虹のアジール ～ある姉妹の惑星移住物語～

緊張と緩和

発酵と腐敗

「かつての民主主義は発酵していて芳醇な実りをわれわれにもたらした。いまの民主主義は単に腐敗しているだけだ」
　ミラグロスは、地球を旅立つまえにそんな名言じみたことをモデスタだけに囁いた。
　延命のみが目的化した各国政権は自国民を顧みず、締め付けと切り捨ての政策を乱発した。意味のないAIポピュラリズム選挙は民衆に快楽すら与えず、地球社会は「パンとサーカス」というより「パンのないサーカス」といった様相を呈していた。
「ミラグロスなら、どこかの惑星で新しい民主国家でも作ってくれそう」　
　モデスタは生命力あふれるミラグロスの背中を見ながらそうおもったとか。
「そんな大それたことは考えていないぞ。今の地球よりマシな、風通しのよいところで暮らしたいだけだ」
　ミラグロスはモデスタにそう答えた。しかしモデスタはこうも思う。
　ミラグロスなら風通しをよくするためなら、邪魔な規制やらなにやらをどんどん破壊してくれるのでは？

「国民がどんどん流出すると、国が成立しない」
　このような理由づけで、多くの国の政府が自国民の宇宙旅行を禁止している。もはや各国政府は自国民を単なる投機の対象しか見ていない。自国の経済が回れば税収が増えるという法則を機械のごとく推進しているだけなのだ。
　テクノロジーを用いた事実上の管理社会化が政府への不満を抑え込んでいるが、それに違和感を感じる人はみんな"密航者"になる。
　地球のどこへ行ってもインターネット監視に見つかるのでみんな地球外へ脱出したがるのだ。
　地球外への密航者に対する反応もさまざまであるが、同じ密航者でありながらも他の密航者にたいして冷ややかな目を向ける者がいる。
　それがチョコ・ツァラトゥストラである。
　彼女は決して面には出さないが、割りと他の密航者を見下していた。
「ルサンチマンに駆られた打算的な密航者は、新しい土地でも同じ過ちをおかすだろう。彼らがそうならないためにはどうすればいいだろう」
　そう彼女は日記に書いている。
　まるでメサイア・コンプレックスにでもとりつかれたように他の人たちについてお節介なまでに心配をしていた。
　それは彼女の能力の高さ故の余剰な思考かもしれないが、その思考はミラグロスという存在と出会うことにより現実化されようといていた。