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葵ちゃんと翔子の焦り

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少女はバイオリンを弾きながら怜たちに近づいてきた。怜はふと後ろを振り向くと、翔子は一瞬で一体化していた。その表情は強張った顔で、焦りを感じていた。
 その瞬間、翔子は黒い翼を思いっきり、羽ばたき、少女に接近した。飛んんだ勢いで、ボロボロの窓はパリンパリンと次々に割れていった。怜と柚奈は何が起こったか分からず、驚き、前を見た。
 翔子は鋭い爪をたてて、少女に襲いかかった。少女はバイオリンを激しく、早いスピードで弾き始めた。するとバイオリンからは黒く、禍々しい音符が四段階に分かれ、翔子を襲った。

(さっきの女の子と似ておるが、能力や質が全然段違いじゃ。比べ物にならぬ。やはりこやつがアレか……)
「さぁお嬢さん。私を楽しませてね」

 翔子は音符を切り裂くが、中々切り裂くことができなかった。それでも翔子は距離を詰めようと、攻撃をやめなかった。
 柚奈も加勢しようと刀を握り、走り出した。
 少女は柚奈が近づいてくるのがわかると、何かを念じた。すると少女の隣に青い鬼火が一つ出現した。その瞬間、鬼火は柚奈めがけ、向かっていった。柚奈は鬼火に気づかず、そのまま音符を刀で斬っていった。刀から海水を出し、集中して音符を斬って翔子のサポートをしようとした。
 しかし、気づかない柚奈に鬼火は容赦無く向かっていった。鬼火が柚奈の目の前にくると柚奈はやっと気づいた。だが、気づいた時にはもう遅く鬼火は柚奈を捉えていた。このまま柚奈が鬼火に当たりそうになると、翔子は瞬間的に音符を無視し、柚奈の前に立ち、守るよう少女に背を見せ、翼を広げた。
 そして鬼火は容赦無く翔子の右の翼に命中した。

「あ”ぁ”! ゔぅ……あつっ、うぅ……」
「し、師匠!」

 翔子の右の翼からは赤い血が溢れ、翼の一部は燃えかすとなり、煙がまった。翔子は膝まずき、驚く柚奈の右手に何かを託した。すると翔子はにっこりと柚奈に笑いかけると後ろを振り返り、少女に襲いかかった。
 柚奈が追いかけようとした瞬間、渡された黒い翼が光り出した。

「な、なんだ!?」
「師匠……」

 光が大きくなると巨大なカラスになった。

「かぁー」
「おい、待てよ。まさか俺たちだけ逃がすつもりなのか!? やめろ! 俺も戦う」
「残念です。もう私達はここから脱出するよう強い霊力で命令されたカラスがいるので無駄です」
「そ、そんな!? ダメだよ! 師匠だけ残るなんて、葵ちゃん頼む。目覚めてくれよ」

 怜の願いは届かず、葵は目覚めなかった。そのまま巨大なカラスは柚奈を背中に乗せ、怜を加えると窓を突き破り空高く飛んで行った。

「こんな簡単に逃がすかよ」
「そうはさせんのじゃ」

 少女は見逃すはずもなく、カラスを見るとまた青い鬼火を出し、カラスに攻撃をした。しかし、翔子は意地でも逃がそうと自分の体を盾に翼で鬼火から怜達を守った。
 カラスは翔子の瞳から一瞬で消え去った。
 カラスは翔子の家に着くと、ポワンと白い煙になり、一瞬で消えた。
 二人は話すこともなく、翔子の部屋に向かった。翔子の部屋に入るとリビングのテーブルには一通の手紙が置いてあった。柚奈が手紙を手に取ると声に出して読んだ。

「先輩、これ師匠からの手紙です」
「なんだと!? 読んでくれ」
「はい、えーと……あの廃校は絶対この街を支配しているやつの本拠地じゃ。わしは体を張ってお主らを逃した。それには理由がある。このままではわしを含めてお主らじゃ勝てないことくらいは目に見えておったのじゃ。だからそこに置いてある巻物の世界で特訓をするのじゃ。今頃わしは奴らにやられているか、上手く隠れることしかできぬ、わしも全力を尽くす、お主らも全力を尽くすのじゃ。あと、助っ人を呼んでおいたからいずれ会うと思うのじゃ。その時はよろしくのと書かれていました」
「そっか……もう師匠は気づいていたってことなんだな。悔やんでも仕方ない今から特訓だ」
「先輩、無理をしてはいけません。先輩も体にくる疲労を耐えるのが精一杯のはずです。今日は休んで、また明日から順調に頑張りましょう」

 焦る怜に対し、柚奈は無理をし過ぎてしまうと思い、止めた。しかし、怜は納得しきれなかった。

「そんなペースだったら師匠殺されちゃうぞ!? 今俺たちが無理をしなくてどうするんだよ」
「でも、無理をしたところで上手く成長はしないはずです。どうか先輩考え直してください」

 そんな二人の言い争いにやっと葵が目覚め、幽霊の姿でプカプカ浮きながら、出てきた。

「葵ちゃん!? なんで全然出てこなかったんだよ。そのせいで師匠を救えなかったじゃないか!」
「怜くん、葵ちゃんを責めないであげて、これは翔子ちゃんの優しさなのよ」
「優しさだと!?」
「うん、修行が終わって、私達はすぐに人魂になったけど、人魂になった時に翔子ちゃんは人魂になった葵ちゃんに何かしてたのが見えたのよ。多分そのせいで葵ちゃんは目覚めなかったと思うわ。だからそんなに葵ちゃんを責めないでほしい」
「くっ……」

 悔しさをどこにぶつけていいかわからない怜はただただ拳を強く握りしめ、下を向いて歯を食いしばった。そして冷静に考えると怖がって豊姫の後ろに隠れた葵に謝った。

「ごめん葵ちゃん。俺、あそこで何もできなかった自分が許せなかったんだ。あの女の子もそして師匠も救ってあげれなかったのが」
「葵も悪いよ。大事な時に出てこれない守護霊は失格だね」
「いやそれは師匠が何かしたって……」
「いいの怜。葵ももっともっと強くならないといけないの。だから一緒に翔子ちゃんを助けに行こう」
「あぁそうなったら明日から修行開始だ。ボランティアも頑張るぞ」

 張り切る怜に周りは明るくなっていった。そして怜はお風呂に入り、腕を組んで湯船で考え込んだ。

(うーん。あいつを倒せるヒントかぁ。あの女の子は何かに怯えてたし、はたまた違う女の子は何かを言いかけたし、うーん~。でも同じ能力? というか音符を使ってきたな)

 眉間に皺を寄せて考える怜に対し、足元から豊姫がプカプカ浮いて出てきた。
 湯船で胸は隠れていたが、普通の男子は鼻血が出ている状況だった。しかし、もう見慣れた怜にとってはただの日常茶飯事的なものだった。

「うん!? なんだ豊姫かよ」
「なんだとはなんだ!? 今日頑張ったご褒美にセクシーな体を見せにきたのにー」
「はいはい、そうゆうのいいからなんだよ要件は」
「実はねー」
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