上 下
8 / 153

葵ちゃん必死に頼む

しおりを挟む
 怜は痛みに耐えきれず、お腹を抑えて座り込んだ。しかし、スノードームは大事に持っていた。
 その姿を見た剛が近付いてきた。

「残念だな冬風。ゲームオーバーだ。潔く気を失って貰うか」
「ふざけるな……ゲホっ。誰がお前なんかに負けるか!」

 剛はボロボロになった怜の胸ぐらを掴み殴り飛ばした。
 怜は飛ばされ、血を吐いた。気を失いそうになりながらも早く助けが来るのを期待しながら必死に耐えた対抗しようとも体力は限界で耐えるのがやっとだった。
 剛は殺さないよう殴りかかった。剛は怜を殴り続けることで興奮していき、どんどん力加減が分からなくなっていった。剛はもう我を失いかけていた。蛇の悪霊に自我が支配されていくようだった。
 怜は意識が朦朧とし、動かなくなってしまった。
 その様子を見た剛はもういっそ殺してしまおうと考え、上に拳を振り上げた。そして怜の顔面目掛け、潰すように思いっきり振り下ろした。地面が割れるような勢いだった。しかし、剛は異変に感じた。

(何!? 奴がいねぇ!? さっきまで死にそうだったのに、一体どこへ消えた? 俺は完全に奴を捉え振り下ろした。絶対俺の拳がアイツの顔面をグチャグチャにするはずだったのに……転移か? いやそれとも助けが来たのか? まずいぞ俺の正体がバレたら消される。クソ、絶対見つけてやる)

 剛は焦り、消えた怜を探した。その瞬間、周りの茂みがカサカサし始めた。
 誰かがいると剛は察し、あたりを見回した。

「誰だ! そこにいる奴は、隠れても無駄だ。お前より絶対俺のほうが強い! 逃げれると思うなよ!」
「では、お主。わしを殺してみよ」
「!?」

 威嚇した剛に対し、隠れていた者は一瞬で剛の背後を捉え、耳元で挑発した。
 その声は女性のようだった。声は低く、甘く引き寄せられるような大人な声だった。
 あまりの速さに剛は後退りをし、身構えた。相手の姿が見えない剛は我慢できず、音がした茂みに次々と殴りかかった。攻撃は一つも当たらず、雪のかかった草を殴るだけだった。
雨はどんどん強くなっていき、剛にプレッシャーをかけるようだった。
 そして隠れていた者はため息をつき、公園のライトに照らされる位置に姿を現した。その姿は忍び装束を着た小柄な少女だった。お団子の青髪で全てを見通す青眼だった。そして左手には小刀を持っており、少女は話し出した。

「わしはお主を少し期待していたが、ハズレのようじゃな。はぁ、ではお主の命はあと何秒かな」
「何言ってやがるこのガキは! 死ぬのはテメェだ」

 少女は懐から黒い何かを取り出した。その何かを上に向けて放り投げた。次の瞬間少女の姿は一瞬で消え、剛の目の前に現れた。
 驚いた剛は反撃しようと拳を握りしめたが、もう手の感覚はなかった。気がつくと剛の左胸に小刀が刺さっていた。
 小刀には石が埋め込まれており、それはカラスの目のようだった。赤黒く光り剛を見ているようだった。

「それはわしの愛刀『鴉の嘴心臓えぐりの剣』じゃ」

 剛は倒れ上を見るとカラスが輪になり飛んでいた。少女は投げた何かをキャッチし、止めた。その後手に取った何かをみて呟いた。

「1.06か。1秒切れると思ったのにのぉ。まぁ仕方ない、カラスたちよ、そいつを天まで送って行ってくれ」

 少女がそう命じると剛の真上にいたカラスが一斉に降下し、剛の肉を喰らった。
 剛は痛みを感じなかったが、自分が守護霊使いになったことを後悔した。しかし、剛の場合はもう悪霊使いだった。

(あぁ俺の体が喰われていく。でも、一つも痛くないや。大学のための金を稼ごうとしたが、そんな人生甘くないよな。もっと生きてサッカーして大学行って、楽しく生きたかったなぁ)

 カラスが剛の一体化した体を喰らっていくと剛の体はどんどん煤になっていった。カラスは剛の肉を喰らっているわけでなく、剛についている守護霊を喰らっていたのだ。
 そして守護霊使いとして自分の生命力がなくなると煤になってしまうのだった。
 剛は消え、カラスは剛を天に届けるように飛んでいった。
 茂みに身を隠した怜の様子を見に、少女は近付いた。
 怜は息はしていたが、顔は真っ青で、死にそうな状態だった。
 スノードームが葵に戻り、葵は少女に助けを求めるように頼んだ。

「ねぇ!! そこの女の子!! 私は怜を生き返らせることもできないし、病院まで運ぶこともできないの! お願い!! 何でも言うことは聞く。だから、怜を救って下さい! お願いします」
「うーん……仕方ない。助けてやるがその言葉忘れるなよ」
「ありがとう……」

 葵の必死な涙の頼みに少女は答えてくれた。しかし、物に対しての記憶がない葵だが、その口から”病院”という単語が出てきた。自分も驚いたが、それより怜が優先と思い、怜の身を案じ、手を握った。
 少女は怜の左胸の上に左手をのせ、集中した。数秒経つと少女の手から白い煙が立ってきた。煙からは閃光のような香りがした。
 数分経つと怜が目を覚ました。
 安心した葵は喜び、少女にお礼をいった。
 怜は目の前の美しい少女に鼻を伸ばし、喜んでいた。
 その様子を見た葵は心配して損したと思った。
 怜は起き上がろうと何かに手を伸ばした。するとプルンと何かを触った。例にとっては新鮮な感覚で、とても気持ちよかった。
 しかし、それは葵の胸で、葵は顔を赤くし、叫んだ。

「きゃぁぁぁ!」

 怜は驚き、葵の方を向くが、葵はその辺に落ちていた刺々しい石を怜に思いっきり投げつけた。
 投げつけられた怜は一瞬で目を回し、また気絶した。
 雨はやみ、明るい月が葵たちを照らしたのであった。
しおりを挟む

処理中です...