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柚奈の思いやり

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 嵐や雨の音が無くなりグランドは一瞬で静かな空間へと変わった。雨の雫は時が止まると空中で丸くなり、静止した。もちろん風や雲の動きも止まった。

(な、なんだ!? この空間は……体が動かない、だと!? 周りもそうだ。風や雨、空間自体が止まってやがる。しかも呼吸ができない!? だが、苦しくはない? これは一体、誰の仕業だ)

 少年は意識はあるものの止まった空間の中で身動きが取れない状態だった。焦りながらも体を頑張って動かそうとするが、さっきと変わりなく、ビクともしなかった。少年はふと柚奈の方を見た。

(あの野郎!? 呼吸をして口を動かしてやがる! まさかこの止まっている正体は奴の仕業なのか。ちっ、このままじゃまずい、殺される)

 誰も動けないこの空間で柚奈は目を瞑り、抜刀の構えで、呼吸をしていた。
 そして柚奈はゆっくり目を開けた。

「『水龍刀すいりゅうかたな抜刀ばっとう 空間水斬りくうかんみずきり』」
(な!?)

 柚奈はゆっくり技を話すと目にも止まらぬ速さで刀を抜き、そのまま前の雫をスパンッと切った。少年からは数メートル離れており、少年まで届く気配はなかった。しかし、柚奈は同じところを何度も斬った。静止している雫がただただ斬られていった。

(驚かせやがって、俺まで届いてねぇじゃん。一体何のために……)

 柚奈は何回か自分の前にある雫を斬ると刀を鞘にそっと納めた。すると時間は進み出し、さっきまで同様雨風が吹き荒れた。少年は体が自由になると刀を納めた柚奈に襲い掛かろうと走り出した。

(ふん、驚かせやがって! 何もなかったようだな。ここまで俺をコケにしやがって、まぁいい、すぐにあの世に送ってやるぜ)

 少年が走りだすが柚奈は刀を構えるどころか鞘に納めたままで、少年に背を向けた。
 冷たい雫が二人に降り注ぐ中、少年は拳を構えて、柚奈の目の前にきた。

「これで終わりだ!」

 少年は拳を突き出し、柚奈の背中向かって繰り出すが、少年は拳を柚奈の目の前で止めた。止まったのではなく、届かなかったのだ。

「がはっ、ゔぅ……」
「私の勝ちです」

 少年は血を大量に吐き、白目を向いて柚奈の後ろで仰向けになって倒れた。
 少年は柚奈目掛け、拳を振るうったが、その瞬間、時間差で柚奈の放った刃が少年を斬殺したのだ。激しく斬り込む刃は風を斬り、少年の体に刃を残した。
 そして少年が倒れると闇の中の嵐は過ぎ、ただの暗闇の廃校となった。

「これで本当に終わりなのでしょうか」

 柚奈は倒れている少年を悲しい瞳で見つめ、言葉を残した。そんな柚奈に引き換え豊姫は少年との戦いが終わり、喜んでいた。

「えぇ終わりじゃないの? こんだけやったんだよ。こいつの心臓の音は聞こえないし、大量出血してるから早く葵ちゃんを助けに行こう」
「確かに息はしていないですが、霊力がほんの少し残っているのが気になります」
「もういいからさ~、柚ちゃんったら心配性なんだから。復活したらその時また、倒せばいいじゃん」
「そ、そうですか。なら、早く旭ちゃんの様子を見たのちに向かいます」

 柚奈は豊姫に押し負け、元の姿に戻ると茂みに寝かせてきた旭の元へ向かった。
 茂みに着くとまだ旭は目を覚ましてなかった。さっきの嵐のせいで旭の体や服はビショビショだったが、吹き飛ばされないように地面から朝顔の蔓が旭を上手く固定していた。柚奈はしゃがみ、水滴を払い、手の平を旭のおでこに優しく触れた。

「すみません、旭ちゃん。こんな寒い思いさせてしまって。もうすぐで葵ちゃんを救出できそうです。それまで何とかここで耐えてください」
「私も頑張るから! 待っててね旭ちゃん、朝顔ちゃん」

 豊姫も刀越しから声をかけた。柚奈は疲れた体を一生懸命持ち上げるように立ち上がり、旭に背を向けた。そして一歩進むと「待って!」と後ろから声が聞こえた。
 柚奈はハッと驚いて後ろを振り向くとそれはボロボロな体で立ち上がろうとしていた旭だった。

「ふん。何一人で行こうとしてんだよ。ゔぅ……もちろん私も付いていくぜ」
「ダメです。旭ちゃんは大人しくそこで待っていてください」

 柚奈は心を痛めながらも冷たく接した。それはボロボロな体の旭を気遣っての行動だ。柚奈はそのまま歩き出した。すると後ろからガサガサっと音がした。また、柚奈は振り向くと旭が立っていたのだ。

「やめてください。そんな体で来られても足手纏いです。だからそこで待っていてください」
「うるせぇ! お前だって私と同じくらいボロボロじゃねぇか!」

 柚奈は立ち止まった。

「どうしてですか」
「私の目は誤魔化せないぞ。見ればわかる、柚奈の歩き方、喋り方、どこに気を使っているか! 私は分かるんだよ……お前らと一緒に過ごして来たから。だから! 私なんかに気を使うなよ」

 柚奈は何も言い返すことができなかった。旭の言う通り柚奈自身も体や霊力の限界が来ていたのだ。しかし、柚奈自身ここで引き返すわけには行かないのだ。

「旭ちゃんの言う通り、私はボロボロです。でも! 約束したんです。必ず葵ちゃんを取り戻すって! だから私は行きます。旭ちゃんを置いて」
「ちっ! この頑固女が!」

 旭が声を荒げた瞬間、柚奈は素早い走りで旭の後ろに回り込んだ。そして力加減をして首裏に右手で衝撃を与えた。すると旭は気絶して眠ってしまった。
 柚奈は切ない表情で旭の頬に手を当て謝った。

「申し訳ないです旭ちゃん。でも、これしかないです。豊ちゃん、私間違っていますかね」
「いいや、柚ちゃんにしては初めてじゃない? こんなに友達を思い合えるのは」
「そうですかね。行きますか」
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