まずは、あなたから幸せになる？

不安をごまかす日々

スピリチュアル女の日常

　せっかく買った本棚に隙間が出来るのが嫌だった。
　ルカは給料が入るたびに本を買った。
　買う本のジャンルは決まっている。
　なんなら著者も同じであることが多い。
　彼女の心の支えはスピリチュアル本だ。
　スピリチュアルと言えば、多くの人からは「胡散臭い」「あやしい」と思われ、またそのイメージは大体当たっている。
　しかしこの国においてスピリチュアル系の市場が小さくはなく、毎日のように新しい切り口のスピリチュアル本が出版され、孤独な、不安な人たちの気休めとして消費されている。(ただし一部にはまともなスピリチュアリストもいるが、この話にはまともなスピリチュアリストは出てこない)
　ルカがよく買うのはキヨミヤという比較的若いスピリチュアリストの本だ。
　キヨミヤと言えば『まずは、あなたから幸せなる』と言う著書がベストセラーになり、スピリチュアル系に関心を持たない層からも名前を認識されている。
　ちなみにその著書の内容は、引き寄せの法則に準拠した幸福論と言ったところだが、唐突に「水素水を飲んでもっと幸せに」とか、そんな広告みたいな記述もある。
　ルカはそんなこと意に介している場合ではない。
　「あんたの人生は漬け物より意味がない」などと謎の尊厳否定の言葉を繰り返し浴びせられてきた地元での暮らしから飛び出し、大都市へ移り住んだ。
　大都市は大都市で殺伐ではあるが、狭い田舎と比べると誰も他人に関心を持たないのが違う。　
　田舎は他人に関心を寄せすぎるし嫌な干渉があるのだ。
「田舎で育った自分を脱皮したい」
　ルカは自己を徹底的に否定して、都会の色に染まろうとした。　
　訛りの矯正、遊び、着飾り、見栄を張り、高給の会社へ。
　ルカが働くアパレルの会社は、正社員の座席が限られている。社長も女性で、フェミニズム的には評価が良さそうだが、内部ではし烈な競争が渦巻いている。
　心が死ぬ────。
　激務の中で、夕飯のコンビニ弁当の味が分からなくなったとき、ルカは自分が危ないと感じた。
　そんな折りに目に飛び込んだのが、あのタイトル。
「まずは、あなたから幸せになる」
　八九〇円で買ったその本をルカは貪り読んだ。
「忙しい日々も幸せの積み重ね」　
「粗食がご馳走を引き立てる」
「誰でも見栄を張る。やがて見栄に合った自分になる」
　はっきり言ってこんな言葉の羅列はなんの救いにもなってはいない気休めだった。