 痛みは熱と鋭い痛みを伴いながら、その強さを上げている。
 なんだこれ?
 今までこんな事一度も無かった。
 ひょっとして群がり始めているモノ達に反応して危険を知らせてくれてる?
 我ながら実に都合の良い解釈だとは思うけれど、今はプラスに考えて希望を持たなければならない。
 じゃなければきっと私でさえもこの異様な恐怖に飲み込まれてしまう。
 飲み込まれたら最後、ネクロノミコンに魂の髄まで吸収され、輪廻転生の輪に混じる事なく悪夢の牢獄に囚われてしまうだろうな。
 そんな未来は絶対にごめんだ。
 私は冒険者として頑張って、治療院を建てて美味しいスィーツを食べ歩いて爽やかな笑顔を浮かべた頼り甲斐のあるマッチョ彼氏とラブラブデートして結婚して幸せな家庭を気付いてしわしわになって子供や孫に囲まれながら死ぬんだ。
 最後の晩餐はお肉と海鮮がいい。
 だからまだ私はこんな所で人生の幕を引くわけにはいかないのですわよ!

「【聖法展開術式:護雷聖域壁】!」

 今後のハッピーライフ計画を考えながら練りに練り上げた私の法力が一気に溶ける。
 私の体が勢いよく帯電を始め、弾けた聖なる雷の舌が地面を細かく打ち据える。
 やがて白く輝く細い稲妻が周囲に発生し、私を囲むように帯を作っていく。
 最上級聖法の一つである護雷聖域壁。
 術者や対象者の周囲に聖なる雷を帯びた聖域を展開し、害をなそうとする者を自動で迎撃してくれるスーパー防御壁。
 なんだけど。

「さすがに……キツい……」

 現在私は亡者人形を別の術で押し留めている最中であり、そっちにも法力のリソースを割かなければならない。
 護雷聖域壁は最上級聖法であるだけに、持っていかれる法力の量も桁が違う。
 どんどん消費していく法力を感じながら、まるで穴の開いた風船になった気分になる。
 とりあえず--プリズマティックプリズンを維持したまま一階へ上がらなければ。
 でないとこの狭い地下室で挟まれたら逃げ場がない。
 私が離れてもプリズマティックプリズンはしばらく稼働を続けてくれるはずだ。

「行くわよ私。けっぱれ私。何が出て来てもビビらないわよ」

 奥歯をぎりりと噛み締めた私は、意を決して一階の階段を駆け上がって行った。
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜

神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。 聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。 イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。 いわゆる地味子だ。 彼女の能力も地味だった。 使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。 唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。 そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。 ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。 しかし、彼女は目立たない実力者だった。 素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。 司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。 難しい相談でも難なくこなす知識と教養。 全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。 彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。 彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。 地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。 全部で5万字。 カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。 HOTランキング女性向け1位。 日間ファンタジーランキング1位。 日間完結ランキング1位。 応援してくれた、みなさんのおかげです。 ありがとうございます。とても嬉しいです!

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

処理中です...