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7、王子の報告書。(王子視点)

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 父上に席に再度座るよう促され、黙って座る。

「まず、婚約破棄の申し出は棄却。棄却した理由は、すでに白紙とするよう話を進めていたこともあるが、そもそもお前の申し出に正当性が見受けられなかったことが挙げられる。
 ヴィオラに非があるとしてのことだったが、こちらで改めて調べるとヴィオラに全く非が無く、反対にジオルドに非があることが分かった」

「私の態度が悪かったことは認めます! しかし、ヴィオラは」

「ジオルド。今話したこの場のことも、王妃が先程伝えたことも、もう忘れておるのか」


 訴えるが、途中で父上に遮られた。


「…やれやれ…我が国において余と対等に対話が許されておるのは王妃のみ。それ以外の者は例え王族であろうとも臣下と同じく、発言の際には余の許可が必要であることを、お前は学んでおらんのか」

「あ……は、発言の許可を頂けますか」

「良かろう。それと婚約者であったなら敬称も不要となるが、お前とヴィオラとの間にはもはや何もないと理解せよ」

「っ……ショーリー公爵令嬢は、傲慢にもその身分の違いを理由に、男爵令嬢であるサリーをしつこく非難していたのです。他にも非道な行いいじめをサリーは受けていて、それはどれもヴィオラが関わっていました。サリーは私に知られるまで健気にも耐えていたのです」

「お前の報告書には全て目を通した。そして事実確認の為に私が調べさせた者の報告では、いずれもヴィオラは貴族としても婚約者としても恥ずべき事のない毅然とした対応であった、と聞いているぞ」

「ちち…陛下! 私が嘘をついているとおっしゃるのですか?!」


 サリーが受けた非道な行いに関しては、私自身が証人となれる件もある。相手が父上であっても、サリーの為にもここで引くわけにはいかない。


「そうは思っておらんが、調べが足りておらんことは確かだな。まずお前の報告では、『ヴィオラが高位貴族であることを笠に来て、下位貴族のサリーを非難している』とあったな。
 その際、お前はどこに居たか覚えておるか?」

「サリーの隣におりました! ヴィ…、ショーリー公爵令嬢がサリーを非難する所を私が直接見ています!」

「そうだな、婚約者が居るのに腕を組んで並んでいたと聞いておる。
 夫婦間や婚約者間でもないのに関わらず、独身者が王立学校内外問わず異性相手に密着する。貴族としての品格もないそのような相手に対して、マナー違反であると注意するのは貴族としても婚約者としても至極当然だ。それにヴィオラだけでなく、その問題の令嬢には、同じように他の貴族令嬢達や教職員からもそれぞれ注意されておったと調べにはあるぞ。ヴィオラが特別注意していた訳でもない」

「言っておきますが、その注意していた他の貴族令嬢達は、ヴィオラと親しい者もいれば疎遠な者、または派閥が異なる者もおりました。もしもその全てがヴィオラの手の者だと言うのであれば、この国はとうにヴィオラに支配されていることになりますわね」

 
 ヴィオラの取り巻き達や根回された者がいた、と言おうとしたが、王妃に私のそんな考えは封じられてしまった。

 さすがにいくら公爵令嬢で隣国の王位継承者とは言え、ヴィオラにこの国を支配出来るものではないことぐらいは分かる。それこそ謀反行為に当たるだろうし、隣国からの侵略行為とも捉えられるのだから。


「次に、『学校で使用する教科書の破損』だったか。…そもそも、学校で配布される教科書は私物ではなく学校からの貸出し品だろう。授業が始まれば教職員が配布し、終われば教職員が回収していた。いつどのようにして破損させたと?」

「え、貸出し品? 私は自分の教科書を持っていますよ?」

「…余と第三側妃とでジオルド用に購入したからな。毎年更新される教科書は、学校に申請すれば購入も可能だが、どれも高価な品だ。全ての授業の教科書を揃えるとなると、王都の一等地に家を買えるほどの額になる、と笑い話のように言われておるほどにな。高位の貴族であっても貸出し品を利用しておる所もあるのに、下位貴族が用意出来るわけなかろう」


 それは知らなかった。教科書は皆が持って居る物だとばかり…そう言えば、私の周りにいる者は皆高位貴族の者達だ。各家で購入して所有していても不思議ではない。…では、サリーの持っていた破かれた教科書は?


「証拠品として提出されていたその教科書だが、これは十年以上前の物であり、学校内の図書室にさえ置かれていない物であったことからして、中古品として安く売られていた物だろう。中古品であれば元から破れていた可能性が高い。それと学校の規定において、古い教科書の持ち込みは禁じられておる故に、を所持していたその令嬢は校則違反者である」


 古い教科書は誤った情報や古い情報が記載されている可能性が高いので、学校では厳しく取り締まりをしているらしい。友人の一人が忘れた教科の教科書を借りようと図書室へ行ったが、過去の教科書しりょうとして数年前の分は置いているが貸出禁止扱いだったと残念がっていたことを思い出す。


「次は、『お茶会に呼ばれない』、『仲間外れにされている』、か。
 ジオルドよ、お前はサリーとやらをヴィオラに正式に紹介したのか。調べによれば一度も無かったとあるが? 誰かの紹介がなければ招待どころか挨拶も出来まい。学年は同じでもヴィオラとクラスが異なるのだから、お前以外の接点もない上に紹介すらないのであれば、距離を置くのも当然の対応で、その対応を仲間外れとは言わん。
 何より王族としてあらゆるマナーを学んでいたお前が、率先してヴィオラや他の者に紹介しておれば、周囲の対応は大きく変わっただろうことに、何故気付かなかった?」

「それは…紹介を敢えてしなかっただけです。学校では身分を問わず、平等のはずです。貴族としてのマナーは学校の根本となる教えに対して違反おり、私はサリーに貴族のマナーが間違っていることを気付かされたのです。ですので、私が紹介するのではなく、皆が率先してサリーに話しかけることが大切だと思って、見守っておりました」


 令嬢達に仲間外れにされて仲良くなれないことを嘆いていたサリー。サリーと話していると楽しいだけでなく、色々なことに気付かされ学ぶことが出来るのだ。なのに、紹介がなければまともに挨拶も出来ないなんて、なんて高位貴族は傲慢なのだろう。目の前にサリーは居るのに、無視し続ける者達にはがっかりさせられた。

 皆が身分を気にせず話し合えるならどれだけ学べることだろう、そんな私の考えは学校の指針と同じであるはずだ。


「ふむ、確かに『身分問わず、平等である』というのが王立学校の指針ではあるな。だが、それは教え学ぶ姿勢に対してのことであり、敬う姿勢や身分に伴う礼儀を無視して良いことにはならん。仮にお前が望む対応を許すなら、下位貴族である者よりも高位貴族の者に話しかける者が多かろう。そうなっては高位貴族の子息達はまともに学校に通うことが難しくなるだろうな。
 王族であるお前もまた同じこと。考えてもみよ、王族や高位貴族よりも下位貴族の方が人数は圧倒的に多いのだぞ? それら全てから会話を求められれば食事も休む時間すら無くなるだろう」


 諭すような父上の言葉に、私は反論が出来なかった。

 第二王位継承者であった私には、多くの視線が常に向けられていた。恐らくは、王配となれる可能性を知っていて近づきたく思っていた者達も居ただろう。今はそうでなくとも王族であることは変わりないのだから、その全てが私に話しかけてくると考えると…思わず、ぞっとしてしまった。 


「教え育む役割を持った学校が、お前が望んだような礼儀知らずの無法地帯であるなど、それこそ有ってはならん話だろう。王立学校でもマナーを学ぶ授業があるのはその為だ」


 礼儀知らずの無法地帯……私が求めたモノとは違う気がする。私はただ、学校で誰に憚ることなくサリーと会って楽しく会話したかっただけし、サリーにも学校生活を共に楽しんでもらいたかった。皆が平等であればと考えていたが、そうであったなら今のように学校に通うことが出来なくなるなんて思いもつかなかった…。


「後は、『ダンス用のドレスを切りつけられた』? これは本人が勝手に、動きにくいからという理由でドレスの裾に切り込みを入れておったと、王立学校寮の同室者からの証言があるぞ。証拠の品としてそのドレスもあったが、切られていたのは裾のみだったことから証言通り、その令嬢の自作自演と言えるな」


 そんなはずがない、サリーは切られたドレスを着て泣いていたのだ。同室者が嘘をついているのでは、そう思ったが続く父上の話に驚かされる。


「寮部屋は四人部屋であるから同室者は三人おってな。皆が同じ証言をしておる。子爵家と男爵家。最後の一人は、我が子である王女でお前にとっては、一つ違いの同母の妹だ。充分に信頼に値する証言者だろう?」

「え?! な、なんで王女が寮生活なんて…」

「十番目の子だからな。離宮から通うより楽しそうだと本人が寮を選んだのだ。あぁ、すでに自力で婚約相手を見つけており、学校を卒業後、相手の伯爵家に嫁入りすることが決まっておるぞ。妹については第三側妃から連絡があっただろうに」


 まさかの証言者が妹! あまり会うことがなかったが、同母であることから学校で見かけたたら時折、一緒にお茶を楽しんでいた。離宮から通っていると思っていたのに、寮で生活していたのか…。婚約の話は母からも妹本人からも聞いていたが、サリーと同室なんて聞いてない。


「まだあるな、『愛用のペンダントが壊された』、か。……調べによるとそのペンダントは、一般販売されておる虫除けペンダントだったそうだな。余はアンクレットタイプを使用しておるが、コレは中に封入されておる虫除け効果のある香油が切れれば自然と色が落ちるように出来ておる。新しい物と交換する時期の知らせとして好評らしいソレを、ヴィオラとぶつかった拍子に壊れたせいと言い張るのは無理があるだろう。そもそも廊下を走っておったのはサリーとやらであったと証言があることから、ぶつかった時点で非があるのはどちらであるか、はっきりしておるな」


 この件に関してだけは、私もペンダントの実物を良く知らなかった。ヴィオラにぶつかってペンダントが壊された、とサリーから聞いただけだったし、肝心の証拠品となるペンダントは、サリーが母親の形見だからと預けてくれなかったのだ。

 虫除けペンダント自体は私も良く知っている。私も使っているし、貴族にも平民にも利用されているあの便利な道具として昔からある物だからだ。ペンダントトップ部分が付け替え出来るように作られており、効果が切れたペンダントトップモノを購入した商会に持って行くと、新しいペンダントトップモノが安く買えるようになっている仕組みなのだ。私もこっそり出掛けた際に交換したことがある。…王族が使用しているペンダントトップモノは特別製で王家の紋が入っていたため、すぐにバレたが。


「最後は、『階段から突き落とされた』。……建物自体が一階しかない学校内のどこに階段があるのだ。思いつくのは講堂の壇上前や地下室だが、地下室は教材などの物置場。階段前には扉があり施錠しておるし、許可のない学生が出入りするような場所ではないな。さて階段なのだ?」

「それ、は………」


 言葉に詰まった。そうだった、この国では落下事故等が起きないようにと、学校は一階建てと決まっていた。サリーから突き落とされた話を聞き、足首に包帯が巻かれていたことから動揺して、場所については確認していなかった。…いや、そうだ、階段はあるじゃないか!


「それは、寮の階段でだと思います」


 寮に関しては生徒の自己責任として三階建てとなっているのだ。階段は寮にならばあるはずだ。


「なるほど、寮は三階建てであるから階段はあるな。で、セカンドハウスから通うヴィオラがわざわざ寮に入って突き落としたと言うのだな、バカバカしい…。そもそも寮を利用していない学生の出入りは、寮の管理担当者へ事前に申請書を提出し、許可証を得ねばならぬ。当然、ヴィオラも許可証を得る必要があるが、そんな記録は一切ないと管理担当者は申しておるし、その証明もされておる。しかも事件が起こったとされる日は、ヴィオラは王宮にて王妃らと共に隣国の外交官と対談しておったことは正式に記録されておるのだぞ。
 対して、ジオルドからの報告書では、ヴィオラが突き落としたという証言は本人の言葉のみ、目撃者もおらんときた。それでもなお突き落とされたことが事実だと言うならば、一つ尋ねよう。寮の管理担当者の部屋も一階にあり、サリーとやらには一階の部屋が割り当てられておったのに、何故上階におったのだ? 何の用もなく上階におった訳もあるまい」

「あ……き、きっと友人に会いに行っていたのでしょう」

「ほほう? 仲間外れにされておるその令嬢に、部屋に呼ばれるほど親しい友人がおったのか? お前が用意した報告書の内容と矛盾しておるな?」


 問い詰められ、私は何も言えなくなった。


「さて、ジオルド。改めて問おう」


 ――これらのどこに、ヴィオラに非があるというのか? 

 ヴィオラに、非はなかった。父上から聞いた話の内容からどんなに考えても、非が見つけられなかった。では今までのサリーの証言は狂言となる。そんなはずはない、そんなはず…。
 
 愛しいサリー、私はどうしたらいい…。脳裏に浮かぶ少女の笑顔からは、今の私には何の力も得られなかった。


「…オルド、ジオルド。話はまだ終わっておらぬ。次は、お前の新しい婚約者候補。サリー男爵令嬢について話さねばならぬのだから。聞いておるのか? ジオルド、ジオ――」

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