虹のアジール ～ある姉妹の惑星移住物語～

緊張と緩和

金の太陽像

　この陽という居住区は、地球外へ移住した人々が他の惑星に建設した居住区と比べてもよく運営されているという。
　たとえば人口だが、陽は五万人もの人が暮らしている。
　同じ惑星の虹なら一万人、蒼なら二万人。他の惑星のいくつかの居住区も多くて二万人がいいところだという。
　地球外への移住には、資源や食料、居住可能な空間そのものの確保や、居住区内における統治、政治、統合など、人類にとって初歩的な課題をもう一度クリアしていかねばならないのだ。
　陽の代表者のカクタ・タナエの運営方針はやや強権的と言われるが、陽の繁栄はそれほどの力があればこそとも言われる。
　そんなカクタのもとには経済やテクノロジーやはたまた軍事関係の大物が出入りしていて、なんらかの便宜を取り計らっていると噂される。
「せっかく地球から逃げ出してきたのに、あの時代と同じダーティーな政治をせにゃならんのかいな」
　かつてミラグロスはモデスタにそうぼやいた。あくまでオフレコの、一市民としての素直な感想だった。
「ひっきょう、われわれは地球からは逃げ出せても人間であることからは逃げ出せないのですよ」
「そうかな？モデスタよ。われわれとて地球外にこの身を移したからには遺伝子レヴェルでなんらかの変容があるかもしれんぞ」
「そういえば、この惑星は、なぜか牛や豚が育たないんですよね。ウサギやコオロギなら大丈夫なのに。なにか不思議があるかもしれませんね」　
　半年ぐらい前からこんなウワサがある。カクタ・タナエが統治者としての成功体験から自意識を肥大させ、その発露として金の太陽像を建てる計画があるというのだ。
「待てよ。地球以外の惑星に定住するのも、一苦労。地球から地球外に脱出するのも多くの国で制限されてるのに、カクタはなにを勘違いしている？財力があるなら脱出者たちにもっと安住の地を与えるべく有効に使ったらいい。男じゃあるまいし金ピカの立像なんぞおったてて何がしたいのじゃ？」
「ミラグロスも、言ってやればいいじゃないですか。投書とかでもいいから」
「そこが辛いとこだ。いちおうサイバーパトロールは公務員みたいなものだよな。地球の古い民主国家みたいなことをいうようだが、やはりその線引きは大事だと思うぜよ」
　そのときのミラグロスは理性的になろうとしていたが、拳をぎゅっと握っていて明らかに怒りを圧し殺していた。モデスタは見抜いていた。
　もし自己顕示欲に溺れたカクタ・タナエが変な金ピカの像でも建てようものならミラグロスはすぐさま破壊しにいってしまうのでは？
　モデスタは心配と期待が入り雑じった気持ちでいっぱいになった。
　地球では単なる地味なエンジニアだったモデスタ。趣味は惑星開発をシミュレーションできるPCゲームだった。
　ゲームのなかでは宇宙人との戦争までシミュレーションしたのに、この間のバグスターの件いがいは特に新規性のある事件もない。
　せっかく地球の外へやって来たのに相変わらずな毎日なのは気が滅入る。モデスタはそんな感じで毎日を過ごしていた。